現実世界でのひととき②

 電車を降りて、ホームを出たところで。


「そういえば玲央君、お見舞いって何か持っていくの?」

「ああ、まだ用意してないんだ。駅周辺で何か買えばいいかなって」


 ふと投げかけられた聖の質問に、玲央が申し訳無さそうにそう答える。


「花屋と、何かお菓子か……両方駅地下で揃うな」

「それじゃ、何が見繕って行こうか」


 昴の言葉に玲央が即決し、皆で移動を始める。


「ねえ玲央、イリスさん、何が好きとかある?」

「いや、叔母上は甘いものはだいたい好きなはずだから、お菓子なら何でも大丈夫だ。結構チープなやつとかでも案外喜ぶよ」


 むしろ高級和菓子とかよりそっちの方が嬉しそうだなと苦笑する玲央だったが……すぐに、はっと何かに気付いたように補足を加えてくる。


「ああ、でもブランデーとか使われているケーキ類はダメだぞ。あの人、あれで酒癖が悪いからな」

「まぁ、妊婦さんのお見舞いだからそもそもアルコールはダメって分かってるけど……酒癖が悪いって、そうなの?」

「ああ。めちゃくちゃ弱い上に、周囲に甘え出すわ絡み出すわだからな」

「それは……大変だね」


 意外な一面に、紅は「ちょっと見てみたいな……」と内心こっそりと考えつつも、ただ苦笑するのだった。





「それにしても、あの二人、目立ってるね」


 まずお菓子屋さんを周り、悩んだ末に一口サイズのスイートポテトをいくつか購入して、次の目的地である花屋へと向かう途中。


 一行の先頭を並んで歩く雪那とユリアの、ぴょこぴょこ揺れる猫耳フードと、ふわふわ揺れる青いリボン。そんな可愛らしい光景を眺めながら、不意に呟かれた紅の言葉。


「そうだねぇ、いい感じに好対照な格好だからかなー」

「あ、それ、私も思った」


 聖の同じく何気ない感想の言葉に、紅が同意する。



 二人の性格もさることながら……今の二人は、まるで狙ったように正反対な装いをしていた。


 片方は、白を基調としたお嬢様風の衣装を纏う銀髪の少女。もう片方は、黒を基調としたストリート風の衣装を纏う金髪の少女。


 大人しいユリアと、活動的な雪那。見た目もタイプも全く違う二人が仲睦まじく手を繋いでお喋りしながら歩く姿はとてもよく目立ち、周囲から無数の暖かい視線が向けられているのだ。



「それにしても……二人は本当に、仲良しになったね」

「ふふん、羨ましい?」


 昴の質問に反応した雪那が、ふざけてユリアに抱きつきながら答える。

 抱きつかれたユリアも、驚いてはいるが、満更でもなさそうだ。


「ま、私たちは元々面識があったからねー」

「そうなのか?」

「はい、私と雪那さんのお父さんが友人同士で、お母さんたちもやっぱりお友達同士ですから、こちらに来るたびにいつもお世話になってたんですよ」

「そうなると、私がユリアちゃんと年齢も近いしねー、自然と面倒を見るようになったのよ」


 そう言って、手を繋いで笑い合う二人。なるほど、その距離の近さは友人というより姉妹に近いように見える。


「そうか……いい姉貴分だね?」

「はい、私にとっては雪那さんは頼れるお姉さんです」

「もー、可愛いこと言っちゃてこの子はー!」


 嬉しそうに笑って肯定するユリアに、感極まった様子の雪那が抱きつき頬擦りをする。


 そんな、スキンシップ過剰な気もする二人の様子に――『やばい、尊い』と、紅たちの内心で思ったことが一致したのだった。






 ◇


 そんな姦しい道中の一幕がありつつ……必要なものを購入した紅たち一行は、先日も見舞いに訪れた病院へとやって来ていた。


 イリスの入院している個室があるVIPフロアへと到着した紅たちを待っていたのは……今日は、紅たちもよく見知った紅顔の美少年だった。


「ご苦労様、ラインハルト。叔母上の様子は?」

「大丈夫、変わりありませんよ」


 そうにこやかに対応してくれるラインハルト。

 その顔を見て……不意に、あ、と何か思い出したように昴が声を上げる。


「そういえばラインハルト、高等部に合格したんだよな?」

「あ、そうだった。おめでとう、ラインハルト君!」

「あはは、ありがとうございます。文系科目、とくに歴史系が不安でしたが、昴さんたちが勉強を見てくれて助かりました」


 昴と聖の言葉に、照れて頭を掻くラインハルト。彼は今年で中等部を終え、高等部に上がることになっていた。


 何故か普段からゲームにずっといるため忘れがちになっていたが……彼は今年、受験生だったのだ。


「……私、その勉強を教えたとかいう話、知らないんだけど」

「君は物を教えるのに向いてないからね。それに君のファンなラインハルトの集中を妨げるし」

「むう……」


 ばっさり切り捨てた玲央の言葉に、今ひとつ釈然とせず、軽くむくれる紅なのだった。




 ――と、病室前で話し込んでいる場合でもなかった。


「……おじゃましまーす」


 玲央たちに続いて、紅たちも若干緊張気味に病室へと入る。


 ……が、そこで対面したのは、あまりにも意外な顔だった。



「……あれ、母さん?」

「おお、お主らも来たのか。先に邪魔しておるぞ」


 そう振り返って声を掛けてきた、ベッド上で体を起こしていたイリスの横に腰掛け談笑していた人物は……紅の母、天理だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る