セイファート城の錬金工房③
――花の都フローリアでの会談を終え、クリムは新たに同行者となったエルフの姉弟を伴い、セイファート城へと帰参していた。
「うわぁ……本当にお城だ……」
「えっと……お姉ちゃん、本当にここに住むの……?」
唖然として白亜の城を見上げている、エルフの姉弟……セレナと、その弟であるカルム。
そんな二人に苦笑しながらクリムが手招きすると、二人は慌ててクリムを追いかけて、セイファート城の中へと入ってくる。
「さて今日お主らの部屋なのじゃが、現在一階にある錬金工房に隣接する空き部屋を、ドッペルゲンガーたちに任せて改装中じゃ」
「……なんか、さらっととんでも無いこと言ってるし」
「む、どうかしたか?」
「い、いえなんでもないです!」
クリムに尋ねられ、慌てて首を振るセレナ。そんな彼女に首を傾げつつ、クリムは案内を続ける。
「部屋は今日中には用意できるゆえ、夜はきちんとそちらで寝泊まりできるはずじゃ。食事はいつも決まった時間に一階食堂で供されるが、必要ならば誰か捕まえて頼んでくれ、可能な限り便宜は図らせよう」
「はぁ……何から何まで、ありがとうございます、盟主様」
「うむ、お主らは奉公とはいうが、大切な客人じゃからな……ひとまず荷物は工房の方で良いか?」
「あ、はい、お願いします……」
せわしなく廊下を行き交うメイド服姿のドッペルゲンガーたちが行き交う城内を、すっかり恐縮した様子でキョロキョロ眺めながら、生返事を返すセレナ。その袖を握りながらついてくるカルムは、ただただポカンと呆けていた。
……と、そんな中、目的地であるジェードの錬金工房へと到着する。
「……ジェード先生、お久しぶりです!」
部屋に入るなり、嬉しそうな様子で作業中のジェードに駆け寄るセレナ。
彼女はカルムの命を救う薬の作り方を教わって以降、すっかり師としてジェードに心酔していた節があるため、それもやむなしだろう。
……が、そのジェードはのろのろと視線を上げると、傍に駆け寄った彼女に胡乱な目を向ける。
「……あれ、あなた、セレナちゃん?」
「は、はい! フローライト女王陛下から、しばらくジェード先生のところに弟子入りして勉強して来なさいと仰せ付かりました、よろしくお願いします」
「……えっと、弟子? 私の?」
首を傾げて尋ねてくるジェードが目で問うて来たので、クリムが頷く。
それを受けて、彼女はぶつぶつとなにかを呟きながら考え事を始めていた。
「手伝い……セレナちゃん、もしかしてもう『ネクタル』は作れる?」
「え? は、はい、まだそれほど成功率は高くありませんが……」
そう、自信なさげにセレナが答えた途端に……ジェードの目が、ギラリと光った。
そんな彼女は即座に手直にあった籠を、戸惑っているセレナへと手渡す。
「はい、これ材料。中間素材に作れないものはないわよね? 成功率はこの際気にしなくていいわ、失敗を気にしなくていいからとにかく数を優先してどんどん作ってちょうだい」
「わ、わかりました!」
「そっちの弟君は、お姉さんの指示に従って調合一回分ずつ選り分け、お願いね」
「は、はい!」
ようやく増えた人手に、嬉々として役目を押し付けていくジェード。その嬉しそうな様子に、いかに切羽詰まっていたかを見て取れた。
「あ、あの盟主様、これはいったい……」
「うむ、すまんのう、見ての通り今は修羅場中でな。しばらく忙しいと思うが、頼む」
「ひぇえ……」
鬼のような指示に慌てて調合機材を荷物から取り出すセレナ。彼女もようやく、ヤバい時にヤバいところにきたのが分かってきたのだろう。
――許せ、これも勉強の一環だ、たぶん。
内心で手を合わせ謝罪しつつ、表情を青ざめさせたセレナが慌てて調合に入ったのを見届けて、クリムはそっと工房から退室するのだった。
◇
セレナたちをジェードに任せ、中庭へと出たクリム。そこに、待ち構えていたように声を掛けてくる者がいた。
「おかえり、クリムちゃん」
「む、フレイヤか、ただいま……もっとも、すぐにまた出かけるがのう」
そう気が浮かない様子で、出迎えのフレイヤに答えるクリム。その様子に、フレイヤが怪訝そうな表情で首を傾げる。
「それで、次はどこに行くの?」
「うむ、それがな……」
ある意味では、次こそが最大の難関だ。
何故ならば……
「聖都オラトリア大聖堂地下レイラインポイント、そこで採取できる『聖者のハーブ』が目的のブツじゃ」
そう、クリムは死んだ目で告げたのだった。
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