最終層:竜の背に乗って
――ついに到達した最終層、冥界樹の枝の上で。
「……よもや、いきなりのお出迎えとはな」
クリムが苦々しい表情で睨んだ視線の先、それだけで巨木の如き太さがある枝の上。
そこには、悠然とこちらを見下ろして動向を図っている、十の頭を持つ、サタンの化身と言われる黙示録の紅い竜――エネミー名『マスターテリオン』が座り込み、クリムたちプレイヤーの方を睨んでいた。
その名はクリムの知る限り、確か黙示録においては先の階層で交戦した『メガセリオン』と同存在のはずだが……どうやらこの世界では、こちらの十の頭持つ赤竜の名前となっているらしいと、納得する。
……今すぐに襲ってくる様子はない。
おそらくは先のメガセリオン同様に、クリムたちが動き出すのと同時に追ってくるタイプだろう……とクリムは予想する。
「魔王様、分かっていると思うが……」
「うむ、まともに戦っておる時間は無いな、手はあるのじゃが……」
エルミルの忠告に、苦々しく頷くクリム。
先の層でのマザーハーロット戦で、かなりの時間を消費している。刻限である現実世界での夜21時まで、残り時間はあと二時間を割っているのだ。
このマスターテリオンを撃破して、徒歩で登頂するには……少しばかり、不安がある。
「クリムちゃんの渋っている、この先に進むいい手って、きっと人数制限あるやつよね?」
「……うむ、頑張っても二十数人弱を一緒に連れていくのが限界じゃな」
オロチの質問に、クリムが頷き答える。
たしかに先をショートカットは可能だろうが、そのためにはほとんどのメンバーを、ここに残していかなければならない。
そんな苦渋を滲ませるクリムに、しかし。
「決まりだな。次は……俺たちの番だ」
「それじゃ、健闘を祈るぜ、魔王様」
あっさりそう言い放った、ここまでの道中を共にしてきたエルミルとジェド、そして連王国の仲間たち。更に……
「それなら、私たちも残るわね」
「ママ!?」
不意に挙手して告げるサラに、リコリスが驚いた声を上げる。
だがしかし、彼女とジェードはもう決めたことだと、リコリスを手で制する。
「これ以降、私やサラ先輩に出来ることもなさそうだもんね」
「まあ、半分ライトプレイヤーみたいな私たちが、こんなところまで来れただけでも大したものでしょうからね」
「うんうん、貴重な体験ができて、本当に楽しかった!」
そう、晴れやかに語る二人。その様子は、クリムに気を遣い無理をしているという風ではなく、本心なのだろう。
「だけど……あなたは違う。最後まで、みんなと頑張ってきなさい、リコリス」
「……うん。頑張る」
「あと……あなたも、最後まで撮影してくるのよね?」
「そうだな……やっぱ、ここまで来たからにはな」
そう、別れを告げるリコリスたち親子。
また、それとは別の一角では……
「それなら、私たちも残ってあげるわ。相手が空を飛ぶっぽい敵じゃ、優秀な魔法部隊が居ないとちょっと大変でしょ?」
そう挙手しながら声を上げたメイに、シャオが驚いた表情を浮かべるが……しかし共和国のプレイヤーたちも、メイに同意するように残る側へと動く。
「ってわけで、こっちは任せてもらいます」
「前々から、もしもの時はシャオ様の手を煩わせないように、お嬢の指揮に入る約束してたんですよ」
申し訳なさそうに語る彼ら共和国のプレイヤーたちに、珍しくシャオが目を驚きに瞬かせる。
「だから……こっちは任せて、お兄は気兼ねせず、みんなと一緒に戦ってきて」
「はぁ……全く、事前に皆に根回ししてましたね? 誰に似たのやら」
「そんなの、お兄に決まってるじゃない」
胸を張って断言するメイ、そして彼女に追従し、そうだそうだ、と同意する共和国のプレイヤーたち。
そんな光景に、やれやれと肩をすくめた後……シャオが、メイの肩にポンと手を置いて、頷く。
「構いません、連王国の彼らに協力してあげてください……メイ、この場は任せましたよ」
「うん、伊達にこれまでずっと補佐してたわけじゃないんだからね、任せて、お兄!」
そうして、残る者たちが『マスターテリオン』を先に進むクリムたちから引き離すために、離れていく。
クリムたち、残りたった20人にも満たないプレイヤーたちの反対方向へと走り去る彼らは……途中、道を塞ぐマスターテリオンに威嚇射撃を放ちつつ、クリムたちから離れるよう誘導していく。
「……行っちゃったね」
「残りは、これだけか。突入時の人混みが嘘みたいだな」
「ああ……じゃが、皆の意思を無駄にはできん、先を急ごう」
そう、クリムは今はまだ近くにいるマスターテリオンとの距離を測りつつ、手元のウィンドウを操作して、一つのスキルをタップする。
「でも、飛んでいくアテとは何ですかね。
「うむ、まあ大丈夫じゃ、多分な」
そう言いながら、眼下で継続中の戦闘の光を見つめるクリム。
陽動に残ってくれた皆は巨竜を引き連れて、もはや巨大な竜でさえ米粒くらいにしか見えないほどに遠のいた。
「よし……あの『マスターテリオン』からはだいぶ離れたな。来い、クロウ!」
『あいヨー』
「……お主、もうちょっとノリ合わせられん?」
気合いを入れて、天に手を掲げて呼んだクリムに対し、ポンと軽い音を立てて、凄まじく軽いノリと効果音で現れたクロウ。
その双方のテンションの落差に、怨みがましい目をクロウに向けるクリムだったが、今はそんな場合ではないと一つ咳払いして、本題に入る。
「すまんが、行けるところまで我らを乗せて飛んで欲しいのじゃ」
クロウは、最近暇な時にスキルを成長させた結果……スキル70にて、クリムのスキルレベルに応じて短時間ながら巨大な竜に変化できる特殊能力を得ていた。
この最終階層では地形を無視して飛行できるのは最初に確認済みであり、それを使って上方までショートカットしようという腹積もりである。
『そノ人数ヲか……10分くらいシカ飛べネーぜ?』
「十分じゃ、できるだけ上へ上へと飛んでくれ」
『了解、それジャア乗りナお前ら!』
そう言った直後、みるみる大きくなっていくクロウ。
やがてその体躯は以前見た『ファーヴニル』より二回りほど小柄な、しかし見事な漆黒の成竜へと変貌していた。
「クロウさん、カッコいいです!」
『フフン、そうダロ、そうダロ?』
雛菊たち年少組にキラキラとした目で見られてご満悦な様子のクロウの背に、残ったプレイヤーたちが乗り込んでいく。
『それジャア……行くゼ、お前ラァ!!』
どうにか皆がその背に収まったところで……クロウはその翼を力強くはためかせ、宙へと舞い上がった。
かなりの勢いで、下方に風景が流れていく中……
「ユリアちゃん、寒くない? お姉さんの外套の中に入る!?」
「えっと……大丈夫です。ありがとうございます、エルネスタお姉さん」
「ううん、いいの、何かして欲しいことがあったらなんでも遠慮なく言ってね!」
「……少し落ち着け、エルネスタ。落ちる」
ユリアの隣、ご満悦な様子で世話を焼いているエルネスタと、そんな彼女に感謝はしつつも困ったように笑っているユリア。
そして際限無くテンション上昇中のエルネスタを、リューガーが、口数少ないながらも嗜めている……なんだか最近すっかりおなじみになっている光景だ。
そんな彼らに一同困ったように苦笑しつつ、皆、到着までの間、思い思いの会話に興じていた。
「……すっかり、人も少なくなっちゃったねー」
「何というか、残ったの、少し懐かしい面々だよな」
「あー、言われてみれば、セイファート城を攻略した時に似てますね、この面子は」
「もう少しであれから一年になるんだな、年を取ると時間が経つのが早くていけねぇや」
フレイとフレイヤがなんとなしに呟いた言葉に、ラインハルトとシュヴァルが苦笑しながら同意する。
とはいえあれからメンバーも増えたわけで、その当時居なかった者たちは首を傾げているのだが。
そんな中……クリムは配信の音声が切れているのを確認した後、すぐ後ろでスザクと並んで座っているハルに声を掛ける。
「そういえば……ハル先輩は、今回はサクラちゃんではないのじゃな?」
「あー……うん、どうするかは聞かれたんだけどね」
ずっと、聞きたかったのだ。
てっきり、彼女は『霧須サクラ』として、公式キャラとしての特権『アイドル・オーダー』に専念しているとばかり思っていた。
「今回は一人のプレイヤーとして参加したいって、我儘を言ったの。もちろん、必要な時が来たらいつでも『霧須サクラ』になれる準備はしてあるよ」
ヒミツだけどね、と口に人差し指を当てながら、ハルはそんなことを曰う。
「でも……私も、『私』としてダアトちゃんを助けたかったから」
「なるほどなぁ……」
たしかに、彼女はスザクと共に行動していたためダアト=クリファードとの交流も豊富だったはずだ。
ゆえに、クリムはそんな彼女の言葉に納得するのだった。
そんな歓談に耽る、最後の穏やかな時間はあっという間に過ぎ去って――残り時間、1時間と35分。
クリムたちは、ついに虚影冥界樹の最上階へと降り立ったのだった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます