セイファート城の錬金工房④




「全く、アポイントも無しにいきなり来て『お主らの街にあるレイラインポイントで採取させてくれ』ですからね、正気を失ったのかと本当に心配しましたよ?」

「うむ、すまぬな。なんせ、この素材集めを始めたのがまだ数時間前じゃったからな、返信を待つ時間が無かったのじゃ」

「はあ、まあ、言われて初めて着信に気付いた僕も悪かったですけど……それに、こちらでも魅力的な取引でしたしね」


 そう、皮肉げながらも微妙にホクホク顔なセオドライトに先導されて、クリムとフレイヤは、長く続く螺旋階段を降っていた。



 ……今回聖都オラトリア大聖堂地下に入れてもらうにあたり、クリムたちが見返りとして提出したのは――ジェードが渡すように言って寄越した『エリクシール』のレシピ。


 レシピ発見者がジェードであるとを明言すること。


 販路に関し、単一ギルドで悪質な独占はしないこと。


 この二つの条件でレシピを共有するのと引き換えに、クリム、もしくはジェードが大聖堂地下にて採取する権利を譲渡してもらったのだった。




 ――この聖都オラトリアに出発する前、ジェードの錬金工房にて。


「良いのか、これはお主が苦労して発見したレシピなのじゃろう?」


 次の目的地を告げられた際に一緒に言われた、セオドライトとの交渉に使うカードについて……クリムは、流石に『本当にいいのか』と、何度目かになる問いを投げかけていた。


 様々な文献を漁り、一から構築したレシピだ、その苦労はクリムたちの想像もつかないものだろう。


 それを取引材料とする事に、躊躇うクリムだったが……しかし。


「いいのいいの、今はそれよりも目前に迫った問題優先でしょ。あ、もちろんギルドで専売したいなら秘密にしとくけどね」


 そう発見者が言うのだから、クリムとしてもレシピを渡すことに異論は無い。




 こうして……クリムたちは、本来であれば他のユニオンなど入れぬであろう聖都の最奥、地下レイラインポイントへと招かれたのだった。




 ◇


 そうして、深くまで続く石畳の螺旋階段を降り切った先で……目の前が突然拓けた。


「さて……到着しましたよ。ただ、分かっていると思いますが許可を出すのは貴女だけですからね」

「うむ、すまんなセオドライト、無理を言って」

「いいえ、僕たちとしても、あのレシピにはそれだけの価値は有ると理解していますから」


 そう言って、入り口に止まりクリムたちを中に送り出すセオドライトの横を抜けて、大空洞へと踏み込む。


「む……」


 だが……その大空洞に一歩踏み込んだ途端に、クリムは微かにうめき声を上げる。


「……大丈夫?」

「……うむ、少しきついがなんとか。やはり『聖地』とかそう言う類は厄介じゃな」


 手足に断続的に走る痺れ、そして不気味に赤点滅と振動を繰り返しながら僅かずつ減じていくHPゲージに、うっすら汗を額に浮かべながらも頷くクリム。

 今も属性耐性を限界まで上乗せしてこれなのだから、あまり頻繁に採取にはこれんなぁ……と、こっそり溜息を吐く。


 だが、まあ、それは最初から分かっていたことだ。


「それにしても……」


 物珍しそうに周囲を眺めながら、クリムが呟く。


「ここが……我らセイファート城の物と、そっくりじゃなあ」


 見渡すと、そこに広がっているのは、こんこんと湧き出る清水を湛えた鍾乳湖と、その地底からぼんやりと輝く地脈の蒼い光。


 それは、微かに漏れ出るマナの色が違うだけで、ほぼクリムがよく知るセイファート城地下のレイラインポイントにそっくりだった。


 そんな光景に、初めて目にするフレイヤは、クリム以上に魅入っていた。


「うわぁ、綺麗……」

「そういえば、フレイヤもセイファート城地下へは入れなんだな」

「そうなのよねー、私、料理と園芸だから」


 どちらも、現実世界での聖の趣味だ。


 しかし今のセイファート城はアドニスとエルヒムだけでなく、ドッペルゲンガーズの少女たちも食堂や庭園の管理に活躍しているため……『私も採取に取り直そうかなぁ』と日々愚痴っているフレイヤなのだった。


「……っとと。それより、早く必要なものを集めよう?」

「む、そうじゃな。耐性が吹き飛んだら我は死ねにかねんもんな」


 そう言って、クリムは水辺に生えている白い植物に近寄り、鑑定を仕掛ける。


「……うむ、たしかに『聖者のハーブ』じゃな、必要な枚数回収していくとしよう」


 一度訪れた際に採取できる『聖者のハーブ』の葉は何枚までというのは、厳密にセオドライトと約束してある。

 それを違える事のないように、クリムは手早く、その金色の花粉を浮かせた白い葉を回収していくのだった。


「うむ……これでよし、ジェードの要求数には十分じゃろう」

「うん、それじゃあ、次に取りに行く材料は?」

「ああ、まあ、この場所に入ってくるよりはずっと楽じゃな」


 興味津々に聞いてくるフレイヤに、そう前置きしたクリムは……


「この大陸最北端の山脈に暮らしとるという真竜ウィルム族、その身から生成されるという『竜の輝石』じゃな」


 ……そう、次の目途地を告げたのだった。

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