セイファート城の錬金工房⑥


 突然セイファート城に鳴り響く爆発音に、騒然となる中で……真っ先に現場に駆けつけたクリムとセレナが、その爆心地である部屋の扉を蹴り破る勢いで飛び込んだ。


「先生、大丈夫ですか!?」

「ジェード、敵襲か!?」


 慌ててジェードの錬金工房へと踏み込んだクリムとセレナ、二人がそこで見たものは……



 部屋の中で嵐でも起きたかのようにぶちまけられた、中にあった備品たち。


 焼け焦げ、煤まみれの天井や壁。


 そして――中身をぶちまけて転がる錬金窯と、その傍らで目を回している青髪のワービースト。



「これは、もしや……」

「調合の失敗……ですか?」


 その光景に――どうやらジェードが調合中だった錬金窯の中身が爆発したのだと察したクリムとセレナが、顔を見合わせて深々と溜息を吐くのだった。





 ◇


 ――そうして、めちゃくちゃになった錬金工房から退避して、今はセイファート城一階の食堂内。



「いやあ、寝ぼけて混ぜちゃいけないものを混ぜちゃってねぇ」

「ちゃんと寝ないと危ないですよ先生……」

「まあまあ、『たる』と『うに』と爆発は錬金術のアトリエの三種の神器だし」

「たまに先生わけわかんないこと言いますよね、なんの話ですか……」

「嫌な三種の神器もあったものじゃのぅ……」


 あっけらかんと笑うジェードに、セレナとクリムが揃って、ジト目でツッコミを入れる。


 そんな彼女はというと……ずっと寝食を忘れていたために耐え難いレベルになっていた空腹を紛らわせるためとかで、アドニスに残り物で作ってもらったベーコンの切れ端とレタスのサンドイッチを摘んでいる。



 ちなみに……爆発で吹き飛んだ錬金工房は現在、家屋の手入れ用ミニゴーレムをフル稼働して修理中。一時間もあれば直るみたいなので、そこは一安心といったところか。


「……一度、ちゃんとログアウトしてリアルでも食ってくるのじゃぞ?」

「わかってるってば。私、これでも医療関係者よ?」

「医者の不養生という言葉もあるからのぅ。というかいくら連休中とはいえ徹夜はあかんじゃろ」


 呆れながらも嗜めるクリムだったが、しかし。


「クリムちゃん、人のこといえるのかな? 集めてもらった素材、私は今日いっぱいはかかると思ったんだけどなー?」

「ぐっ……わ、我はちゃんと寝たし……」

「寝落ちした、の間違いじゃなあい?」


 ぐうの音も出ず、クリムが黙り込む。

 今朝、母の天理にもやんわり説教されたばかりなため、クリム自身反省しなければと思っているので責められると弱いのだ。


 ……と、これ以上は形勢不利と判断したクリムは、一つ咳払いして話題を切り替える。


「さて……頼まれたエリクシールの素材は集まったが、一度寝てからの方が良いかの?」

「いえ、やってしまいましょう。幸いさっきの爆発で目も覚めたしね」


 そう言ってサンドイッチの最後のひとかけを口に放り込み、ジェードが席を立つ。

 ちょうどそのタイミングで、錬金工房を修理中だった補修用ミニゴーレムが作業を終えたことを知らせるアラームも鳴った。


「セレナ、せっかくの機会だし、あなたも手伝って」

「わ、私ですか!?」

「ええ、それにカルム君も呼んできて見学させなさい。せっかくの『賢者の石』や『フラスコの中の小人』に匹敵する錬金術の到達目標の一つ、間近で見ていないと勿体ないでしょう?」

「わ、わかりました、急いで呼んできます!」


 嬉しそうに食堂から出て行くセレナを優しい目で見送った後、ジェードも席を立つ。


「それじゃあ……クリムちゃん、また後でね」

「うむ、あとは任せたぞ」


 そう言って集めた材料全てを彼女に託し、クリムは最後の調合へ向かうジェードの背中を見送るのだった。




 ◇


 ――そうして、一刻後。


「ふむ……これが」


 クリムは、手にした小瓶――澄んだ青色をしている中身を湛えた小瓶をライトに透かしながら、はー、と感嘆の息を吐く。


「約束通り完成したエリクシール、合計十本よ。クリムちゃん、使い道はあなたに任せるわ」


 そう、ケースに並べられた青い小瓶を前に、ドヤッと胸を張って見せるジェード。その成果である最上位回復薬に『調べる』を使用してみると……



 ———————————


【エリクシール】


 死者をも蘇らせると噂される、錬金術の粋を集め生成された伝説の秘薬。なお未だ研究途上の未完成品であり、死者を蘇らせる、不老不死を与える等の効果は無い。


 開封すると中の薬剤が周囲に拡散し、効果範囲の者にHP・MP全回復、戦闘不能回復、状態異常治癒、身体能力増強などの効果を与える。


 一方でその効果が強力すぎるため、一度使用すると180分の間、状態異常『回復剤中毒』のバッドステータスを受け、あらゆる薬品を使用した際に受ける効果が大幅に減少する。この状態異常に関しては時間経過以外の方法で治癒する事はない。


 ———————————



「……たしかに、半端ない性能だな、これは」


 基本的に、この『Destiny Unchain Online』の薬品というのはDOT回復だ。一部瞬間回復アイテムも存在はするがその効力は大概がお察し程度のもの。


 そんな中での、瞬時に広範囲を全回復だ。その性能は図抜けている。


 もちろん、ゾンビ作戦封じだろう重たいデメリットも存在したが……これが手元に一本あるだけで、例えばランキングマッチでは戦術がガラッと一変すること請け合いだ。



 ――伝説の霊薬、その看板に偽り無しか。



 そう、改めて感嘆の息を吐くクリムだった。


「まあ、本来なら大陸の覇者特典みたいなものだもんね」

「じゃなぁ……」


 全部の材料を揃えるためには、大陸全土を回らなければならない。

 今の第一サーバーは大陸全土のプレイヤーが協力しあえる和平状態だから、こうして全て集め切ることができたが……抗争中であれば、まず材料を揃えるのは不可能だったろう。



 謂わばこれは――大陸全土の結束の証。



 言われてみれば確かに、これはそんな奇跡の薬なのだと思うと、その使い道は適当には決められない。



「ひとまず……二本は女王フローライトへの謝礼じゃな」


 これは、初めから決めていた事だ。

 希少な薬草を譲ってもらい、錬金術の助手まであてがってくれた一方で、彼らはその分自分たちの回復薬調達量が減っているのだから。


 これに関しては特に誰からも異論は出ず、決定とする。


「残る八本……うち半数の四本は、主力であるユニオンの長、ソールレオンとシャオ、セオドライト、それと帝都解放委員会の『おひいさま』に献上しようと思うが、良いか?」



 確かに強力な『エリクシール』ではあるが、そのデメリットがあるために、皆を集め一点集中で使用するのには、あまり向かない。


 一斉に効果を受けた場合、皆が回復剤中毒となってしまえばその後三時間に渡って回復薬がまともに使えないという、機能不全を起こす可能性があるからだ。


 これを使用する場合……中毒を受けていない者たちでカバーに入る必要性も戦術に組み込まなければならない。分散させて所持するのも大事になるだろう。


 ――あとは、まあ。希少なアイテムを使用できない、いわゆる『エリクサー症候群』になって抱え落ちにならない事を祈るばかりだ。


 というわけで、こちらも問題なく採決。


「一本は……やはり、旧帝都勢力の旗頭であるユーフェニアが持つべきじゃな。これは後で我が届けよう」


 ユーフェニアと巫女たちは、虚影冥界樹外縁にて援護する手筈となっている。彼女たちに万が一がある可能性を考えると、やはり一本は持たせておくべきだろう。


 これで、行方が決まったエリクシールは七本。残りの三本はやはり、『ルアシェイア』で使用するべきだろうとクリムは頷いて、配分を決定する。


「では、残る三本のうち一本は我が、残る二本は……ジェード、製作者であるお主に委ねる」

「ん、了解。必要だと思ったら勝手に使ったり渡したりするよ?」

「うむ、判断は任せる」


 ジェードは後方支援と補給や修繕に徹する非戦闘員枠だ、クリムたちよりも、広く周囲を見て判断できるだろう。


 何より……その特性を誰よりも熟知しているのは製作者である彼女のはずだ、問題ない。





 こうして各所へ配分するエリクシールの行方が決まり、それぞれの元へと届けられる事になったのだった。


 決戦の日は――とうとう明後日という目前にまで迫っていた。

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