第八層:第一の獣②



 バトルフィールド外縁を駆け上ったマザーハーロットの騎獣、その七つの頭から放たれた閃光を、しかし前面に展開された魔法使いたちの『フェイズシフト』が受け止める。


 許容量オーバーの威力を受けて何名かが閃光に飲み込まれた中で、しかし無事な者たちからカウンターで放たれた『ディバインフレア』が、マザーハーロットの直前に展開されているアブソリュートディフェンスに弾かれる。



【Absolute Defense】

【82300/400000】



 残り十万を切ったアブソリュートディフェンスの表示を視界の片隅に確認しながら、クリムがマザーハーロットの騎獣の眼前へと飛び込む。


 大きく振りかぶった腕の先にあるのは、『剣群の王』により生成された巨大な剣。それを……力一杯に、騎獣の鼻先へと叩きつけた。


 ――ピシリ、と絶対障壁に罅が入る。


「――皆の者、いまだ、畳み掛けるのじゃ!!」

「言われなくても!!」


 クリムが操る、今も障壁とぶつかり合い激しい火花を上げている大剣を足場として、ソールレオンやスザクを始めとした前衛陣が宙へと舞い上がり、騎獣の上で指示を出しているマザーハーロットに飛び掛かる。


 同時に叩きつけられた、数十本の武器たち。


 激しい火花と耳障りな音を上げながら、さらに広がっていく罅に……忌々しげに舌打ちしたマザーハーロットが、周囲に強烈な斥力場を放ち、プレイヤーたちを弾き飛ばす。


 それでも、冷静に着地して構え直すクリムたちプレイヤー。


 一方で、マザーハーロットも騎獣に命じて、フィールド外縁部に退避するように一度距離を取る。


 すわ遠距離戦からの仕切り直しか……そうクリムたちプレイヤーら一同が身構えるが、しかし当のマザーハーロットは、「はぁぁあああ……」と心底ウンザリだとばかりに深い溜息を吐いて、構えを解く。


「……ま、及第点ってところかしらね。これ以上は付き合ってあげるのも面倒だし、そろそろお暇するわ」


 そう言って騎乗していた七つ首の獣から飛び降り、妙に艶っぽい所作で欠伸をしながら踵を返すマザーハーロット。


「お前、逃げる気か!?」


 プレイヤーの一人が立ち去ろうとするマザーハーロットに怒鳴るが、彼女はそれを愉しげに見下ろしながら返答を返す。


「あらぁ……その方が、あなた方にも都合がいいのではなくて?」

「……くっ!」


 忌々しげに睨みつける彼だったが、しかし残念ながら、マザーハーロットの言う通りだ。退いてくれるならば、通してくれるならば、それに越した事はない。


 だが……そんな彼女の言葉を、額面通りに取るほどクリムたちとて純粋ではない。


「まぁ、もっとも……私の役目は果たさせてもらいますけど」


 そう言って、パチンと指を鳴らすマザーハーロット。


 その瞬間……乗っていた第一の獣から、幾重にも巻きついていた鎖が弾け飛んだ幻影が見えた。



 ――瞬間、獣の姿が膨れ上がり、紅い毛皮がまるで炎のように波打った。



 これまで大人しくマザーハーロットに従っていたのが嘘のように、咆哮を上げ、まるで何かを憎悪しているかのような目でクリムたちプレイヤーを睨みつける獣。


 明らかに凶暴性を増したその巨躯からは、生きとし生けるもの全てに対しての殺意が目視できそうなほど、殺気に満ちていた。


「確かに私は道を譲ってあげる……だけど、この子がそれを許すかしらねぇ!?」

「お主……ッ!」

「頑張って倒す? それとも誰かを足止めに残して先に進むかしら? 私としてはどちらでもいいけど、まあ、せいぜい頑張ることね!」


 それだけを言い残して、マザーハーロットが姿を消す。


 後に残ったのは、マザーハーロットと分たれたことで別エネミーとなった獣――エネミー名『メガセリオン』のみ。


 そんなメガセリオンは周囲に強烈な殺気を放射し続けており、クリムたちはひしひしと感じていた……今、大きく動けば、その瞬間に奴は襲いかかってくると。


「……残念ながら、誰かが残るのが正解でしょうね」


 そう言って、前に出たのは……聖王セオドライト。


 彼の配下である聖王国所属のプレイヤーたちも、覚悟はできているといった表情で、次々と彼に続いて前に出る。


「セオドライト……お前」

「スザク先輩ともあろう人が、優先順位を間違えないでくださいね。僕たちの目的は敵の撃破じゃなく、先輩たちをゴールに送り届けることです」


 ぴしゃりと告げられた言葉に、スザクが続く言葉を遮られた。そんな彼に向けて、セオドライトはフッと笑う。


「スザク先輩、行ってください。ここは僕たちが引き受けます」

「……すまん、助かる」


 そう、頭を下げて踵を返すスザク。一方でその傍らでは、ここまで同行して来ていたクロノとランが、ハルに話しかけている。


「ハル、ごめん、私たちもここに残る」

「あはは、きっと私らじゃこの先の戦いについていけないだろうからねー」

「クロノ、それにランまで……」

「だけど、ハルはずっと彼と一緒に居たんだろう、なら、ちゃんと見届けてくるんだ」

「そして、後で色々と話を聞かせてね!」

「……うん、行ってくるね、二人とも」


 そう軽く抱擁した後、二人から離れてスザクに寄り添うハル。


 そんな姿に満足そうに頷くクロノとランも、聖王国のプレイヤーたちの中に紛れていく。


 そして……他にも、囮に残る者たちが居た。それは、北方帝国所属のプレイヤーたちだ。


「そういうことなら……レオンの大将。悪いけど、俺らも残ります」

「大将と……それと『北の氷河』の皆は先に行ってくだせぇ」

「君たち!?」


 ラインハルトが驚きの声を上げるが、しかしシュヴァルが肩に手を置いて彼を抑え、好きにさせてやれと首を振る。


 そんな二人を横目に確認して、ソールレオンは彼らに尋ねる。


「残る理由を、聞かせてくれ」

「大将も気付いているでしょう、こいつら、俺らを分断して先に進む人数を絞ろうとしていることを」

「それは……」

「だったら……まだ大勢のプレイヤーが残らされるこのあたりのボスが、たぶんッスけど一番手応えがあるんじゃあないかなと思う訳なんスよね!」


 違いねぇ、と呵々大笑する北方帝国所属プレイヤーバトルジャンキーたちに、ぽかんと目を丸くするソールレオンだったが……すぐに、クックッと堪えきれずに笑い出す。


「はは……なるほど、それは羨ましい理由だ」

「でしょう? ってえわけで、大将はリューガーの兄貴たちを連れてさっさと先に進んでくださいよ。なぁに、足止めって言っても……」


 そこまで言った男たちが、周囲のプレイヤーたちに目配せし……みな一斉にメガセリオンへと向き直ってはソールレオンの方へ首から上だけ振り返り、なぜかやたらと嬉しそうな顔で、一斉に口を開く。


「「「別に、アレを倒してしまっても構わないんだろう?」」」

「ああ……健闘を祈る、さっさと倒して追ってこい!」

「「「――了解ッ!!!」」」


 そう返事をして、北方帝国所属のプレイヤーたちがクリムらが居る反対側に回り込む様にして駆け出す。


 即座にその動きに反応した『メガセリオン』は、姿勢を低くして七つの顎門を開き、彼らに向けて超高温の熱線を放つ、が。


「させませんよ……皆さん、彼らを守りなさい!」


 セオドライトの指示で一斉に放たれた守護魔法により、その熱線は幾重にも展開された無数の魔法の障壁により減衰し、プレイヤーに着弾する直前で完全に消えた。


 そんな光景を忌々しげに見据え、ならば直接叩き潰してやるとばかりに駆け出し、北方帝国のプレイヤーを追いかける『メガセリオン』を見て……彼らは、してやったりとばかりに嗤う。


「……行ってくだせえ、ボス!」

「ああ、ありがとう!!」


 完全にメガセリオンのターゲットが自分たちから離れ、北方帝国の勇士たちに向いたのを確認したソールレオンが、彼らとは反対方向、出口に向かって先陣を切って走り出す。


 クリムたちとスザクにハル、そして残る半数のプレイヤーたちも彼に続き、先へ進む道を駆け出した。


 やがて、瓦礫の道の先に見えた次の層へと向かう転送陣――その中に、迷うことなく飛び込むのだった。





 ◇


 転送の光が収まって、そこには――


「きゃあ!?」

「これは……風?」


 吹き付ける冷たい風に、数人のプレイヤーが悲鳴と戸惑いの声を上げる。


 その空気は……間違いなく、外気のもの。


 先ほどの第八層が明るかったぶん、初めは暗くて見えなかった風景だが……天から月明かりが照らしているのもあり、すぐに問題なく目が慣れて、周囲が見えてくる。



 満月により照らされて遥か下方に浮かぶ白い雲海と、手を伸ばせば、届きそうなほどに近い満天の星空。


 夜にもかかわらず眼前に広がるその絶景の大パノラマに、周囲から感嘆の吐息が漏れるのがいくつも聞こえてくる。




 虚影冥界樹第九層――最終階層。


 そこは雲の上……地球で言う成層圏の入り口あたりにまで伸びた虚影冥界樹の、遥か彼方まで伸ばされた枝葉、その上であった。

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