最終裁定:虚影冥界樹イル・クリファード
最終決戦へ
「それじゃ……嬢ちゃん、頑張ってこいよ!」
「クリムお姉ちゃん、ルージュちゃんも、戻ってきたらまた遊ぼうね!」
「絶対に、勝って帰ってこいよ!」
「うん……ルドガーさん、ジュナ、ジョージ、行ってくるね?」
「ジュナさん、また、一緒に遊びましょうね!」
――グランドクエスト当日の朝、泉霧郷ネーブル、ルドガー家前。
出立前の最後の挨拶に訪れていたクリムとルージュが、見送りに出て来ていたルドガーたちに手を振りながら、街の中心にあるテレポーター・プラザへと歩き出す。
「さて、大丈夫という確約は貰ったが……ほれルージュよ、逸れぬようにここに収まっておれ」
「はい、お姉様。それでは失礼して……」
ルシファーが言うには、クリムの『クリフォ1i』が成長した今、ルージュには瘴気による影響は無いとのことだった。
しかし、さらにシステムからの保護もあるとはいえ心配なクリムに促されて、妖精の姿になったルージュがクリムの『プリンセスガード』の下、セフィラドレスに追加してもらったポケットに潜り込み、ブレストアーマーからぴょこんと頭を出す。
そんな姿をほっこりと眺めながら……すぐに到着してしまったテレポーターにて、目当ての人物の姿を探す。
「さて……ユーフェニアはまだのようじゃが」
ギリギリまで『神剣』をチャージしておくためセイファート城に残っているはずの彼女の姿は周囲には無く、まだ来ていないようだ。
とはいえそろそろ時間となるため、呼びに行くか……と思い始めた、ちょうどその時。
「……ごめん、クリムさん! お待たせしました!」
どうやら相当に急いで来たらしい。すっかり息を弾ませて駆け込んで来たユーフェニア。
「うむ、来たか。『神剣』の方は……」
「大丈夫、完璧に仕上がって来たよ!」
そう、胸を叩いて太鼓判を押すユーフェニア。
そんな彼女が背負う、鞘に収まった『神剣』からは……確かにクリムにもひしひしと、強い力が感じ取れる。
「シュティーアはどうした?」
「あの子も役目があるからね、先に行ってるよ。大丈夫、全部終わらせて、また一緒に居ようねってちゃんと約束してきたから」
昨夜と比べると、すっかり晴れやかな表情を見せるユーフェニア。あのあと何があったのかはクリムに知る由もないが、どうやら吹っ切れることができる
「では……行くぞ、ユーフェニア」
「うん、救ってこよう、お互い大切な人を!」
エスコートするようにクリムが差し出した手を、ユーフェニアがしっかと握り、共にテレポーターへと飛び込む。
そこでは――
Destiny Unchain Online
第一部最終章『虚影冥界樹イル・クリファード』
『まおーさまぁああああッッ!!!』
「な、なんじゃあ!?」
テレポーターをくぐった瞬間に鼓膜を震わせる大歓声に、そろそろ慣れてきていたはずのクリムが、しかし想定の数倍の歓声に驚く。
テレポーターを通り抜け、降り立った学術都市メルクリウス。
その大通りには……今や数えきれないほどの人数のプレイヤーたちが埋め尽くしていた。
否……そこに集ったのは、プレイヤーたちだけではない。
人間やエルフ、ワービーストを始めとした獣人、その他多数の種族が。
中には人族と反目し合っていたはずの、鬼人や魔族の姿まで。
――あるいはこれは、今はただ共通の敵がいるが故の、奇跡のような夢物語なのかもしれない。
だがそれでも……ありとあらゆる大陸中の種族の人々が、今この時ばかりは手を取り合い、この場に募っていた。
「うわ……クリムさん何これ、すごい人数!」
「う、うむ……! ルシファーの奴が、ここに直通するテレポーターを限定的に解放してくれたからな!」
本来であれば色々と制限があるテレポーターによる移動も、今この場所に向かうのに制限はない。
そのため……現在この場には、廃人から初心者に至るまで同時に接続しているほとんど全てのプレイヤーが、あるいは大陸中のあらゆる部族のNPCの戦士たちが集まっていた。
「じゃあ、これ、大陸中から集まった人たちなんだ!?」
「そうじゃな……とても、数年前まで血みどろの内戦を繰り広げていたとは思えん、希望に満ちた光景じゃろ!?」
「うん……うん!!」
人の海に揉みくちゃにされながらも、クリムは感極まって涙ぐんでいるユーフェニアの手を引いて、突入予定地である巨大な冥界樹の根が鎮座するセントラルアカデミーの庭園に向かう。
――そうして到着した、突入部隊である大勢のプレイヤーたちが整列しているセントラルアカデミーでは。
「遅いですよ、お師匠!」
「ほらお館様、皆、待ちかねてますよ!」
「ついに決戦の日ですね……私、頑張るの!」
決戦前の空気に興奮した様子の、『ルアシェイア』の仲間である少女たちに背中を押されて、クリムとユーフェニアが最前列へと押し出される。
「クリムちゃん、皇女様、巫女さんたちのところに通信役に出ているプレイヤーの人たちと、グループチャット全員分繋がってるよ」
「よし……では、委員長。皆に、始めようと伝えるのじゃ」
「了解!」
通信役をしてくれているカスミが、クリムの言葉を受けて通信越しに指示を飛ばす。
――現実時間で、朝の9時。奇しくも『Destiny Unchain Online』内の標準時でも、朝の9時。
いよいよ、それは始まった。
『P-1、巫女アリエスお姉さん、封印起動!』
『P-2の巫女シュティーア、封印発動しました!』
『こちらP-3、巫女ジェミー及びミニー、起動!』
次々と報告の入る、巫女たちの全力を上げた封印能力発動の報。
それに合わせて――旧帝都の外縁から次々と、天に向けて巨大な光の柱が立ち登っていく。
それはやがて幾重もの光の線で結ばれて、より集まり、巨大で複雑な紋様を帝都中に描き出していく。
「凄いな……何百年も前の、しかもこれだけボロボロになった旧帝都でもなお、効果を失っていないのか」
「うむ……起動試験は事前に行ったそうだが、こうしてきちんと起動したならば、ひとまずは一安心といったところじゃな」
隣に立つフレイの感嘆の声に、クリムも眼前に展開していく光景を眺め、感心しながら頷く。
……今、巫女たちの手により次々と起動しているのは、やはりこれもルシファーからもたらされた情報の一つ――初代皇帝の時代から、『エデンの園』対策として有事の時のためにと帝都の設計段階から組み込まれていたという、対終末用封印装置だ。
数百年の時を経て、今、それが世界を守りたいという願いと希望の下に、帝都という街そのものを構成するあらゆるファクターに秘められていた回路が、旧帝都全てを覆う巨大な魔法陣となって形を成していく。
「綺麗……」
「ああ……そうじゃな」
隣で呆然と呟いたフレイヤと手を握り合い、クリムも頷く。
他の者たちもまた皆、立ち登る光の柱を、地面に描かれていく紋様を、魅入られたように見つめていた。
それは――黙って滅ぼされることをよしとしなかった、この世界の住人たちの意地、そのものだった。
「ねえ、クリムさん……魔王様」
「なんじゃ、ユーフェニア」
皆の先頭へと押し出され、冥界樹と対峙していたユーフェニアが……不意にすぐ背後に居るクリムへと振り返り、語りかける。
「あとは任せたよ。私たちの世界を…………助けて!!」
「……ああ、無論じゃ!!」
はっきりと頷くクリムに、晴れやかな表情で『神剣』を鞘から抜いたユーフェニアが、その直視できぬほど眩い光を内包した剣を目の高さに捧げ持ち、目を閉じる。
シン……と静まり返る周囲の中、ユーフェニアの深呼吸する音だけが数回響き……やがて、その『神剣』がゆっくりと、天に向けて掲げられた。
「――全力……全開……ッ!!」
彼女の戦意に呼応するように、長く、長く伸びていく光の刃。
あまりの光量に、周囲がまるで夜になったかと錯覚するほどに渦巻く光の奔流。
膨大なマナの粒子が漏れ出して天へと一斉に立ち登り、まるで満天の星空のようにキラキラと輝くその中心で……
「顕現せよ――『
――瞬間、光だけが、世界全てを埋め尽くした。
光は光に塗りつぶされ、音すらも全て消し飛んだ世界。
そんな中で……だった一つだけ、パリン、と存外軽い音だけが、やたらと鮮明に響き渡る。
「――はぁっ、はあっ……皆ぁ! 私の仕事はきちんと完遂してあげたんだから! あとはお願いねぇえええええッ!!」
『ぉおおおおおおおおおおおおおッ!!!』
全て出し尽くしたとばかりに『神剣』を杖として蹲り、息も絶え絶えながら、しかし皆を送り出さんと喉も枯れよとばかりに振り絞られたユーフェニアの咆哮と共に――数万を超える同時接続限界近い人数のプレイヤー集団が、我先にと一斉に巨大な虚影冥界樹へと飛び込んでいく。
虚影冥界樹への侵入を阻んでいた絶対の障壁は、予定通りに『神剣』の一撃により消え去った。
今は切り裂かれた根本に、内部へと続く侵入経路である巨大な裂け目が、縦一文字にぱっくりと口を開けている。
こうして――ついに旧帝都をめぐって始まったこの騒乱における、最終決戦が幕を上げたのだった――……
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