第一層:災厄の光景①



 ――入り口が開かれた、『虚影冥界樹イル・クリファード』内。


 序盤は温存組とされた『ルアシェイア』一同が、プレイヤー中ではほぼ最後尾で冥界樹へと突入して、すでに数分。


 幾度か分岐していく回廊となっている冥界樹の根の内部を歩きながら……クリムは、傍を歩くリュウノスケに、配信準備を進めて貰っていた。


「よし……配信準備オーケーだ、クリム」

「うむ、助かる。リュウノスケはこのまま、通信の維持と、他のギルドからの連絡への対応担当を頼むぞ」

「あいよ、了解」

「サラさんは、ジェードを守りながら、リュウノスケと一緒に少し離れてついてくるのじゃ」

「了解、任せて」

「サラ先輩、よろしくお願いします!」


 そう言って、姿を隠して離れていくリュウノスケと、サラとジェード。

 今回は間違いなく長丁場になるため、特にジェードには、武器の修理などで必ず世話になることも多いはずで、その身は極力安全を図りたいところだった。


 そうして大人組が少し後ろに配置したのを確認して……クリムは配信開始のボタンを押すと、すぐに視聴人数が増えたのを確認し、語りかけてみる


「どうじゃ、問題なく見えておるな?」



『大丈夫です!』

『お待ちしておりました、まおーさま!』

『そろそろ出陣ですか!?』



「うむ、我らは今は温存ということじゃが、中での戦闘にも慣れておきたいのでな。あまり返信はしないと思うが、今回はあくまで連絡用ということで勘弁じゃな」


 すでに数人がもう来訪しているチャット欄に、肯定のコメントが流れる。

 それに一つ満足気に頷くと、クリムはコメントが流れるウィンドウを、あまり視界を妨げぬように端に寄せる。


 これは、もちろんサボっている訳でも、ふざけている訳でもない。この配信もまた、冥界樹攻略のための手段の一つだ。


 この虚影冥界樹が広大なダンジョンであるために、主要なギルドが『今どこで何をしているのか』というプレイヤー間の円滑な情報共有手段として、こうして配信を回しているのだ。


 そんなクリムの周囲にも、『北の氷河』や『嵐蒼龍』、その他いくつかの主要ギルドの配信画面が浮かんでいる。


 最初の分岐で別れた各々が、自分たちのペースで進軍を開始しているのをチラっと横目で確認し……改めて、クリムも皆を伴い歩き出しつつ、『連王国』の先行部隊を指揮しているはずの、『銀の翼』のエルミルと『黒狼隊』のジェドに通信を繋げる。


「エルミル、ジェド、先行しているそちらの様子はどうじゃ?」

『ああ、魔王様……順調だよ、気分はあまりいいものじゃないがな』


 どこか気落ちした様子の声色に聞こえるエルミルからの返事に、クリムが首を傾げ、問い掛ける。


「む、エルミル、何かあったのか?」

『まあ、魔王様も少し進めば分かるさ。まあ、少し視覚的に辛いってだけだ、特に感受性の強いコイツはな』

『悪かったな……!』


 ジェドの軽口に、不満気に食って掛かるエルミル。

 しかし彼は、凄惨な、心が痛む光景を苦手としている。ならば、この先に進むのには少し心の準備をしておくべきか……そう考えた直後のことだった。


「……熱っ」

「これは……炎の熱さですね!」


 洞窟となっている根の向こうから突然吹き付けてくる熱風に、先頭を歩いていたカスミとセツナから小さな悲鳴が上がる。


 一体なにが……そう思った直後、周囲の殺風景だった風景が歪み、暗転し、別の風景へと瞬く間に入れ替わっていた。


 そこには……


「これは……酷いです」

「でも、この光景は? 今私たちがいるのは冥界樹の中なのに」


 唖然とした様子の、雛菊とリコリスの呟き。


 ざっと他のギルドの配信画面を確認したが、どこも似たようなもので……どうやら皆、同じエリアのバラバラな場所に放り出されているらしい。


 冥界樹の内部に入り込んだクリムたちの見たものは……今、まさに滅亡していく最中の都市の姿だった。



 現在のクリムたちが暮らす街をさらにSFに寄せたような、近未来都市。

 それが……今は見るも無残に崩壊して、炎に包まれている。


 大地を突き破り、地面から這い出す漆黒の根と、深い瘴気、そして異形の怪物たち。


 白亜の高層建築物。

 至る所を流れる水路。

 バランスよく配置された植物たち。


 そんな景観の美しかったであろう街並みは、しかし今はもう見る影もなく、ほとんど瓦礫の山となって血と焔によって真っ赤に染め上げられている。


 そんな中を、悲痛な声をあげて炎から逃げ惑う、住民らしき大勢の人々。


 そんな人々を追いかけるのは、奇妙な動きで走る、鎌のような四本足の下肢を持ち、歪に巨大な目や口を持つ真っ黒な人型の異形。


 あるいは、地面から次々と伸びてくる巨大な冥界樹の根が押し潰していく。方々では断続的に爆発が巻き起こり、天からは巨大な火球がまるで雨のように降り注ぎ、あちこちの大地からは瘴気が噴き出している。


 まるで文明そのものを痕跡も残さず消し去ろうとするが如き様相。


 そんな中で、悲鳴を上げながらクリムたちの方へと逃げてくる住人たち。


 思わず手を差し伸べようとするクリムたちだったが……しかし、彼らはクリムたちの存在に気付く事もなくすり抜けて、後方へと逃げ去っていく。




 これは――幻影。

 いつかどこかで起きた災厄の再現だった。


「ねえ、フレイ……これが、初代皇帝様たちが防いだ、本来行き着くはずだった『暗黒時代』の終末?』

「いや、たぶん違うよ、姉さん。あの時代はまだ人族と魔族の戦争止まりだったし、資料にあった暗黒時代以前とは建築様式が違う。おそらくは、『前の周回』の冥界樹の顕現時に起きた災厄の再現だろう」


 そして……クリムたちがこの決戦に負ければ、きっとクリムたちの預かり知らぬところでなるのだと、冥界樹はわざわざご丁寧にも見せつけているのだ。



 ――そんなことは、絶対にさせない。



 クリムも、おそらくは他の皆も同じ想いで前を見据え、災厄只中の街へ踏み込む。


「さて……我らは今は温存とのことじゃが、内部での戦闘には慣れておきたい。皆、無理はしない範囲で進むとしよう」

「うん、クリムちゃ……あれ?」


 逃げ惑う、人々の過去の虚像。

 そんな人々を追いかけ回していた敵の一体が、不意に足を止めてクリムたちへと向き直り、こちらをじっと見つめていた。



「――全員、戦闘態勢! こやつら、エネミーは本物じゃ!!」



 そうクリムが号令を発するが早いか、人型の異形が壊れた人形のような動きで身を屈め――次の瞬間、その鎌のような四本脚で地面を蹴って飛び掛かってきた。


 いつのまにか、大きな鎌のように弧を描いていた異形の腕が、まるで鎖鎌のように伸びてクリムに迫る、が。


「その程度!」

「させないよ!」


 クリムが咄嗟に生成した大剣が、隣から飛び込んで来たフレイヤの持つ光剣『太陽の理剣』が、振り回されているその鎌を叩き落とす。


「む……!」

「結構重い……!」


 さすが最終決戦だけあり、ビリビリと手に残る痺れ。


 微かに顔を顰める二人の前に、大地から滲み出てくるように、新手のエネミー……同じ異形の怪物数体と、もう一種、見上げるほど巨大な、人面と獣の毛皮を備えたおぞましい『芋虫のような何か』が立ち塞がる。


「うぇ、キモい……」

「た、頼むからこんな時に気絶するでないぞフレイヤ?」


 苦手な見た目のエネミーが出現したことに青ざめているフレイヤに気遣いつつ、クリムが改めて武器を構え直す。

 皆もその周囲に並び、それぞれ油断せずに、いまだ増えていく敵の動きを伺っている。


 四つ足を持つ人型の異形が『ブラックライダー』。

 芋虫のような魔物が『災厄の獣ビースト オブ カラミティ


 無数に湧いて出てくる前者はともかく……一匹だけ対峙している後者の魔物は明らかに、名称からして何かヤバい攻撃手段を持っていそうな雰囲気がプンプンしていた。


 ――どうやら、序盤は温存される側の予定であるクリムたちも、あまり楽はさせてもらえないらしい。


「なるほど、中々に厄介そうな相手じゃな……皆、奴らは数が多い、中央の『災厄の獣』に警戒しつつ、決して油断するなよ!」

『応!』


 クリムの号令に皆が一斉に各々のポジションへと散開し、それと同時に踏み込んだクリムの放った一閃が、歪な口でケタケタと耳障りな嗤い声を上げていた最初の一体を両断したのだった――……

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