不死の山②

 ――登山開始から、およそ一時間が経過した。


 クリムの眠気はもう限界――そう判断した一行は、夜も遅いということで、最短時間でこの『変若水をちみづ山』頂上まで登って来ていた。


 ここまで歩いて登頂した……わけではなく、途中でシャオが「変わらない風景を見ながら黙々と歩くのも飽きました」と呼んでくれた巨大隼ファルコンの背に乗って八合目あたりまでショートカットしたのだが、それはそれ。


 それ以上高くにはなぜか飛ぼうとしない隼たちに別れを告げて、そうして残りの距離を足を使って登ってきた、常に暗雲に包まれている山頂では。




「……火口、無くないか?」

「おかしいですね……」


 眼前の光景を目にして思わずつぶやいたフレイの言葉に、シャオも首を傾げる。


 この『変若水山』は、現実世界の日本で最も有名な冨士山型の山だ。


 だがそこには……噴火口も無ければ、立ち登る煙も見当たらない。


 ただそこにあったのは――ところどころから火を吹く、真っ黒でゴツゴツした、見上げるほど巨大な岩塊だけだった。


「これは……なるほど、どうやら何か巨大な魔物が、火口を塞いでいるみたいですね」

「ああ、なるほど。一体なんだろうな、これだけのサイズの魔物って」

「さあ……まさかゲーム内で、何日もこの場所に居座っているとも思えませんが」


 そんなことを姿を隠し声を顰めて話しながら、二人は『鑑定』を火口を塞いでいる魔物に掛けて、調べてみる。



 ———————————


頑怒龍破がんどろわ

 

 世界三大災厄獣の一体『灼熱の災塵亀インフェルノ=ディザスター』。

 不死の霊薬を定期的に浴びていたことにより、本来の寿命をはるかに凌駕する年数を生きたことで異常な成長を遂げた、世界の海を徘徊するファイアタートルの変異種。


 巨大に成長したその体内には活火山に匹敵する熱量を蓄えており、全身から炎を噴出し、傷ついた箇所から内部の熱量を放出し外敵を焼き尽くす、歩く災厄となっている。



 強さ:災厄指定、撤退を推奨


 ———————————



「「――不良の落書きか!!?」」


 フレイとシャオが、表示された名前を見て揃って思わずツッコミを入れる。


 そんな二人の叫び声を聞きつけたのだろう……世界一物騒な岩盤浴を楽しんでいた頑怒龍破が、引っ込めていたその長い亀の頭を引っ張り出して、不快そうな様子で不躾な乱入者の方へと首を巡らせた。


「あ、まず……」

「いけません、逃げ……」


 そう言って踵を返そうとしたフレイとシャオだったが、それよりも早く、頑怒龍破の顎門が開かれた。



 二人の横の地面を掠めて消えていく、不可視の力場――超重力砲グラヴィティブラスト


 ただ「何かが横を通過した」ということだけは理解できた二人が、ギギギ、と錆びついた蝶番みたいな動きで振り返った先では――衝撃により吹き散らされた雲の向こう、死の大地である麓の地表が、こんな山頂からでも視認できる規模の黒い閃光のドームに飲み込まれていた。



 ――いや、無理ゲーだろこれ。



 はるか下方の大地で起きた光景に冷や汗をかきながら、フレイとシャオが今度こそ踵を返す。


「……おいクリム、敵だ!」


 咄嗟に、フレイが妙におとなしくしている、横にいたはずのクリムを振り返り警告を飛ばす……が。


「………………すぴぃ」

「ダメだコイツしばらく静かにしてたと思ったら寝てやがる!」


 こんな時だというのに、そこに居たのは天使のような寝顔で立ったまま目を閉じているクリム。

 こんな場所で寝落ちによる強制ログアウトなどと、慌ててその身体を抱き上げて退去しようと動き出すフレイだったが、その時。


「いえ……待ってください!」


 シャオの制止する声に、思わずフレイがその手を止める。


 瞼もほとんど落ち、意識もほぼ夢の中に居るようにしか見えないクリムだったが……フレイの手が触れる直前に、そんなクリムがゆらりと緩慢な動きで漆黒の鎌を生成しながら構えを取りはじめた。


 そして……その腕が、フレイはおろか、魔王覚醒したはずのシャオにすら視認できない速度で振るわれた。



 ――ドン、と莫大な奔流となった赤い閃光……クリムの『魔力撃』が頑怒龍破の外殻の一部を吹き飛ばしたのは、次の瞬間だった。



 抉り取られた頑怒龍破の外殻の損傷から、激しく噴き出す熱気。


 軽いスリップダメージが発生するほどに、一気に周辺の気温が上がった中で……その熱気を、纏った紅い闘気で遮断しながら、巨大な大鎌をだらりと手にしたクリムがゆらゆらと体を揺らして残心の体勢から起き上がる。


 そんなクリムに……己に痛手を与えた小さな生物に苛立ったように顔を向け、口内に先程の重力波を蓄え始めた頑怒龍破。


 だがその瞬間――ズン、という地響きと爆風のような衝撃だけ残し、フレイの隣にいたはずのクリムが、忽然と姿を消していた。



 ――カァァアァア……ンッ!!



 朗々と響き渡る、鉄塊を力強くぶっ叩いたような甲高い衝撃音。


 空に浮かぶ黒い雲を吹き飛ばし、その上にあった青空を露わにする、


 どうやら――『縮地』で頑怒龍破の顔まで跳んだらしいクリムが、その頭をのだと、しばらく理解するのに時間を擁しながらもフレイは察した。


「……なあシャオ、お前、あれをどう見る?」

「そうですね……もしかしてあの人、意識は落ちたまま、闘争本能だけで戦ってませんかね……リミッターが全部綺麗に吹っ飛んだ状態で」


 これはおそらく、寝落ちから意識不明の判定を受けて強制ログアウトされるまでのタイムラグの間だけの、ごく僅かな状態のバグのようなもの。


 だがよく見ると、今のクリムは自発的に行動しているとは言い難い。


 おそらくは「敵対意思に反応して迎撃する」というただ一点にだけ全部の意思リソースを注ぎ込んだ、限定条件の上に立つ本当に本当の潜在能力完全解放。


 それが……おそらくは眼前で繰り広げられている光景。偶然に偶然が重なって露わになった『クリム=ルアシェイア』という存在の全力全開だ。


「今度から、あいつには『ちゃんと寝ろ』って口を酸っぱくして言っとくか……」

「是非、お願いします……」


 そう唖然とした表情で語り合う二人の眼前で――小さな妨害者を直接喰らってやろうと、食らいつこうとした頑怒龍破が、しかし横っ面にクリムの蹴りを受けて冗談のようにバランスを崩してよろめき、山頂から転げ落ちていくところだった――……







【後書き】

 補足として、この戦闘において頑怒龍破のHPは一ミリたりとも削れてはいません。あくまでも体勢崩して不安定な足場から叩き落としただけです。でも、もう戻って来れないねぇ。

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