セイファート城の錬金工房⑤
「むぅ……」
「どうしたクリム、狐に摘まれたような顔して」
「……我、シャオが呼んでくれた巨大隼に乗った後の記憶が無いのじゃが、いつのまに山頂に?」
「……お前、そんな前から意識失ってたのか」
腑に落ちないとしきりに首を傾げているクリムに、フレイが呆れたように呟く。
――全員揃って寝坊した結果、やや遅くなった朝食を済ませ……クリムとフレイは、さっそく集めた素材をジェードの元へ持参するべく『Destiny Unchain Online』へとログインしていた。
幸いにも、昨夜のフレイの調査通り火口周辺には特に危険もなく……クリムはいそいそと煙を回収すべく気体をキャプチャするための容器を取り出して、しかしすでに満タンになっているその容器に釈然としない様子で呟いたのが、先ほどの言葉である。
「まあいいじゃないか。それより、早くセイファート城に戻ろう」
「そうじゃな、早くジェードに材料をとどけね……ばぁ!?」
本当に……本当に珍しいことなのだが、クリムが足下の岩に躓いて、ずるべたんと顔から転倒した。
がばっと起き上がったクリムは、赤くなった額をおさえながら、我が身に起きている異常をようやく認識し、わなわなと震える。
「な……なんじゃこりゃ、アバターが思うように動かぬ!?」
「あー……クリム、ちょっとデバフ欄開いてみろ」
「なんじゃと、デバフが何だと……む?」
何故か納得した様子のフレイの指示通り、ステータスウインドウを開いて受けている効果一覧を開いてみると……そこには一つだけ、見慣れないアイコンが点滅していた。
———————————
【状態異常『過労』】
何らかの理由により限界以上の体の酷使を一定時間以上行うと発生する。
身体能力の大幅な低下、および小確率であらゆる行動の際にスタン効果が発生する。
———————————
「何じゃこれ、初めて見る状態異常なんじゃが?」
改めて自覚すると、妙に体が重い。高重力下に晒された際に付与される『重圧』を受けている時みたいな動きにくさであり、クリムはげんなりとした表情を見せる、が。
「……ま、今後は眠いままで無理なプレイはしないことだな」
「???」
訳知り顔のフレイの言葉に、クリムはただ、頭に疑問符を浮かべ首を傾げるのだった。
◇
――と、そんなトラブルもありつつ、セイファート城へと帰って来たクリムとフレイだったが。
「……随分と、静かになったのう」
すっかり目に見える範囲に居る人が減ったことに、クリムが首を傾げる。
そんなクリムに、ギルドの連絡用掲示板を開いて更新をチェックしていたフレイが回答をくれた。
「ああ、だいたい物資も揃ったみたいだからな。NPCの兵たちと帝都解放委員会の輸送隊、それにその護衛が、もう出立したんだろう」
「む……そうか、もうそんな時分か」
「リコリスちゃんが今、屋外練兵場で僕らが持ち込む物資の最終チェックをしてくれてるらしいから、僕もそっちを手伝いに行って来ていいか?」
「うむ、了解した、我はジェードのところへ行ってくる。また後でな」
そうしてここまで付き合ってくれたフレイと別れ、セイファート城に向かうクリム。
なんとなく食堂へ寄り道し、アドニスやお手伝いのご婦人方に混じって朝食の片付けと昼の支度に奔走しているルージュの頑張っている姿を眺め、妹分を摂取して頬を緩めた後、そこから回って工房へ向かっていると……一階廊下を歩くその背中へ、不意に声が掛けられた。
「あの、盟主様、おはようございます!」
「おおセレナか。用立てた部屋に不満はないか、昨夜はきちんと寝られたか?」
「不満なんて……ベッドもふかふかで、私も弟もぐっすりでした」
慣れない環境に晒されている彼女を気遣うように語りかけるクリムに、そう、嬉しげに答えるセレナ。
見れば、特に疲労が残ったりもしていないようで、クリムもホッと一息吐く。
「ならば良い、お主は女王から預かった大切な客人じゃからな。ところでジェードはどうしておる?」
「先生ですか? 昨夜は、私が寝る頃もずっと作業していましたけど……」
「む……全く、連休とはいえもう少し己が身を労ってもらわねばな、あやつ、我らがギルドでは替えの効かない人材という自覚が足りん気がするぞ」
「……なんでしょう。なんだか無性に、盟主様が言うなと言いたくて仕方ない気がするのですが」
そんな、和やかな会話をしていた、ちょうどその時だった。
――どぉぉおん!!
「きゃあ!?」
「な、なんじゃ!?」
ビリビリと建物を伝う振動とともに聞こえてきた、太鼓を思い切り叩いたような大きな音――爆発音。
その、聞こえてきた方角は、セイファート城正面入り口脇――錬金工房。
「……ジェード!」
「……ジェード先生!?」
揃ってその可能性に思い至ったクリムとセレナは、爆発音がした方向へと、慌てて駆け出したのだった。
【後書き】
アトリエといえば爆発(偏見
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