現実世界でのひととき①


 ――グランドクエスト前の配信を行った、その翌日。




「へー、もう三月も終わるのに、昨日って雪が降ってたんだ」

「うんうん、ちょっと季節外れだから、びっくりだよねー」

「……日光に弱い紅はともかく、姉さんはもうちょっと外に出なよ」


 数日ぶりの外出であり、ところどころ白いものが残る道に驚いている紅の言葉に、同じく驚いた様子で追従する聖の発言。

 そんなインドアどころか仮想世界に入り浸り過ぎなな幼なじみと姉に、昴が呆れたようにツッコミを入れる。


 しばらくゲームに入り浸りだった紅と、聖と昴の三人が連れ立って出た外では……まだほんの少しだけ雪が残るものの、ぽかぽかと心地よい春の陽気に包まれていた。



 そんなつい眠気を誘発される天気の中、三人が連れ立ってやってきたのは……駅に向かう途中にある、玲央とユリアが暮らす家。


「紅おねーちゃん!」

「おっと、雪那ちゃん、こんにちは。今日も元気だね」


 到着するなり紅の胸へと飛び込んできたのは、紅より少しだけ身長が低い金髪の少女。

 そんな彼女に怪我させないよう優しく抱き留めながら、その突進の勢いをくるっと回転して殺しつつ、紅は彼女をそっと地面へと下ろす。


 そのまま、まるで人懐っこい猫のように紅の腕に抱きついてきたのは――セツナこと、飛田雪那という少女。


 紅がリアルでもこのくらいならば対処できる身体能力はあると確信しているのもあり、彼女のスキンシップは日に日に過激になっている気がするのだが……しょうがないなぁと済ませてしまうあたり、紅は本当に、年下の女の子に弱いのだった。


「えへへー、ね、ね、今日はどうかな?」

「うん、すごく可愛いよ、元気な雪那ちゃんによく似合ってる」


 そう言って、手を広げて今の服装をアピールしてくる雪那。


 縞々のタイツにホットパンツ、黒猫モチーフのパーカーという年齢相応に可愛らしい格好をしてドヤ顔をしている金髪の少女を、紅たちも微笑ましく眺めるのだった。




「それで……あとは、家主さんたちだけ?」


 雪那の質問に、皆が頷く。



 この日は、玲央とユリアが病院へイリスのお見舞いに行くということで……普段から護衛として同行しているのだという雪那以外に、紅たち三人も一緒に行くことを申し出たのだった。


 そんなメンバーも、姿が見えないのはあと玲央とユリアのみ。もっともそれは紅たちが早く集まっただけであり、待ち合わせの時間にはあと10分近くあるのだが。



「まあ……玲央お兄さんがユリアちゃんの服装に悩んでるんだと思うけど」

「あはは……玲央君、ユリアちゃんに関することは妥協とかしなさそうだもんねぇ」


 雪那の予測に、聖も苦笑しながら同意する。紅と昴も同意見であり、うんうんと頷いていた。



 ……と、しばらくそんなふうにのんびり談笑していると。


「お兄様、だから言ったではないですか、もう皆さん集まってますよって!」

「はは、ごめんねユリア。ほら、手を」

「……もう!」


 珍しく感情を露わに玲央を叱るユリアと、そんな彼女に手を差し伸べて段差を降りてくる玲央。

 相変わらずな仲睦まじい二人様子に、紅たちも苦笑しながら、玄関先から出てくるのを待っていた。


「ごめんなさい、お待たせしました……!」

「大丈夫だよ、私たちも今来たところだから」

「まあ、まだ待ち合わせ時間の五分前だしな」


 少し早歩きだったせいか微かに頬を紅潮させ、帽子の位置を直しながら謝るユリアに、紅たちも気にしないでと笑い掛ける。


 そんな彼女は、日常では親戚での重要な集まりごとなどでしか見かけないような、ちょっと大人びたデザインのケープ付きワンピース姿。頭に乗せた、大きな青いリボンがついた帽子が特徴的なデザインだった。

 彼女の場合は不思議と日常使いでも立ち振る舞いに違和感がなく、しっくり似合っているのだから凄いと、紅も思う。


「今日も可愛い格好ね、ユリアちゃん」

「あ、ありがとうございます、聖お姉さん……その、レオンお兄様が選んでくださいました……」

「へえ、玲央君が……」


 恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに語るユリアの言葉に……皆、女の子の服を選ぶ王子様の図を脳裏に思い浮かべてしまう。


 微妙な空気が漂ったのを、玲央は咳払いを一つして「早く行くよ、電車に遅れる」と促すのだった。




 ◇


「しかし……凄い面子だよな、あらためて考えると」


 春休みとはいえ、今は平日の昼間。


 人もまばらな電車内の一角に座り、病院最寄りの駅へ向かう中、昴のそんな呟きに、皆も「確かに……」としみじみ頷く。


 実際、さすがにもう慣れたとはいえ、揃って世間的には美形揃いかつ明らかに日本人ではない髪色ばかりなこのメンバーは、とにかく人目を引くのだ。


 ……が、今回昴が言いたいのは、違う理由だろう。それは、紅たちの出自の話だ。



 紅は言わずもがな、現在もはや国内で知らぬ者はほとんど居ないNTEC社の社長令嬢。聖と昴もその重役の子供たちだ。


 それだけでも、なかなか一般的には凄いことなのだが……他の皆が、それ以上のインパクトがある。



 警察庁警備局の一部所を任されている室長、その娘である雪那。


 異国の公爵家嫡男だという玲央と、そのいとこであり正真正銘のお姫様だというユリア。



 そして……そんな自覚あるなしにかかわらず一般人離れした雰囲気を纏う皆は、相応に目立つ。


 電車に乗ってからずっと仮想の視界に明滅している、NLDの撮影機能によるカメラが向けられた際に点灯する撮影許可申請のアイコン(ちなみにデフォルトの設定は『全て不許可』である)が、その注目度を物語っている。


 この件に関しては、もはやいつものことなために――もうすぐで一年が経過する今となっては、完全に諦めた紅なのだった。






【後書き】

 ちなみに紅ちゃんには他に『魔王の娘』なんて肩書きが本人が知らないところで存在するため、実はユリアや玲央のことは全く言えた義理じゃない。

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