天使たちの洛夭地②


「魔王様、無事か!?」

「ねえクリムちゃん、何がすごい熱気がこっちから流れてきたけど、大丈夫!?」


 がさがさと、茂みを貫いて飛び出してくる、スザクやカスミをはじめとした別働隊の皆。


 そんな、クリムたちと合わせて挟撃の形となった二班、その中間地点では……


「何で邪魔すんだよ、コイツらにこないだの落とし前をつけさせてやる絶好のチャンスだろうが!?」

「ですから、今はそれより大事な用件があると言っているでしょう!」

「うるせぇ知るか、邪魔すんな!!」

「邪魔しているのはそちらの方です!!」


 ……先程クリムに襲い掛かってきた粗野な男と、その彼を止めた優男風の青年。


 二人の真っ赤な髪をした謎の男たちは、対峙中であるはずのクリムたちのことなどすっかり忘れたかのように、顔を突き合わせて口論中だった。



「あー、どういう状況だ、これは」

「うむ……我にもわからん」


 呆れた様子で、しかし警戒は解かぬままにクリムの横に立つスザクと、同じく警戒は解かぬまま、注意深く眼前の青年二人の動向を伺うクリム。

 そんな動きに気付いた短髪の方の青年が、申し訳無さそうにクリムたちの方へと向き直り、頭を下げる。


「……こほん。申し遅れました。私、名を『マスターテリオン』と申します」


 恭しく頭を下げながら宣う、真紅の髪を肩のあたりで切り揃えたその男性……マスターテリオン。

 意外にも落ち着いた艶のある美声に、女性陣が思わず『ほぅ……』となる中で、側であぐらをかいているもう一人の男は拗ねたように「ケッ」と悪態を吐いている。


 だが……やはりというか、その名前には聞き覚えがあった。


「では、やはりそっちの、先程襲いかかってきたのは……」


 半信半疑ではあったが、合点が行ったとクリムが尋ねると……彼は素直に頷き、答えてくれる。


「はい。こちらが皆様がお察しの通り、『メガセリオン』。私の相方ということになるのでしょうか」

「はっ。よくまあ一回してやられた相手にニコニコしてられるぜテメェは」


 あぐらの膝に頬杖をつき、不貞腐れた様子で吐き捨てる青年……『メガセリオン』に苦笑しながらも、マスターテリオンは胸に手を当てて、会釈する。


「私たちは……以前、虚影冥界樹内部で交戦しました、二匹の『終末の獣』でごさいます」


 そう、マスターテリオンと名乗った青年は、いっそフレンドリーな様子で告げるのだった。



「……自己紹介はありがたく受け取ろう、じゃが」

「今更、何をしに出てきた。この前の意趣返しが目的か?」

「いえいえ、とんでもない。私どももただ、探し物の最中なのです」


 前に出るクリムとスザクが、武器を構えて警戒を続けているが、しかしマスターテリオンと名乗った青年は敵意はないと両手を上げて、苦笑混じりにそう曰う。


「……交戦の意思は無い、と?」

「はい。先ほども申した通り、ここであなた方と事を構えると、この辺り一帯ごと探し物まで吹き飛ばしてしまいかねなさそうなので」


 さらりと物騒な回答を口にするマスターテリオンに、クリムとスザクが揃って苦虫を噛み潰したように表情を顰めるが……彼の提案には異論を挟まなかった。

 その態度を見たマスターテリオンは、満足げに一つ頷くと、傍に居るメガセリオンへと声を掛ける。


「では、一時休戦ということで……いいな、メガセリオン」

「…………チッ、勝手にしやがれ」


 スッと剣呑な色を帯びた目で、側で不貞腐れているメガセリオンを睨むマスターテリオン。

 そんな彼に、バツが悪そうに一つ舌打ちしたメガセリオンは、すっと姿を消して立ち去ってしまった。


「やれやれ……ご迷惑をお掛けしたお詫びに、あなた方の探し物の場所を教えておきましょう」


 そう言って、彼はある方向をぴたりと指差して、クリムたちに告げる。


「この先、ひたすら真っ直ぐに進んでいけば、あなた方の探し物はいずれ見つかるでしょう」

「……お前たちの探し物でもあるんじゃないのか?」

「ええ、まあ。ですが……あなた方に回収されても、特に問題もないので」


 そう、意味ありげにクリムに目線を向けるマスターテリオン。そんな彼に訝しげな視線を送るクリムだったが、彼はもう語ることはないと踵を返す。


「待て、貴様たちは何を企んでいる?」

「それは秘密です。それでは、私もこれで失礼します」


 そう口元に立てた人差し指を当てながら曰った後、彼も先程のメガセリオンと同様に、フッとその姿を消す。


 それを受けて――クリムとスザクをはじめとした全員が、これまでずっと詰めていた息を吐き出して、緊張を解く。



 ――彼らが立ち去ってくれて、助かったのはこちらの方だ。



 終末の獣という大層な名に恥じず、今の自分たちの戦力では、あの二人を相手取るには足りていない――そう誰もが皆、理解していたのだった。




 ◇


 ――『終末の獣』二人に邂逅するというトラブルこそあったものの……森の奥深く、マスターテリオンが言っていた方向へと進み、一時間ほど経過したところ。


「……どう考えても、マスターテリオンが言っていたのはこれじゃよな」

「ああ、間違いないだろうな……」


 そんな一行の眼前に広がっていたのは――木々どころか地面まで吹き飛び、高熱で灼かれたらしき小さなクレーター。

 そしてその中心に鎮座する、底面がひどく焼け焦げている以外は真っ白い……卵型の、機械式のカプセルだった。


「これアニメで見たことありますです、宇宙人が乗ってくるやつです」

「大気圏突入用のポッドかなぁ、世界観狂うなー……」

「まあまあ、『エデンの園』があれだったから……」


 雛菊とハルとカスミが三人で周囲を警戒しつつも呆れた様子で呟く一方で、フレイとセツナ、そしてリコリスの三人が、カプセル周辺を調べ始めていた。


「……ふむ。外に、開けるための装置は見当たらないが」

「そうなのか? どれ、では我も……」


 首を傾げているフレイの言葉を聞き、そう、軽い気持ちでクリムが一歩前に出た……そんな瞬間だった。


『――利用可能なコアを一件、周囲に検知しました』

「おぉう!?」


 突如聞こえてきたメッセージに、クリムが驚きに飛び退く。だが、異変はそれだけではなかった


「ねえクリムちゃん、腕のあたりが光ってるんだけど!?」

「本当じゃ、何じゃこれ!?」


 フレイヤの指摘通り、仄かに光を放ち始めたクリムの右手。何が起きているのか分からずにアタフタする中でも、装置からの音声メッセージは続く。


『利用可能な『アイン=セル=コア』を一件、周囲に検知しました。こちらに投入してください』

「アイン=セルって、なん……うわ!?」


 そんな再度放たれた装置からの機械音声と共に、クリムの掌から浮かび上がる物体があった。


 透明な、正八面体のガラスのようなケース中に、球形の結晶が浮かんでいるその物体は……すっかり記憶の彼方に忘却していたが、見覚えがあった。


「もしや……これ、バルガン砦でビフロンスを倒した時に手に入ったアレか?」

「……魔王様、お前いつも都合の良いもの持ってるよな」

「本当にただの偶然なんじゃがなぁ……」


 呆れた様子のスザクに対し、クリムは心外だとぼやきながら、今しがた出現した物体を手に取りしげしげと見つめる。


 色こそ透明に変わっているが、記憶にあるものと形は一緒であり、ビフロンスが今際の際に落としたものに間違いない。おそらくこれが、装置が言っている『アイン=セル=コア』なのだろう。


「うぅ……あやつの中にあった結晶と聞くと、嫌なことになりそうで不安じゃのぅ……」

『否定。そのコアはフォーマット済みです。また、記録媒体としての機能はありませんので、本機に何か影響を与えることはありません。他に、何か質問は?』

「そうか……うむ。では、ここにセットすれば良いのじゃな?」


 まるで誘導するように、カプセルの一部に、ぴたりと嵌る四角錐型の窪みが彫られたスリットが開く。

 おっかなびっくりに、指示された通りにクリムが所定の場所へ『アイン=セル=コア』と思しき物体を投入する。

 すると、これまでうんともすんとも言わなかった卵型の表面に光り輝くラインが走り、すぐそれに沿って亀裂が入り、カプセルが開いて行く。


 どうやらクッションのような衝撃吸収素材に覆われた内部。その中には……


「これは……人の子供?」


 カプセルの中を覗き込む一行。その中に、眠るようにして横たわっていたのは――小さな、子供。


「違う……この子、融機人ノーマ・マキナ、なの!」


 驚いた様子で真っ先に声を上げたのは、同じ種族であるリコリス。

 これまでNPCも含め同種族を見たことがない彼女は、興奮気味にカプセルに手をついて中を覗きこんでいた。


 そこに、まるで胎児のように体を丸めて静かに眠っていたのは……リコリスよりも一回りほど小柄な、ところどころ内部構造が剥き出しとなった機械の少女だった――……

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