ノーマ・マキナ②
「異星からの来訪者か……まあ、『エデンの園』の来歴を考えれば、可能性は考えておいて然るべきじゃったな」
元々が天より飛来した環境制御装置、すなわち自分たちに都合の良い環境を整えたかった入植希望者がいると言うのは、当然の事だ。
「では、
「彼らは破損した部品を変える事によって、純粋な生物よりも長い何千何万という耐用年数と、劣悪な環境への耐性、そして高度な自己判断能力を有する……『エデンの園』と共に流れ着いた、来訪者たちの先遣調査隊です」
危険かもしれない場所へ投入され、その後に訪れる者たちのために調査をする、そのために作られた種族だ……そう、ヴェルザンディが断言する。
「……そやつらが『エデンの園』のプログラム異常を修正してくれておれば、色々と楽じゃったんじゃがなあ」
「彼らの目的はあくまでも調査だったそうですからね。そのような権限は無かったのでしょう」
「むぅ……釈然とせんなぁ」
彼らがもっと権限を与えられていれば、もっと早くにこの世界の滅亡のサイクルは終わっていたはず……そう思うと複雑な気分だった。
「ところで融機人だけでなくお主らもそうじゃが、冥界樹の表に出ていた衰退期の間は何をしておったのじゃ?」
「ああ、それが気になっていた。寿命が何万年もあるならば、何度も衰退期に巻き込まれているはずだよな?」
クリムとフレイの疑問に、ヴェルザンディは簡単な事ですと答えをくれる。
「そのときは別の大陸に退避して休止していましたね。人々は食糧難や環境変動で大変な時代ですが、私たちには関係ありませんので」
「ああ、なるほど。この大陸が壊滅的被害を受けるのは聞いていたが、そういえば海を越えた他の大陸がどうなったかまでは聞いていなかったな」
「まあ……マナの枯渇により文明が維持できないレベルの事態にはなりますので、他の大陸は少しだけマシ、程度でしかなかったのですけれども」
「ほんに傍迷惑な話じゃなぁ……」
どうやら、他大陸に逃れたならば大丈夫というわけではなく、海の外に逃れた者たちも等しく衰退のサイクルに巻き込まれていたらしい。
「話が逸れたな。それで、今は融機人が居ないのは何故じゃ?」
「それは……いくら修繕を繰り返したとしても、稼働している以上はいずれ耐用限界が来ます」
「まあ、それはそうじゃな」
末端は取り替えが効いたとしても、中枢部分まではそうはいくまい。
あるいは本体が大丈夫でも、そのパーツを供給するラインが潰れたら、いずれは修繕もできなくなるだろう。
「老朽化、あるいは破損により一人、また一人と人数を減らしていく中で、手の足りなくなった彼ら融機人は、新たに自分たちの目となり手足となる種族を生産するためのプラントを作りました。より人に近く、種族人口を解決するために専用のプラントで
「その新しい種族って、もしかして、今この世界にいるノーム族の事なの?」
「はい。彼らは今でも時折、遺跡の中に遺棄された発生機から見つかりますね」
「ああ……それで、NPCだとノームは役場で働く者以外見かけないくらい珍しいのか」
魔族含む全種族のNPCからの初期好感度が全て中立というフラットな状態からスタートし、キャラクリ面では人形じみた綺麗な肌もあって整った容姿を作りやすいノーム族は、プレイヤーキャラクターとしては人気が高い。
一方でNPCとしては……高い情報処理能力が買われた結果として、始まりの街にある庁舎にはたくさん働いているが、他の場所ではあまり多くは見かけない。
だが、彼らノーム自体が貴重な発掘品であるというならば納得だと、フレイが頷く。
「そうして新たな種族としてノームがこの世界に定着するまでの数千年、外界での活動を彼らに任せ、情報処理に専念するために身体機能のほとんどを放棄した融機人ですが」
「どんなに騙し騙し稼働していても、いずれ限界が来たか」
「はい。やはり結局は最後の一機もついに機能停止して、この星に入植した融機人は完全に姿を消してしまいました……もしかしたらその子は、異星の来訪者から新たに送り込まれた新たな融機人かもしれませんね」
「むぅ……新たな異星からの来訪者か」
クリムにはこの話を聞いて、引っかかるものがあった。それは、以前にマザーハーロットが言っていた、『刈り取る者が変わるだけ』という言葉。
もしかして、スピネルを送り出した者達が……そんな疑念がどうしても浮かんでしまうのだ。
クリムだけでない、皆が同じ疑問を抱き、困ったように見合わせている一行に、ヴェルザンディが新たな提案をする。
「もしよろしければ、彼女のプログラムに怪しいものがないか調べておきましょうか?」
「そうじゃな……うむ、頼む」
「では……あら?」
クリムの許可を受け、何やら光を放ち始めた手をスピネルに向けようとするヴェルザンディ。
しかし、その視線から隠れようとするかのようにリコリスの腕にしがみついたスピネルは、怯えた表情でそのヴェルザンディの姿を見つめていた。
「大丈夫、診てくれるだけだから、ね?」
「……うー」
それでもリコリスに促され、不承不承といった感じで額を差し出すスピネル。そんな姿に苦笑しながら、ヴェルザンディはその光る手で優しく触れる。
精査中なのだろう、そのまましばらくの時間が流れて。
「……どうやら記憶保存領域には、意味記憶、エピソード記憶、共にデータがほとんど無いみたいですね」
「それは、このスピネルちゃんは生まれたばかりということなの?」
「でも、ここまで来る際に後をついてくるスピネルちゃんは、普通に動けていたよねぇ?」
この『竜の墓標』……雪山を登山してきたクリムたちだったが、スピネルが足手まといになった事は一回もない。
拙い言動とは裏腹に、難なくクリムたちについてこれる彼女に、皆、疑問を感じていたのだが。
「あ、ぅ……」
「ああ、ごめんね大丈夫よ、大丈夫」
「うんうん、スピネルちゃんのことを怒っているわけじゃないからねー?」
皆から注目を浴びて、怯えたようにリコリスの腕にすがりつくスピネルの姿を見て、慌ててその両隣に座っているリコリスとフレイヤが宥めはじめる。
とりあえずそちらは二人に任せて大丈夫だろうと、クリムとフレイは話を中断していたヴェルザンディに、続きを促した。
「そうですね、なぜそんな仕様なのか不思議なところではありますが、彼女の場合情動の幼さはさておき、運動制御プログラムは全てきちんと揃っていて、問題はないみたいですね」
「昔のゲームで言うとハードウェアは揃っておるが、ゲームソフトは無い、みたいなものかのう?」
「ええ。先に身体を動かすことだけ育った以外には、赤ん坊みたいなものでしょう」
「なるほどのぅ……機械生命体であれば、最初にインストールされているプログラム次第でそんなこともあるか」
「ただ、何のためにという疑問は残るけどな」
「ええ、まあ……さて、スキャン完了しましたよ」
クリムとフレイがそんな会話をしている間に、診断を終えて、一つスピネルの頭を撫でて離れるヴェルザンディ。
当のスピネル本人はというと、何があったのか分からない様子でただ首を傾げている。
「――ひとまず、危険そうなものはありませんでした」
その太鼓判を押すヴェルザンディの言葉に、張り詰めていた場の空気が一気に弛緩する。
誰もが皆、この赤子同然の幼い少女を『危険だから』と手に掛けたくなどはなかったのだ。
「どうするかはお任せしますが、育てるのであれば、融機人は精神面での成長は人よりずっと早いですから……色々と見せて、教えてあげてくださいな」
「は……はい、がんばりますなの!」
優しく笑い掛けながらアドバイスをしてくれるヴェルザンディに、リコリスが慌てて頭を下げて感謝の言葉を述べる。
その姿に満足げに頷くヴェルザンディに、クリムも皆を代表し、改めて感謝を告げる。
「何にせよ参考になった、ありがとう」
「いいえ、私も珍しいものが見れて楽しかったですし、お気になさらず」
「うむ、本当に感謝する。では、我々はそろそろお暇しようと思うのじゃが」
「あら、だったら……」
そう、目的も達成し席を立とうとするクリムたちに、ヴェルザンディがその幻体を解いて巨大な真竜形態に戻り、背を向ける。
『……これからお世話になるのですから、送っていきましょう。どうぞ乗ってください』
「……む、もしやヴェルザンディ、我らの居城に住まうつもりか?」
『はい、そのほうがそちらの子に何あった時に、すぐ対応できて便利でしょう?』
「むう、一理あるな。それは構わぬが、またもや居候が増えるな……」
だが、ヴェルザンディの言葉ももっともだ。すぐ側にアドバイザーがいた方が、何かと都合の良い。
そう判断したクリムが、ヴェルザンディの提案を快諾する。
『えー、またヴェルザンディお姉ちゃんだけずるーい!』
『こら、スクルド。あなたは以前面倒だからと交流をヴェルザンディ任せにしたのですから、今になって権利を主張するものではありませんよ』
『ふんだ、ウルズお姉ちゃんはもういい年だから出不精なだけでしょ、偉そうにしないでよ』
『あら……面白いことを言うわね。その話、もっと詳しくお願いしても?』
『ひっ……!』
何やら騒がしい後ろに居る二機の真竜の様子……特に、不穏な気配を立ち上らせ始めたウルズ……に顔をこわばらせるクリム。
しかしヴェルザンディは我関せずとばかりに、険悪な空気漂う二機の姉妹機を放置して、その翼を広げて乗るように促してくるのだった。
◇
クリムたちを乗せ、蒼穹を駆けながら――不意に、ヴェルザンディがクリムたちが気付かぬほど微かに首を上げ、天を見上げる。
『――あら、珍しいですね、そちらからコンタクトを取ってくるのは』
この仮想世界の者には決して聞こえぬ、専用の回線。それを介した通信に、ヴェルザンディは微かに驚きの声を上げる。
『……はいはい、
困ったように笑いながら告げるヴェルザンディの言葉に、通信の先に居る何者かは満足げな気配だけ残して、通信はそれきり途絶えた。
『まったく、うちの可愛らしい
そんなヴェルザンディの呟きは、誰の耳に入る事もなく、ただ世界に溶けて消えたのだった――……
【後書き】
新年あけましておめでとうございます。
可能な限り完結まで途切れず更新していきたい所存ですので、今年もよろしくお願いします。
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