一家団欒
新たに来客としてセイファート城へ滞在することとなったヴェルザンディのため、バタバタと居住スペースを用意して……ひと段落ついた頃にはすっかり夜も更けて、夕飯時を回ってしまっていた。
そうして一人、また一人と仲間たちが空腹を訴えて去っていくのに便乗し、クリムもまた一度ログアウトする。
いい加減、ずっと何も与えられず不機嫌極まっているらしき腹の虫をどうにかしようと、キッチンへ行くと――そこでは、じゅわじゅわと何かを油で揚げている音が、紅を出迎えた。
そこに居たのは、エプロン姿で調理中の
「……あれ? 家に帰って来ていたんだね、二人とも」
「おお、いいところに。ぼちぼち夕飯にするぞ……って紅、おまえはまた、そんな格好でゲームをしておったのか。新学年早々に風邪を引いても知らんぞ?」
紅の方を一瞥した天理の呆れ混じりの苦言に、紅は今更ながら「しまった」という表情をする。
てっきり今日も誰も仕事から帰ってこないとばかり思っていたため、帰宅して制服をクローゼットに仕舞ったあとは、キャミソールにホットパンツという肩もお
「でも、もうだいぶ暖かくなって来たし……」
「ばかもの、以前にそれで風邪をひいたのを忘れたか。それに女子ならば腹を冷やすのはやめろと、口を酸っぱくして言っとるじゃろうが」
そう言って、はぁ、と溜息を吐いた天理にジト目で睨まれて、紅がビクッと背筋を伸ばす。
――あれ、もしかして今、母さんに怒られてる?
今更ながら、現在の状況を把握し冷や汗を流し始めた紅に、有無を言わさぬ圧力を伴い天理からの沙汰が降った。
「何か上に羽織ってきなさい。その体にすっかり慣れたのは良いが、ズボラになるのは感心せんぞ?」
「……っ、わ、わかったよ!」
真っ赤になり、バタバタと二階にある部屋に飛び込む紅を、やれやれと苦笑しながら見送る天理。
なお、この間父親である宙はずっと紅の方を見ないように目を逸らしていたのだが……。
「お主も、いい加減に年頃の娘がいる生活に慣れるべきじゃなあ」
「はは……面目ない、善処します……」
呆れたような天理の言葉に、困ったように頭を掻く宙なのだった。
結局、紅が部屋でパーカーを羽織ってキッチンへと帰ってくると、夕食の準備は全て終わっていた。
テーブルに並ぶのは、菜の花の辛子和えに、小ぶりな新じゃがいもの肉じゃが。おそらく初物であろう、若干旬には早いはずの筍や、タラの芽をはじめとした春の山菜たちの天ぷら盛り合わせ。
そんな春の食材をふんだんに使用した料理が並ぶ食卓の中心に鎮座するのは、やや小ぶりな桶。中には錦糸卵や桜でんぶなどが散らされ綺麗に盛り付けられた、見た目華やかなちらし寿司があった。
久方ぶりの、一家三人揃っての食卓。
揃っていただきますの挨拶もそこそこに、母の手料理を口に運んだ紅は……「何これうっま」と、若干の悔しさが混じった声で呟く。
「それにしても、すごいご馳走だね……」
程よい酸味の効いたちらし寿司に舌鼓を打ちながらの紅の言葉。
それを受けて、二人とも照れたようにしながらも答えを返してくれる
「うむ、今日からおまえが二年生への進級ということで、たまにはとな。じゃが少し、力が入りすぎてしまったみたいじゃ」
「天理さん、昼間はどこにも連れて行ってあげられなかったことを、仕事中しきりに気にしていたからね」
そう語る両親は、この数日のあいだ見せていた不機嫌などなかったように、穏やかな様子だった。
どうやら上機嫌らしい二人に紅も安堵すると、あらためて、料理に箸を伸ばし始める。
そうして、恙無く夕食が進む中……
「でも、今の母さんたちが忙しいことくらい分かっているから、私にそんな気にする必要はないよ」
「うむ、じゃがまあそれはそれとして、家族団欒というのも良い気分転換じゃからな」
「はあ……ねえ、もし私にも何か手伝えることがあるなら、何でも手伝うよ?」
それは、大変そうな両親に何かしてあげたい一心から、何となしに紅の口から出た言葉だったが……しかし。
「それが『Destiny Unchain Online』に関することならば、それこそお主が我らに対して気にする事ではないな」
ピシャリと告げられた天理の言葉に、紅はグッと言葉に詰まる。
「そっか。そう……だよね」
「あ、いや、違う! すまぬ、我はべつに突き放すような事を言いたかったわけではなくてな……!」
ショックを受けた様子の紅の姿に、今度は天理が慌ただしく何か弁明しようとする。
そんな妻と息子、不器用な二人の姿に、宙はやれやれと苦笑して助け舟を出してくれた。
「大丈夫だよ紅さん。僕らはただ、君たちには大人の事情なんて気にせず楽しんでくれるのが一番嬉しいんだって、そう言いたかっただけだからね……ね、天理さん」
「う……うむ、宙の言うとおりじゃぞ?」
宙のフォローを受けて、天理はホッと安堵した様子で話を仕切り直すべく咳払いをする。
そんな両親を前にきょとんと見つめていた紅へ、あらためて、天理が優しく言い聞かせるように語り出す。
「いいか紅。我らはお前が遊んでいるゲームの運営で、お主らは顧客。事情など関係なしに、お主らが楽しめる環境を提供するのが我らの仕事じゃ」
「それは……うん、母さん達はプロフェッショナルだもんね」
「じゃから、『こちら』は我らに任せておけ。お主らが頑張ることのできるよう、あの世界は必ず守ってみせるからな」
真剣な目で告げられた天理の言葉に、紅も神妙な顔で頷き返す。
そんな我が子の様子に満足そうに頷いた天理が、紅の白い髪をくしゃりと撫で、ふっと表情を緩めた。
「だが、我らは運営であり、すなわちあの世界の中では傍観者に過ぎん……だから、ゲーム内でのことは、お主らプレイヤーに任せたぞ」
「……私たちに?」
「何を驚いておる、あの世界、ゲーム内に暮らす者たちを守ったのは、間違いなくお主らプレイヤーたちじゃろうが。グランドクエストの顛末は当然我も全て目を通したが、お主らの活躍は実に胸が熱くなった、今後も期待しておるぞ?」
「う……それは、実の母親から言われたくなかったような気がするんだけど」
顔に熱が集まってくるのを感じながら、紅は照れ隠しするように、ちらし寿司を頬張りながら明後日の方を向く。
そんな恥ずかしそうにしている我が子の様子を満足げに見つめながら……天理と宙はしかし、困ったような表情で何か愚痴りあっていた。
「……とはいえまあ、我ながら、なかなかに難儀なシステムを作ったものだとは思うがな。『あやつ』ときたら、ここしばらくの間ずっと反抗期なんじゃよなあ」
「本当にね。拗ねるとか臍を曲げるとか、そんな人間の子供みたいな気難しい行動に出るコンピューターに生きているうちに関わることになるとは思わなかったよ」
疲れをにじませながら何かを語り合い、深々と溜息を吐く両親。その様子に、なんだろうと紅が首を傾げた――そんな時だった。
『ご歓談中失礼します、お姉様!』
突然眼前に現れた、紅によく似た容姿を持つ少女のホログラムに、紅は驚いて箸を止め、パチパチと目を瞬かせる。
「あれ、ルージュ、こちらに顔を出すのは久々だね?」
『あっ……すみませんご無沙汰してます、ってそれどころじゃなくて!』
最近のルージュは、面倒を見なければならない妹たち……セイファート城のさまざまな場所で活躍中のドッペルゲンガーズのことだ……を大量増員したせいで、その統率に忙しそうにしている。そのため、最近では必要な時以外、あまり現実世界の方には顔を出していなかった。
それが急にこちらへと来たので驚きの声を上げる紅だったが、しかし彼女はやや興奮気味に、紅の方に詰め寄り用件を告げる。
『今、セイファート城にルキフグスさん達が来ているんです……フィーユさんのために製作中だった魔法生物が、いよいよ最終調整に入るそうで、もうすぐ完成するらしいですよ!』
そう、興奮気味に語るのだった――……
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