ノーマ・マキナ①



 ――セイファート城、中庭入り口前。



「……あ、お姉ちゃん! それにフレイヤお姉ちゃんとフレイお兄ちゃんも、おかえりなさい!」


 家に帰宅してすぐに『Destiny Unchain Online』へとログインしたクリムたち。

 セイファート城へと戻った途端に、その姿を見るなり嬉しそうに駆け寄ってくるメイド服の少女を、クリムが頬を緩めて迎え入れる。


「おおルージュ、お前もDUOこちらへ先に来ておったのだな」

「うん、リコリスお姉ちゃんからお客様が目を覚ましたって聞いて、気になって様子を見にきたの」


 そう嬉しそうに微笑むルージュ。

 彼女は……ドッペルゲンガーズという妹分がたくさんできたせいか、このしばらくの間ですっかり長女らしくしっかり者になってきた。

 それが嬉しくも、寂しくもあるクリムだったが……こうしてたまにクリムを見つけて駆け寄ってくる時は、相変わらずだなぁと優しい目線を送ってしまうのだった。


 ……と、まあ、それはさておき。


「カスミお姉ちゃんと雛菊お姉ちゃんは、家族の人たちとお出かけだそうで、まだこっちには来てないです」

「うむ、聞いておる。他の連中も今日はそれぞれ忙しいそうじゃから、これ以上はしばらくログインは無いじゃろうな……先にログインしているはずのリコリスは?」

「はい、中庭で、お客様とお茶をしてます」


 そう教えてくれたルージュの手の中には、香ばしい甘い香りが漂うバスケットがあった。どうやらお茶会に供するための焼き菓子を厨房から貰ってきたところらしい。

 やがてドッペルゲンガーズのメイド部隊たちもわらわらと茶器を抱えて集まってくる中、クリムたちも中庭へと到着する。


「客人というのは……あの子か。何か情報らしきものは?」

「ううん、リコリスお姉ちゃんが色々と話しかけているんだけど、そんな雰囲気じゃなくて」


 困った様子で苦笑するルージュに促され、お茶会の席につくクリムたち。そのテーブルの隅にあるお客様用の席に、先日連れ帰った融機人ノーマ・マキナの少女がいた。

 だが……その様子は、いささか予想していたものとは違っていた。



 見た目は職人が手掛けた最高級の人形のようで、とても愛らしく整っている。

 人工物らしく完璧にバランスが取れながらもあどけない、砂糖菓子のような甘いフェイスと、深い紫色の眼。

 その顔を縁取っているのは、ふわふわと柔らかそうなウェーブを描く、肩のあたりで揃えられたやや紫掛かった銀髪。

 小柄なその身を包んでいる衣装は、SFのスーツじみたもの。更には硬質な質感のプロテクターらしきものにあちこち包まれているが、しかしふわりと広がるスカートなども備えており、可愛らしいデザインだ。

 そして目を引くのは、リコリス同様に、関節部などに露出している機械部分や、あちこちを覆う装甲部分。



 その見た目だけならば、SFの世界から抜け出してきたアンドロイドのお姫様といった風情なのだが、しかし。


「……まるで、幼児だな」


 椅子から足を投げ出しぶらぶらとさせながら、ポカンとした表情で周囲の者たちに目線を送るその仕草は……随分と、幼い。


 そんな彼女の前にしゃがみこんで、何やら教えているのは、先にログインしていたリコリスだ。


「それじゃあ、あなたはスピネルちゃん、って言うのね?」

「うん、すぴねぅ。わたし、なまえ」

「ありがとう、教えてくれて。私は、リコリスだよ、わかる? り、こ、り、す」

「……り、こ、りぃー?」

「うーん……惜しいけど、可愛いからよしなの!」


 舌足らずできちんと模倣できていない様子のスピネルと名乗った少女だったが、しかしリコリスは満足そうに頷いている。

 その様は、新しくできた年下の家族が可愛くてたまらないというような、早くも姉かあるいは親馬鹿な様相を漂わせていた。


 ――やっぱりリュウノスケの娘なんだなぁ。


 そんな余計なことをチラッと考えつつ、しかし、クリムには少女の様子を見て気になる事があった。


「しかしまあ、あの子、融機人って機械知性体なんだよね。こんな人間の赤ん坊みたいな成長をするものなのか?」

「あ、私も思った。イメージ的には一度聞いただけで『了解、個体名リコリス登録完了しました』ってびしっと言ってくるイメージだったよねー」

「あはは……私も、他の融機人のことは見たことないから何が普通なのか分からないの……」


 どうやらクリムと同じ疑問を感じていたフレイとフレイヤの質問に、リコリスも首を傾げる。


 どうやら話をしていて疲れたらしく、今はリコリスの肩に頭を預けてうつらうつらと眠そうにしているこの融機人の少女の言動は……完全に、言葉を話したての幼児のものだ。


 確かに少女の姿は、雛菊や、あるいはこの場には居ないユリアと比べてさえ、さらに幼いくらいの外見年齢だ。だが、この性格設定はいささかやりすぎではと思う。

 彼女が何らかの使命を帯びてこの世界へと現れたと仮定した場合、これではあまりにも不利に働くのではないか……そう、皆が疑問に感じていた。


 あるいは融機人の人格形成初期とはこうした状態がデフォルトなのかもしれないが、生憎とクリムも他の皆も、その判断材料となる情報を持ち合わせておらず首を傾げている。


「うーん……融機人について知っていそうな奴か」

「機械生命体に詳しそうな長生きな人……クリム、誰か思い当たるのって居るか?」

「そんな知り合い、誰も……あ」

「……あ、そうだ、いるよ!?」


 同時に、ハッと顔を上げるクリムとフレイヤ。

 二人が同時に思い浮かべたのは、先日、冥界樹との決戦直前に知り合った、超常の存在の顔だった。


「みんな……すぐに、防寒具を用意するのじゃ! 我らはこれより雪山に行く!」


 そんなクリムの宣言に、この日、またも『ルアシェイア』のバタバタした一日が幕を上げたのだった。






 ◇


 ――北方帝国領北部、険しい山中にある『竜の墓標』。



『あら……珍しくお客様が大勢いらっしゃったと思えば、見知った顔もありますわね』


 寒風吹き荒ぶ雪山の中、ポッカリとドーム状に外気を遮断する透明な壁が張り巡らせられた一角。


 外の過酷な環境をガン無視して温かな空気に満たされたそこへ、すっかり雪まみれとなった防寒具を纏う集団が入ってくると……ドームの中で眠りについていた巨大な三機の機竜のうち、最も手前にいた一機が身を起こし、親しげに声を掛けてくる。


 ドームの中に入ってきた集団を代表し、先頭にいたやや小柄な人物……クリムがそのフードを取って会釈すると、その姿を認めた機竜――ヴェルザンディが、嬉しそうに竜の貌を緩める。


「うむ。久しぶり……というにはいささか日が経っておらぬが、邪魔するぞ、ヴェルザンディ」

『はい、ようこそいらっしゃいました、小さき夜の精。本来であれば試練を受けてもらうところですが、今回は特別に、先日の冥界樹を見事諫めた功績をもって合格としましょう』

「あ、あはは、それはとてもありがたいです……」


 以前受けた『試練』を思い出したフレイヤがやや引き攣った笑顔を浮かべる。クリムとしても正直こりごりなため、素直にありがたい。

 ホッと安堵の息を吐いていると……不意に、クリムの中から黒い影が飛び出してきた。


「え、クロウ? どうかしたのか?」


 突然勝手に出てきたクロウに驚くクリムだったが、彼はパタパタと羽ばたいて、ヴェルザンディの眼前へと行ってしまう。


『あら……あなたはまさか』

『おウ、久しぶりだナ、ヴェルザンディ。そレにウルズとスクルドも』


 そう、腕を組んで偉そうに曰うクロウ。

 その声を受けた瞬間、背後で眠っていた二機……ウルズとスクルドまで、慌てたように起き上がる。


『え……その声、まさかクルナック様ですか?』

『やだーまじウケるー! クルナックお爺ちゃんってばちっちゃ可愛いんですケドー!?』

『ウルせェな、ほっトケ!!』


 驚いた様子で首を上げるウルズ、そして興味津々といった様子で覗き込んでくるスクルドに、不機嫌そうに噛み付いているクロウ。


「クロウ、知り合いなの?」

『おウ、古巣の知人だナ。なんかボディを失ったッテ聞いたガ、こんナ所に居ルってコトはまだ再建中か?』

『そうなのよ、今は砲撃戦タイプの私たちは出番がないから後回しだって、酷くない!?』

『本来ならば躯体が新造される順番が回ってくるまで休眠している予定でしたが、仮想空間はいえ、こうして活動できる場を与えてくれた魔王様には感謝しかありませんね』

『えー、私は早く本物の空を飛びたーい!』


 何やら知り合いっぽいその姦しく騒いでいる光景に、クリムたちは何だこれと首を傾げる。

 だが今はもっと優先することがあると……一機だけ竜たちの歓談の輪には加わらず、いつのまにか女神のような美貌を持つ幻体へと変化していたヴェルザンディへと、改めて向き直る。


「あの、私たち、この子について教えてもらいたくて来たの!」


 そう言って、後ろをついてきていたリコリスが、ここまでずっと手を繋いでいたスピネルの肩を押すようにして、ヴェルザンディの前へと立たせる。

 突然前に立たされたスピネルはというと、特に怖がったりといった様子もなく、ぱちぱちと目を瞬かせてヴェルザンディをまっすぐ見つめていた。

 そして……そんなスピネルの姿を見たヴェルザンディは、少し驚いたように目を見開き、すぐに難しい顔をする。


「この子は……それにお嬢さんもですね。よもや融機人ノーマ・マキナとは、随分と珍しいお友達を連れてきましたね」

「ヴェルザンディ様、私や、この子の種族……融機人について知っていますか?」

「ええ、この世界におけるあなた方の種族に関する情報は、私たちにもインプットされています……とはいえ、私どもも知識としてはともかく、現存する個体を目にするのは初めてなのですが」


 そう前置きして、彼女は語り出す。


「あなた方、融機人は……そう、あの、その中の一種族として、はるか何万年も前に姿が確認されていました」

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