真なる竜①


 ――甘く見ていた。


 それが、真竜ウィルムと初めて相対したクリムが、真っ先に思ったことだった。




 ◇


「ええぃ、なんじゃあのバケモン!?」

「ははは凄いだろう、ほら君たち必死に走れ、当たれば死ぬぞ!」

「なにゆえ毎度毎度こういう状況で楽しそうなのお主ィ!?」

「もーやだー!!」


 ノール・グラシェ北方帝国首都、新都のバルディス北部の山岳地帯、その中腹。


 ここは――普段は人の寄り付く事の無い、住民たちからの通称『竜の墓標』と呼ばれる険しい連峰の中の一つ。


 普段は静寂に包まれたその、真なる竜の巣である死の山に……この日は、三人の男女の悲鳴(うち一人は楽しそうであるが)が響き渡っていた。


 そして――その背後から迫る、一匹の、この地を住処とする強大な支配者の影。



 邪竜ファーヴニルとも、また違う。


 以前精霊郷で戦った飛竜などは、と比べたら、ただの空が飛べるだけのトカゲだったと思えた。



 初めて相対するその存在――真竜ウィルムは今、低空でエネルギーフィールドを纏う翼を展開しホバリングしながら、輝くエネルギーが漏れ出る鼻先をクリムたちの方へ向けて、追いかけてきていた。



 各所にレンズ状の魔導砲塔が埋め込まれた、頑強極まりない、数十メートルはあろうかと言う鋼の身体。


 一振りするたびに破壊的な熱量を秘めた粒子を撒き散らす、エネルギーの奔流でできた翼膜を張り巡らせた翼。



 その竜――『真竜ヴェルザンディ』の背中でバチバチと雷光を纏いながら回転している金色のリング。


 明らかに生物のものではなく機械の……それも戦闘ロボット的なそのパーツが、次第に危険そうな眩い光を帯びて、今は巨大な光輪となって周囲の夜を昼間へと塗り替えていた。


「……っの、みすみす撃たせる前に!」


 クリムが手にした大鎌に赤いオーラを纏わせて、走って来た勢いをそのまま遠心力へと変じて振りかぶる。


 そのまま凄まじい勢いで振り切った刃から放たれた閃光が、狙い違わずヴェルザンディの首へと迫り……しかし、人間ならばフル装備でも容易く輪切りにするその『魔力撃』が、ヴェルザンディの首周りに展開した六角形の光る板を組み合わせた障壁に阻まれて、虚しく四散した。


「――あんなんどこがファンタジーなのじゃ、明らかにSFジャンルのバケモノじゃねーか!?」


 そんな光景を前にして、即座に反転し必死に雪山を逃げ回るクリムが、半ばヤケクソ気味に吠える。


「あんなの私の知ってるドラゴンさんと違うー!!」

「言っておくが、この世界の真竜はだいたいあんな感じだぞ! 私としてはむしろ実家に戻ったような安心感だけどな!!」

「何の話じゃぁあああ!?」


 何やらとても楽しそうなソールレオンに怒鳴りながら、クリムとフレイヤはとにかく必死に距離をあける。


 ちなみに、接近して懐に飛び込むのも考えたが……その真竜の足元の雪が、排熱により一瞬で蒸発し、今は真っ赤に赤熱化しているのを見て諦めた。


「来るぞ、姿勢を低くして、命中しないように幸運を天に祈りながら転がれ!」

「ひぇえええ!?」



 ソールレオンの指示にフレイヤが悲鳴を上げつつ、彼の指示通り、三人そろって深い雪の中へと飛び込むように身を投げる。


 直後――破滅的なエネルギーの奔流が走り、その進路全てのものを火柱へと変えた。



 衝撃と熱風……だけではない。ドドド、と足元から響いてくる振動が迫ってくる。


 不吉な予感に、クリムが顔を上げて、山の上の方を見ると――


「雪崩が発生するところまで完全再現とか開発マジあほじゃろおおおおぉ……ッ!!」


 そんなクリムの恨み言を雪山に残し……三人は、激しく地響きを上げて迫り来る雪の崩落とともに、戦場から姿を消したのだった――……

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