セイファート城の錬金工房②

「エリクシールを作りたいの」


 それが、ジェードが言い出した、彼女の頼み事だった。



 ……以前色々と一悶着のあった、クリムたちとも因縁深い魔薬『ゾンビパウダー』。


 聖王国との戦争の最中、ビフロンスを討伐した事により事件はひと段落したものの――ジェードがあの薬についてその後も継続して色々と調べていたところ、なんとあの薬品が詳細不明の最上位回復薬『エリクシール』の材料になると、判明したのだそうだ。


 だが……セイファート城に保管されている素材だけでは、制作に足りないものがある。

 そのため、残る素材を集めてきて欲しいというのが、ジェードからの依頼だった。







 ◇


 ――花の都フローリア、その一角にある、女王フローライトの私邸……その中の一室にて。



「姉上、よろしいのですか?」

「ええスフェン、構いません。十分な対価は頂きましたし、それに今は物資の出し惜しみしている場合ではないですからね」

「そうですか……では、私からは何も言うことはありません」


 そう言ってスフェンは、白い布を掛けられた木の盆を、推移を見守っていたクリムの前へと置く。


「はい、こちらが盟主様ご所望の『神草アイレナ』の花を乾燥させたものになります」


 そう言って女王フローライトから差し出されたのは、乾燥した、白い花弁を持つ花の束。


 これは、ジェードから頼まれた素材の一つ――最上位回復ポーションのベースとなる素材であり、『エリクシール』を作るのにも必要な『神草アイレナ』という希少な薬草だ。


 生育範囲は極めて小さく、白の森とその周辺地域でしか採取できず、しかも群生地がフローリアの国によって厳密に管理された非常に貴重なものだった。


「うむ……その、貴重な薬草を分けてくれたこと、本当に感謝する」

「いいえ、私と盟主様の仲ではありませんか」


 そう、快く応じてくれる女王フローライト。


 軽く言っているが、今渡された『神草アイレナ』はこのフローリアに貯蓄されている在庫の半分以上であり、クリムとしては彼女に頭も上がらない思いだった。


 そんな貴重な薬草を譲り受けるための、女王から提示された見返りは、通常の相場相応の対価と……そして、ある人物の、クリムたちの街への留学。


 現在の情勢を考えれば、破格の条件だった。



「それに……聞けば、大陸全土の命運を賭けた決戦とのこと。ならば私どもとて、協力を惜しむ訳にはいきませんわ」

「……うむ、重ね重ね、お主らの献身には心の底より感謝する」


 今回の薬草だけではない。


 現在、この花の都フローリアは、大陸中央部へと派遣する志願兵の支度真っ最中であった。


 それも全て、この世界を存続させるために。


 フローリアだけではない、ルアシェイア連王国と友誼を結んでいる鬼鳴峠のオーガたちも、大陸南東部の数多の少数部族たちも、次々と参戦を表明してくれている。


 ――生き残るために。


「ですが……話を聞く限り、どうやら準備に手が足りているとは言い難そうですね?」

「それは……うむ、恥ずかしい話じゃが、その通りじゃな。今は猫の手も借りたいといった様子の修羅場じゃった」

「というわけで……どうやら、来たみたいですね」


 そう、悪戯っぽい笑みを浮かべて入り口の方にチラッと視線を向ける女王。

 直後、そこから現れた男性は……女王と茶会をしているクリムの方を見て、目を丸くしていた。


「君は……久しぶりだな、盟主どの」

「うむ、しばらくぶりじゃな。邪魔をしておるぞ」


 そう笑い掛けるクリムに、以前よりだいぶ柔らかい雰囲気になったロウランがふっと少しだけ表情を崩す。


「うむ、壮健そうで何よりだ。しかし、ホワイトリリィ女史が、いつも君の無茶振りを嘆いていたぞ、君はもう少し彼女を労ってやるべきだと……」

「ロウラン、今回はお小言が目的ではないでしょう?」

「っと、これは失礼しました。さて……君も、遠慮なく入って来るがいい」

「あの……失礼します」


 ガチガチに緊張した様子で、新たに一人の、青い髪をしたエルフの少女が茶会の会場に入ってくる。


 そして彼女は、おそるおそるといった様子で、クリムの顔色を伺っていた。


 それも仕方ないだろう……なにしろ彼女は一度、クリムを銀の短剣で刺しているのだから。


「お主は……セレナか、久しぶりじゃな」

「あ……うん、盟主様も元気そうで何よりです」


 とはいえ、クリムとしては以前の白の森防衛レイドバトルで共闘したことで、全てチャラというつもりでいた。


 故に、特に気にした風もないクリムに笑い掛けられて、錬金術師姿のノーブルエルフの少女――セレナが、ホッと安堵したように笑顔を見せてくれる。



「それで……フローライト女王陛下、私はいったいなぜ呼ばれたのでしょう……?」


 エルフたちにとっては雲の上の存在である女王、その邸宅に呼ばれ、可哀想になるくらいガチガチに緊張しているセレナ。


 そんな彼女に、しかし女王フローライトは気にした様子もなく、柔らかく笑い掛ける。


「貴女、あのあと、錬金術の勉強の調子はいかが?」

「あ、はい。外から入ってきた方々にも色々と教えてもらって、上達したと……自分では、思っているのですが……」

「そうですか、それは何よりです。私の方にも、あなたが随分と腕を上げたと街の皆さんが噂しているのは耳にしていますよ。それと……弟さんの体調は?」

「は、はい! すっかり元気になって、今は私の手伝いもしてくれるようになりました、これも、女王陛下や盟主様のおかげです!」


 弟のことを聞かれ、やや興奮気味に現状を報告するセレナ。そんな彼女の様子を優しく見つめていた女王フローライトは、満足そうに、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。


 ……それを見て、ロウランとスフェンが、同情の籠った視線をセレナに向けたのを、クリムは見逃さなかったが、しかしセレナは気付かない。


「そうですか……では、姉弟共々、森の外へと出張することは可能ですね?」

「はいっ…………は?」


 突然の女王の問いにセレナが思わず頷いた直後、怪訝な顔を浮かべるも、もう遅い。


「エルフの女王フローライトから命じます。セレナ……あなたは弟さんと共に盟主様に同行し、しばらくセイファート城で奉公していらっしゃいな」

「ぇ……えぇえええっ!?」


 そうして、やや悲鳴じみたセレナの声が、花の都に鳴り響いたのだった――……







【後書き】

 セレナのアトリエ 〜フローリアの錬金術師〜(※言ってみたかっただけ

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