現実世界でのひととき⑧



 ――食事の後、イリスの病室に戻る天理や、玲央たち、各々の家へと帰宅する他の者たちと別れた後。





「玲史さーん! このおむつは、こっちのお手洗いの棚にしまっていいですかー!?」

「おう、頼む!」


 玲史の返事に、紅はトイレに備え付けられた消耗品を保管しておくための棚の扉を開けて、そこの空きスペースに、ここまで抱えてきた紙おむつの袋を並べて収納していく。



 ――ここは、紅たちも以前剣術道場に通っていた際に何度もお邪魔したことがあり、勝手も知ったる支倉家。


 帰宅途中に、父、そらの車が停まっているのを発見した紅たち一行。

 そこに、車に大量に積み込まれていた積荷を部屋に運び込んでいる宙と玲史の姿を見つけ、せっかくだからとその手伝いを申し出て……そうして、今に至るのだった。




 抱えていたものを収納し終えて、紅は玲史がいるはずの一室へと戻る。


 元は玲史の自室だったという、一階の隅にあるその部屋は……今は、元々あった大人二人が余裕を持って寝られるベッド以外にもう一つ、赤ん坊のためのベッドが新設されていた。


「へー、もうグッと子供部屋っぽくなりましたね」

「ああ、まあベビーベッドとか入るとな」


 脚立の上に立って天井から子供用の玩具を吊るしていた玲史が、苦笑しながら降りてきた。

 紅はというと、ゆっくり回転を始める可愛らしい子供用の玩具を興味津々に突ついてみたりしている。


「しかし悪いな、手伝ってもらって」

「いえ、気にしないでください。たまたま通りすがったついでですから。それにしても、随分と色々買い込んだんですね」

「あー……その、ジッとしていられなくてな」


 恥ずかしそうに頬を掻きながらの玲史の言葉に、あー、と紅も納得する。


 ユリアの時が難産だったのもあり、出産を目前に控え、今彼は気が気でないのだろう。


「はは、さすがにランドセルをじっと見つめて悩んでいるのを見た時は、先走り過ぎだと思いましたけどね」

「べっ……べつに、買うか悩んでた訳じゃねーし!」


 不意に会話に参加してきたのは……外の広いスペースにて、昴と共にカラーボックスやキャビネットなど、組み立てる必要があるものを片付けていた宙だ。

 そんな宙の言葉に、ムキになって反論する玲史だったが――それはさすがに気が早すぎるだろうと、紅も苦笑する。


「それで父さん。外はもう終わったの?」

「ええ、組み立てるものはだいたい組み立て終わりましたからね、あとは運び込むだけです」

「おっと、ならこっちに運び込みに……」


 そう、玲史が外へ向かおうとした、丁度その時……台所で玲史の母の手伝いをしていた聖が、ひょこっと顔を出す。


「紅ちゃん、玲史さん。おばさまが休憩にしましょうって、お茶とお菓子を用意してくれましたよー?」

「む……そっか、それじゃ運び込むまえに休憩にするか。あとは力仕事だしこっちでやるから、紅や昴は母さんとゆっくり茶を飲んでいてくれ」

「あ、了解です」


 玲史の言葉に、紅も頷く。気まぐれで手伝いはしていたが、玲史が力仕事程度に音を上げるようには見えないし、手伝いを切り上げても問題ないだろう。


「わあ、ここで赤ちゃんを育てるんですねー」


 聖が、すっかり様変わりした部屋を興味津々な様子で入って来て、天井からぶら下がった赤ん坊用の玩具などをしげしげと眺め始める。


 そんな、数分前の紅と同じようなことをしている聖の様子に、紅も苦笑するが……ふと、今は新品なこれらの行く末について考え込む。


「それにしても……ベッドとかベビーカーとか、これだけ色々と物要りなのに、あっという間に使えなくなっちゃうってのも寂しいですね」

「まあ、そうだな。子供はあっという間に大きくなって、サイズが合わなくなっちまうからなあ」


 ユリアの時を思い出しているのか、苦笑しつつ真新しいベビーベッドに手を掛ける玲史。


 そんな彼に、聖が首を傾げて問い掛ける。


「使わなくなったものって、どうするんですか?」

「そりゃまあ、知り合いの必要そうな奴にあげたりして再利用してもらうとかさ」

「ふーん……知り合いの必要そうな人かぁ……」


 そう、どこか上の空で復唱する聖。


「……聖、念のため言っておくけど、私らで欲しいって言うのはめちゃくちゃ気が早いから」

「――ひゃわ!? さ、さささすがにじゃあ私が貰ってとかそんな事考えてないよ!?」

「いや、ごめん、冗談、冗談だったからね!?」


 ――どうやら、本当にの妄想に耽っていたらしい。


 顔を真っ赤になって慌て始めた聖の様子に、こちらも慌てて宥める紅。そんなてんやわんやな二人の様子に……


「……姉さんも紅も、何やってるんだ?」


 ちょうどそのタイミングで組み立て終えたカラーボックスの一つを担いできた昴が、二人を見て呆れたように呟いたのだった。







【後書き】

 次回でゲームに戻ると思います、たぶん?

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