希望


 ――聖都オラトリア。


 大陸中の信仰が集まる、聖なる街。

 その街へと向かう道中で、いつぞやの光属性耐性装備を再び纏いこの街を訪れたクリムは……


「あ゛ー……」


 ……全身を責め苛む信仰によるダメージによって、分かりやすく死にかけていたのだった。




「えっと……クリムちゃん、ゾンビみたいな声が出てるけど大丈夫?」

「大……丈夫」


 心配そうな少女の声……やはり一人は心配だとついてきたフレイヤの声に、クリムがひどく掠れた声で返事を返す。


「ならいいけど……やっぱり、誰か他の人に頼むべきだったんじゃ……」

「そうなんだけどね……あいにく、タイミングが悪くて手が空いてる人が居なかったから」


 そう言いながら、門を潜る。


 しかし街に入った途端に、さらに増した信仰パワー。どんどん目から光を消したクリムは、やがて……


「モ゜ー…………」

「ねぇ正気度がダメそうなうめき声だけど大丈夫!?」

「…………はっ!?」


 いよいよダメそうなその様子に慌てたフレイヤに必死に揺さぶられ、クリムがハッと我に返った。


「大丈夫? 耐性の付与する?」

「……お願い」


 見かねたフレイヤの提案に、クリムも一も二もなく賛同するのだった。





「……どう、かな。大丈夫?」

「うむ……甘かったな、以前と同じならば耐えられる計算だったのじゃが」


 難しい顔で、クリムが己が失策を認める。



 ……実際、今回クリムに襲い掛かった信仰によるデバフは、以前訪れた時よりも数段強化されていた。


 これはひとえに、全権を掌握したセオドライトの善政による評判の向上、それに伴ってより強くなった信仰の賜物なのだろう。



 その対策としてフレイヤに光属性耐性を追加で付与をしてもらい……ようやくクリムも人心地ついた、そんな時だった。


「おや。あんた……」


 不意に聞こえてきた、聞き覚えのある声。

 それに、クリムは咄嗟にロールプレイをオフにして振り返る。


「あ……お久しぶりです、元気そうで何より」

「ええ、お嬢ちゃん、あんたも無事で良かったよ」


 クリムの姿を見て声を掛けてきたのは……以前潜入した際にいろいろと話を聞かせてくれた、果実売りのおばさんだった。


 それを認識したクリムがそわそわと見渡すと……その後ろの天幕の下に、おばさんの相棒であるピポグリフも行儀良く座っていた。


「お前も……久しぶり、元気そうで何よりだ」


 そう言ってクリムがピポグリフの方に手を伸ばすと、向こうもクリムのことを覚えていたらしく、嬉しそうに「きゅいきゅい」と鳴いて頭を擦り寄せてくる。


 そんな光景を見て、羨ましそうな視線をクリムに向けるのはフレイヤだ。


「わ、私も触っていいですか!?」

「お嬢ちゃんの友達かい? 勿論さ、遊んでやっておくれ」

「ありがとうございます!」


 そうおばさんから許可が降りたことで、尻尾があれば振っていそうな様子でピポグリフに手を伸ばすフレイヤ。

 ピポグリフはピポグリフの方で、フレイヤのことを大丈夫と判断したのだろう、その手に嬉しげに擦り寄っていた。


「はぁ……可愛いねぇ……」


 ピポグリフの毛皮の感触に恍惚としているフレイヤに苦笑しつつ……クリムは、ふと気付いたことを質問する。


「おばさん、今日はお店は……」


 見ると、今日は、以前のように露店は開かれていない。何があったのだろうかと心配しながら尋ねると、彼女も苦笑しながら頷き、答えてくれる。


「すまないね、ここしばらくは店仕舞いさ。この数日は足止めされていて、売り物を取りに行けてないからね」

「そうなんですか?」

「ああ。最近は、この子もに怯えて飛びたがらなくてねえ。帰ることもできないし、仕方ないから今はここで部屋を借りて寝泊まりさぁ」

「なるほど……そうだったんですね」


 ピポグリフが何に怯えているかは、言われずとも分かる。

 この聖都オラトリアは大陸中央部を分断する山脈外縁に程近いため、北西の空を見上げれば、例の虚影冥界樹がうっすらと見えているのだから。


「でも、まあ、聖王様も言ってくださっているからね、もうじきなんとかするから信じてくれって。私らは、それを信じて粛々と日々を過ごすだけさねぇ。

 それに、この大陸に平和を作ってくれた王様たちも皆が協力して何とかしてくれるんだそうだし、心配なんてしてないよ」


 そう言って、天に聳える冥界樹を見上げながら……しかし絶望など微塵も感じられない表情で、おばさんは語る。


「……大陸全部の人たちが協力しあうなんて、この数十年じゃ考えられなかったことが今、実際に起きてるんだ。きっと何とかなる、私ゃそう楽観的に考えてるよ」


 そう、豪快に笑い飛ばすおばさんに、クリムとフレイヤも釣られて笑う。


「そうですね……ええ、きっとすぐにこの事態は解決します」

「うんうん、それまでお互い頑張ろうね、お嬢ちゃんたち」

「はい……お互い、頑張りましょう」


 そう言っておばさんと笑顔で別れの挨拶を交わし、改めて歩き出すクリムとフレイヤ。その足取りは、先程までよりもずっと軽くなっていた。


「思わぬところで、檄を入れられてしまったなぁ」

「そうだねー、あんなに信じてくれてるんだもん、頑張らないとね」

「うん、本当に。というわけで……」



 そんな話をしている間に到着した、目的地である、聖王様の執務室がある領主の館。


 その玄関先では……一人の青年が唖然とした表情でクリムたちの方を凝視し、手にした書類をバサバサと地面に落としているところだった。


 そんな彼は――何度か自分の見たものが幻覚では無いのか疑うように目を擦ったり天を仰いだりした後、こめかみを指で抑えて、まるで肺の中身全てを絞り出すかのような長い長い溜息を吐いたのち、半眼でクリムの方を睨み……


「……何で、貴女はいつもこう唐突に現れるんですかね。嫌がらせか何かですか?」


 そう、青年――聖王セオドライトは心底呆れたように吐き捨てるのだった。

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