妹分


 ――結局、クリムは頑怒龍破がんどろわを山頂から引き摺り落としたあと、そのまま寝落ち判定により『Line Disconnection』の表示と共に強制ログアウトしてしまった。


 頑怒龍破はわざわざ戻ってリベンジするつもりはないらしく、さっさとどこかへ歩いて行ってしまった。


 それ以外に特に危険も無さそうなのを確認したフレイとシャオは――目的の、火口から立ち登る煙を回収し、今日はその場で解散となった。


「僕はまだやることがありますので、これで失礼しますね」


 そう言って立ち去ったシャオに――あいつマジでいつ寝てるんだと、一つ年下の少年の私生活を本格的に心配しながら、フレイも山頂でログアウトしたのだった。






 ◇


 今時珍しい、紙の本が大量に並べられた、部屋の一面を占める本棚の列。

 別の一角を占有する、筋トレ用品やエアロバイクなどのトレーニング用品。


 それ以外にはベッドと机、そしてクローゼットくらいと、あまり物が存在しない殺風景な自室に戻ってきたのを確認して……『Destiny Unchain Online』から帰還した昴は気掛かりなことを一つ思い出して、ため息を吐く。


「さて……あいつ、また腹出して寝てて風邪引いたとかないだろうな」


 カーテンをめくり、まだ真っ暗な外を眺めると、窓から見える隣家……満月邸の、うっすら灯りがついている紅の部屋を見て、むくむくと膨れ上がっていく不安。


 グランドクエスト直前のこの時期に、実質的な総大将も同然である紅に体調を崩されても困るが……しかし、いくら家族同然の付き合いとはいえ、もうじき東の空も明るくなり始めるこの時間に訪問するのはと、しばし逡巡したのち……


「……ま、仕方ないか。『ホームキーパー』、紅のやつの部屋に行くから、アポイント頼む」


 指示を受けて、家の管理システムが指示通り満月邸のシステムと交信を開始し……昴がパジャマがわりのジャージの上にコートを着込んだ頃、問題なく許可が降りたことを報告してくる。


「……この際、異性扱いされていないことを悲しめばいいのか、信用されていることを喜ぶべきか、それとも紅の奴の無防備を嘆くのが正しいのか悩むな」


 普通ならば非常識な時間の来訪だ。


 しかし特に帝都攻略も佳境に入ったあたりからは、紅と昴は割とそんな時間でも、ギルド運営で何かあった際にはお互いの自宅を行き来するのが当たり前になっており……改めて認識するその関係の異常さに、ただただ苦笑しながら家を後にして、暗い道を横切り隣の満月邸に向かう。



 そうして、許可の降りている昴を満月邸は遮ることなく受け入れて、難なく紅の部屋へと案内された。


 一応、女の子の部屋だしノックはするべきかと、軽くコンコンと手の甲で叩く。


「――おう、昴君か、構わぬ入ってまいれ」


 紅の部屋の中から聞こえてきた予想もしなかった声に、返事を期待していなかった昴がギョッとしつつ……いまさら立ち去るのも変だと思い、そっと紅の部屋の扉を開ける。


 そこには……こちらの葛藤などまるで知らない様子で安らかな顔でベッドに眠る紅に、布団を掛け直してやっている天理の姿があった。


「……あれ、天理さん?」

「うむ。心配して見に来てくれたのじゃろう、すまん、うちの紅が手間をかけたな」


 そう、布団をきちんと掛け直してやった後、肩をすくめて苦笑する天理。


「おおかた、無茶な強行軍で寝落ちしたのじゃろ。全く、そういうのは風邪を引くからやめいというのに」

「はは……おっしゃる通りです」


 見事に図星を突いた発言に、昴も一緒に苦笑する。

 そんな昴に、天理は少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべ、傍にあった椅子へと腰掛けながら見つめてくる。


「で、昴君は、うちの娘を少しは異性として意識したりはせんのか、ん?」

「はは……」


 面白がって尋ねてくる天理に、昴は困ったように曖昧に笑う。


 たしかに、たまに目に入る白い素肌などを目にしたりと、ふとした拍子にドキッとしたことは、もちろんある。


 だが、それはあくまで健全な男子高校生の性みたいな範疇のもの。


 特に、紅の場合は外見はちょっと目にかかれないほどの、神秘的な容姿をした美少女だ、無反応で居ろという方が難しい。


 では――昴の中に、紅とそこから発展した関係になりたいという欲求があるか、というと……


「……無理ですね。距離感が近すぎて、やっぱり僕には紅のことは妹にしか思えないみたいです」

「ま、仕方ないかのう。お主には、我らの代わりにずっと側で支えてもらっておったからな」

「ええ。ですからこの件は、僕にとっては弟分が妹分になった以上の意味は無いですね」


 そう断言する昴。そのまま、天理と二人揃って苦笑する。


「さて……天理さんがいるなら僕の出番はありませんでしたね。それじゃあ、夜分遅くに失礼しました」

「うむ、隣とはいえ、気をつけて帰るのじゃぞ」


 そう挨拶を交わして、昴が紅の部屋から立ち去ろうとした時……


「お主と、お主の姉には、重ね重ね感謝する。この一年、紅と変わらず接してくれて、本当にありがとう」


 そう膝に手をついて深く頭を下げる天理に……昴も「どういたしまして」と笑顔で告げて、満月邸を後にしたのだった――……





【後書き】

そういえば前回で500話目だったみたいですね、いただいたコメントで気付きました! ありがとうございます!!

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