セイファート城の錬金工房①
「少し様子を見に来たは良いが……見事な修羅場じゃなあ……」
帰宅後、『Destiny Unchain Online』にログインしたクリムが向かったセイファート城一階、ジェードの
「なあ、確か決戦準備で忙しくなるからと、生産職を嗜んでるプレイヤーを対象に人手を募集、掛けたはずよな。そのプレイヤーたちは……」
「床」
「床? ……おおぅ」
喋るのも面倒とばかりに端的に放たれたジェードの言葉を受け、クリムが床を見れば……そこには、彼女の手伝いを申し出てくれた生産系プレイヤーたちが、床に死屍累々と倒れ込んでいた。
――いや、まあ、MP回復中なのだろうが。
立っているよりは座っている方が、座っているよりは横になっている方が、MPの自然回復速度は早くなる。
そのため効率を突き詰めた結果なのだろうが……しかし、いささか心臓に悪い光景だった。
だが、本当に過労で倒れている訳ではないのならば。
「まおーさま……スカート……」
「み……みえ……」
「お主らほんっとうにアホじゃな!?」
何やら聞こえてきた欲望まみれの呻き声を受けて、クリムが容赦なく『ナイトカーテン』の魔法を彼らに展開し視覚を遮断したのも、致し方無いのである。
――と、そんなバタバタした一幕はあったものの。
その惨状を見かねたクリムの指示により、思い思いにカスタマイズしたメイド服を纏うドッペルゲンガーズの少女たちが、彼らに差し入れの茶や菓子を用意してくれた。
そんな彼女らの厚意はさすがに無碍にはできず、皆ぞろぞろと休憩に入っていき――ジェードの工房は、ようやく落ち着きを取り戻したのだった。
「……のぅ、ジェード。あまり根を詰めすぎるのは」
「分かってるんだけど、何か作ってないと不安なのよ……私の領分が原因で負けたなんて、絶対に嫌だからね。やれるだけの事はやっておきたいの」
そう、一人残って調合を続けるジェードを見かねたクリムが手ずから淹れた緑茶を一口すすりながら、しかし目は調合レシピ帳と睨めっこしつつ語るジェード。
たしかに、次の決戦で必要な薬品の量など、誰にも分からない。
もしリソースが足りなくなって敗北したらと、気が気でないであろうジェードの気持ちはクリムにもよく分かる。
「しかも、今回って何個あれば足りるとかいう話じゃないじゃない?」
「じゃなあ……今は一本でも多く、可能な限りはかき集めておきたいところじゃからな」
「そう、作っても作っても終わらなくて、もー猫の手も借りたいくらい。だれか、せめて中間素材制作してくれる助手が欲しいよー!」
そう泣き言を言いながら、湯呑みを一度テーブルの端へ置き、また何か薬品を調合し始めるジェード。
……それも、致し方あるまい。
クリムたちが普段何気なく常用している薬品類は、しかしジェードというお抱えの最上位クラスの錬金術師の存在無くば相当に入手が困難であろう、廃人仕様のハイエンド品だ。彼女が居なければ、クリムたちの継戦能力というのはガタ落ちするのだ。
そして……当然ながら、高位の薬品になればなるほど、その生産手順は複雑になるのだから。
それがどんな感じかというと――例えば、『素材a』と『素材b』を調合して完成した『薬品A』に『素材c』を加え調合した『薬品B』を、さらに『素材c』と『素材d』と『中和剤α』を掛け合わせた『薬品C』と調合したものと調合し……ようやく中間素材が一つ出来る、みたいな感じなのである。
そんな話を以前ジェードから聞いたクリムは、「自分には無理だな」と速攻でその道を諦めたのだが、それはさておき。
「むう……我は生産スキルがないゆえあまり役には立てんが、何か要り用な素材など無いか? 行ける場所ならば急ぎ採ってくるが……」
「本当!? なら一つ、お使いをお願いしたいんだけど!」
「う、うむ!?」
そう食い気味に詰め寄るジェードに、クリムはただ、気圧されるままに頷くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます