新年度

新学年


 ――紅たちが二年生となった、最初の登校日。


 始業式も、直後の帰りのホームルームも恙無く終わって、皆がさあ帰るぞと浮き足立っている空気漂う杜乃宮学園……その体育館裏で。




「――あの、満月先輩! 一目惚れでした、僕と付き合ってください!!」


 顔を真っ赤にして、深く頭を下げる眼前の男子生徒に、告白された側……紅は、困った様子で立ち尽くしていた。


 清潔感があり真面目そうな、新品の制服がまだまだ初々しい新入生の男子生徒だ。見た目も、紅から見た主観的で言えばなかなか男前だが、しかし。


「あの……気持ちは、その、嬉しいけど……お断りさせていただきます、ごめんなさい」

「っ…………そう……ですか。わざわざ呼び出してすみませんでした、忘れてください」


 戸惑い、しどろもどろになりながらも断りの返事を絞り出して頭を下げる紅。

 その返事を聞いた真面目そうな男子生徒が、がっくりと肩を落として落ち込みながら、それでも素直に立ち去っていく。


 そんな、彼の姿が見えなくなったころ。


「……これで今日三人目だな、お勤めご苦労様、紅」

「こら昴、そんな言い方はないでしょ。お疲れ様、紅ちゃん」

「はぁ、美少女も大変だねぇ……」


 その光景を建物の陰から見ていたのは……呆れた様子の昴と、心配そうな様子で紅を見る聖と佳澄。

 他に、玲央やラインハルトはもうユリアの迎えを済ませてきたようで、そのユリアと仲睦まじく並んで歩いている雪菜共々、いつも帰宅が一緒になる友人たちが集合していた。


 そうして放課後に呼び出しからの告白という突発イベントも終えて、ようやく帰路に就く中で……紅の隣を歩く昴が、眼鏡の位置を直しながらやれやれと肩をすくめる。


「どうせ付き合ってやれないことは確定しているんだから、堂々と断ってやればいいだろうに。そんなだから、儚げ病弱お嬢様なんて誤解されてるんだぞ」

「ぐっ……」


 昴の指摘に、紅が苦虫を噛み潰した表情で呻く。

 たしかにあれでは、気弱で大人しい先輩と、告白してきた彼の目には映っていただろう。


「わかってるんだけどさー、やっぱり真剣に考えて告白してるんだと思うと、断るのも申し訳ないっていうか……」

「なんだ紅、さっきの新入生、実はちょっと気になるのか?」

「いや無理」


 即答だった。


 紅は、幼少期からずっと聖を一途に慕い続けてようやく交際関係まで来れたのだから、いまさら他の者と恋人関係になるなどと、全く想像もできない。

 なので申し訳ないが、誰から告白されても首を縦に振ることはできないだろう。


 ならばいっそ聖との関係を周知の事実に……というには、世間では昔ほど忌避感があるわけではないとはいえ、あまり大っぴらに言って回る事でもないのが紅の悩みどころなのだが。


「なら、それでいいだろ。早く慣れるんだな」

「うん……分かってはいるんだけどね」


 なんとなく関係性を察しているらしい(と紅は思っている)クラスや同学年の皆は、紅や聖に告白してくる者はもう極偶にしか居ない状態に落ち着いていた。


 しかし、そんな事情など知らない新入生では、そうはいかないだろう。


 入学式で見かけて一目惚れしたという新入生にこうしてお断りの返事を返すのは、昴が言っていた通り始業式の今日だけで三件目だ。気が重い話だが、慣れていくしかないのだろう。


「……まあ、玲央よりはマシか」

「すごいよねー、さすが王子様」


 今も、下級生の子らに捕まって困っている様子の、後ろからついてきている玲央の姿に、昴と佳澄はただただ苦笑する。

 彼の場合リアルでは物腰柔らかく、お断りの返事すら紳士的なため……本当に恋人になりたいというよりは、すっかり王子様に憧れる下級生の子達から「まあ無理だろうけど、それでも先輩格好いいし優しいし、記念に告白しておこうかな」みたいな感じでひっきりなしに現れるのだ。

 つまり一種の目の保養扱いである、これにはさすがに嫉妬よりも同情が先に立つ紅たちであった。


 ……が、こうなると面白くない子もいるわけで。


「うぅー……っ!」

「はいはい、大丈夫よ大丈夫。あなたの大好きなお兄様が取られそうなわけじゃないんだから怒らないの」


 若干涙目となって、不機嫌そうに女子生徒に囲まれている玲央の方を睨んでいるユリアを、雪菜が困った様子で宥めていた。

 意外と嫉妬深いらしいユリアの新たな一面に皆一様に驚きつつ……そんなバタバタした始業式の午前中は、終わりを告げたのだった。





 ◇


 学校も早く終わり……時間もあるからと、駅前に新しくできたらしいクレープ屋でちょっと買い食いなどをしたりもして。

 この後はユリアの母親のいる病院へ行くという玲央たちや、帰る方角の違う佳澄らと別れ……あれだけいた仲良しグループもすっかり居なくなり、紅たち三人だけになった帰りの電車内で。



「そういえば、今日は天理さんって仕事休みなんだよな?」

「あれ、たしかにいつもなら、待ち構えててご飯食べに行くぞって言ってくるパターンだったよね?」


 去年は、紅たちが学校行事などの時に天理や宙が休みだった場合、学校前で待ち構えていた両親に食事へと連れて行かれていくことが多々あった。


 だが、今回はそれが無い。そのため今更ながら首を傾げている昴と聖に、紅が困った様子で答える。


「うーん……母さんは今、それどころじゃないみたいで。しばらくずっと厳しい顔をしてるんだよね」

「それは……やっぱり、グランドクエストの時の映像が紹介された後の、あの件か?」

「うん、まぁね……」


 先日のグランドクエストは、その類稀な盛り上がりを見せたことでネットだけでなく地上波のニュースにも取り上げられる騒ぎとなった。

 幸いにも、公開された映像の中では、紅……『クリム』については、現実とほぼ同じ姿の未成年である事を鑑みて、後ろ姿のもの以外は全て映像からカットして編集してくれていた。それは、紅はとてもありがたく思っている。


 ……と、そこに不満はないのだが、問題はその後にあった。


 こうした最終決戦の盛り上がりが公共の電波にまで乗ったことで、『Destiny Unchain Online』良くも悪くも注目をあびてしまっていた。

 とくに、現実と非常に近いレベルで完成されたNPCたちに関しては、技術の進歩に驚かれている一方で、『現実の人々と同じように人権を与えるべきでは?』との人権団体からの声も上がっている……の、だが。


「まあ……あまりいい気分じゃないよな。盛り上がったからって後からノコノコと入ってきた金目当ての大人たちに、でかい顔されるのは」


 紅たちの中でも特にこの件へ憤りを見せている昴が、不快感も隠さずに吐き捨てる。

 それは、今度から『Destiny Unchain Online』のみならず、その他のフルダイブ系ゲームに対しての、有識者たちによる『青少年の健全な育成について』とかいうお題目の監査団体を作ろうという……すでに似たような組織がいくつもあるにもかかわらず、またもや湧いて出た話に対しての言葉だ。


 そんな歯に絹着せぬ昴の言葉に苦笑する紅と聖だったが、ここまであの世界にどっぷりと関わってきたゲーマーとしては、内心では同じ想いだった。



 政府から委託された監査団体――その構成員は、実務を担当する者には、確かにこれまでも実績を残しているVR公共事業のコンサルタントに関わってきた者たちもいる。

 しかしその役員たちはというと、あからさまに利権に擦り寄ってきたような、最新の仮想現実技術など知らないか、あるいは興味ないであろう団体の重鎮たちがズラリと並んでいた。


 これでは、天理が不機嫌になるのも仕方ないだろう。

 いちプレイヤーでしかない紅ですら、自分たちのフィールドに土足で踏み込んでくる利権の存在に、はっきりと不快に思っているのだから。


 そうして、早速出された団体からの提言書は……控えめに言って、作成した者たちはゲームに興味がないか、あるいは否定的な大人たちによって作られたのが丸わかりな、偏見に満ちたものだった。


 曰く、青少年への悪影響を考慮してゲーム内の戦闘行為は禁止するべきとか、そもそもプレイヤーは関わらずに箱庭観察専用のアトラクションにするべきだとか。


 特に、プレイヤーたちについてはまるで『遊びで仮想世界に生きている者たちをもて遊ぶ犯罪者予備軍』とでも言わんばかりに悪意に満ちて書かれており……関係者、そしてプレイヤーのみならずさまざまなゲーマーたちの怒りを買って、現在もSNSにおいて絶賛炎上中である。


 また、『Destiny Unchain Online』の基幹を支えている、完全なNTECの企業秘密である『開発中の新型超AI』とそのハードウェアに何が問題がないかを、自分たちの立ち会いのもとに精査させろなどという、別の思惑がちらつく無茶苦茶な要求もあった。



 そして……そんな現状に、NTEC代表である紅の母が、無関係なはずもなく。


「なるほどなぁ……」

「そんなわけで、今はちょっと母さんの事情には触れられないね……」

「そんなに機嫌悪いの、あの天理おばさまが?」


 紅に対しダダ甘な天理のことばかり見ている聖が、驚いたようにそんな疑問を口にするが、紅は苦々しく頷く。

 実際、紅の知る天理はたまに厳しいことは言っても、怒ったところなど、ほとんど見たこともなかったのだ。


「……たまに、ボソッと『やっぱあの小僧ども潰すか』って感じに物騒なことを呟くのを聞いてるとね」

「それは……まあ、なんだ、ご愁傷様だな」

「えっと昴、それは誰に対してなのかなぁ?」


 ひと段落したと思ったのに、ここにきて現実でもゲーム内でも問題ばかり湧いてくる。そんな、暗い話に沈んでいた……ちょうどその時。


「……ん、着信?」

「あれ、ギルドからのメールだねー?」

「これは……リコリスちゃんか」


 軽いベルの音と共に、三人のNLDに『Destiny Unchain Online』内、ルアシェイアのギルドメンバー用メールボックスへと、着信があった。


 どうやらもう先にログインしているらしいリコリスから届いた、そのメールには……あの大気圏突入ポットから連れ出した融機人の少女が、目を覚ましたと書かれていたのだった。







【後書き】

 地雷原でタップダンスなう


 本当はもう少し話を進めたかったのですが、間に合わず。

 決して、この作品書き始めと共に休止していたヒカセン業を再開したせいとか、某Vの箱の新人の頭脳担当のピンクの子にどハマりしたせいとかデハナイノデスヨ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る