再び動き出す世界



「どれ、素性は分からぬが、眠る幼な子を森の中に放置という訳にはいかぬよな……」

「まあ、今後のイベントで絶対重要そうだしねー」

「うむ。というわけで、連れて帰って……痛ッ!?」


 フレイヤと頷き合い、眠る少女を連れ帰るべく抱き上げようとしたクリムだったが……彼女が眠る大気圏突入カプセルに手を入れようとした瞬間、その手が不可視の壁にパチッと弾かれる。

 実際に痛いわけではないのだが、突然のことにびっくりして手を引くクリム、その眼前で。


『マスター登録をお願いします』


 弾かれた手にビリビリと伝わる痺れで顔を顰めるクリムに、カプセルから音声が投げかけられる。


「それ抜きで、連れ出すことは……」

『マスター登録をお願いします』


 にべもなく返される、先程と一言一句違わぬカプセルからの返答からすると、どうやら駄目らしい。

 誰かがマスター登録とやらをしなければ、この少女をカプセルから連れ出すことは不可能なようだ。


「……だそうじゃぞ、クエスト受注主よ」


 諦めて、話を持ってきたスザクへと話をパスする。

 だが……彼は、困ったように肩をすくめていた。


「勘弁してくれ……うちにはただでさえ、子供みたいな奴がいるんだぞ」

「ちょっと、どういう意味よ!?」


 すかさずスザクの言葉に噛み付くダアト=クリファードだったが、それをさっくりと無視したスザクが話を続ける。


「それに、拠点もない俺らがぞろぞろとNPCを連れて歩くわけにもいかないだろ」


 ……赤帝十二剣時代の記憶を思い出したダアト=クリファードは、今はもう自衛能力を持っている。


 スザクから返却され、今は彼女の愛剣としてその胸に抱えられている、赤と緑のグラデーションが美しい『ダアトの剣』は、もはや伊達ではない。

 悪魔として最上位の力を与えられているベリアルのように、一騎当千というわけではないが……それでもクリムたちプレイヤーの最上位陣に引けを取らない程度の実力は有しているだろう。


 だが……それでもやはり、彼女は失われたら取り返しのつかないこの世界の住人だ。確かに、この上さらにスザクに重荷を背負わせるのは酷だろう。

 あるいはどこかで保護できるならばともかく……彼は今でこそ『剣の守護者』に身を置いているが、実質的にはこの世界においては根なし草だ、それも難しい。


「それこそ、慣れてるんだから魔王様がやればいいだろ」

「……お主、我のことを孤児院の院長か何かだと勘違いしておらぬか?」


 スザクの言葉に、ジト目で返すクリム。

 だがしかし、スザクの言葉は実際に、プレイヤー皆の共通認識があるのもまた事実だ。

 何やら最近では、NPC関連で何か困ったことがあればとりあえず赤の魔王様に相談という第一サーバーの慣習が定着しつつある。いい加減物申さなければならないと心に決めるクリムだった。


 ……と、そんなことを考えていた時だった。


「あ、あの!」


 突然、仲間たちの一人が挙手して声を上げる。

 それは……ずっと興味津々にカプセルを覗いていたリコリスだった。


「私、やりたいです、この子のマスター」


 やや興奮気味に、そうはっきり主張するリコリス。引っ込み思案気味な彼女としては、珍しいことだった。

 だが……この世界で初めて見た同じ種族だ、それも当然だろう。


「それじゃあ……フレイ、リコリスちゃん一人だと大変かもしれないから、サポートは任せたぞ?」

「……ふぇ!?」

「ああ、任された。というわけでよろしくね?」

「あぁあぁああこちらこそ不束者ですがよろしくお願いしますなの!」


 そんな、まるで嫁入りでもするかのような挨拶をしているうちに、リコリスのマスター登録も済み……役目は終わったとばかりに全機能を止めたカプセルから、フレイが融機人の少女を抱き上げる。


 だが……そんな光景を見つめているクリムの胸中には、以前、虚影冥界樹内部でマザーハーロットが発した言葉がずっと引っかかっていた。


 曰く――刈り取られる相手が変わるだけ。


 その発言をした者の仲間であるマスターテリオンとメガセリオンが探していた少女だ、無関係と楽観視はできない。

 かといって、今はまだ静かに眠っているあどけない少女を、ただ怪しいからと問答無用で処断するような冷酷な真似もしたくない。



 ――一難去って、また一難。


 息をつく暇もほどほどに、再び何かが動き出している予感に……クリムは難しい顔で、深い森が焼け落ちて円形にくり抜かれたために見える、青く晴れた空を見上げるのだった。
































「――では……テイアⅡ開発プロジェクトに国からの監査委員会が入ることは、もう確定なのね?」


 ――帰路につくクリムたち一行から、少し離れた場所。


 他者には見えも聴こえもしない『隔離世界特別対策室』専用の極秘回線を開いたセツナが、モニター越しに父親……隔離世界特別対策室の室長である隼人と会話していた。


「それにしても天理代表、部外者がテイアⅡ開発に関わることを、よく認めたわよね?」

『いや、それがなぁ……困ったことに、何としてもでも火星開発事業に関わりたい、いや、関わらなければならない天理代表の弱みに付け込んだ形なんだよなぁ……』

「それは……相当怒ってたんじゃ?」

『表面上ではニコニコしてたけどな。ありゃ間違いなくブチ切れてたな、正直なところ会議室で俺は死を覚悟したぞ』

「うわはぁ……」


 どうやらガチもガチ、本格的にキレていたらしいと、父の言葉を聞いたセツナは顔を引き攣らせる。


「あの、パパ。天理代表って本当の本当にその気なら、正攻法で真正面から獲れるわよね……

『それなー、本当にそれなー。魔王なんて言うけどあの婆さん、超常の力なんて抜きでもアウレオ爺さん並の政治力の化け物だぜ。しかも今は二人とも、がっつり手を結んでるときた』

「近い将来、もう何回か選挙が終わったら、政界の勢力図が一新されてるかもしれないわねぇ……」

『やめろ洒落にならん。本当に、ずっと地方都市のゲーム会社社長として隠居していて欲しいもんだわ……心臓がいくつあっても足りねー』


 深々と溜息を吐いた隼人は、先程まで目を通していたホログラムにより投影している半透明の板……先ほどセツナが転送した報告書のウインドウを、まるで団扇のようにひらひらと振りながら、顰めっ面で愚痴をこぼした。


『しかし……こんなタイミングで、そっちもそっちで、ね。変な事にならなきゃ良いんだけどな』





【後書き】

主人公たちの活躍に関しては、第二部でも変わらずゲーム内を中心に描きたいなあと思ってます。

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