セイファート城の客人たち④

 ――改めて、クリムがルージュ捜索を再開しようとした、ちょうどその時……低空を飛翔する大きな影が横切った。


「ねえクリム様、なんだかすごい大きな鳥が、鳥が!」

「人が乗っていたみたいだけど、あれ、私たちも乗れるのかしら!?」


 興奮して詰め寄るピスケスとコルンに、クリムは「やはりまだ子供じゃなあ」と微笑ましく思いながら、二人に答える。


「アレは、シャオたち共和国のテイムした巨大隼ファルコンか……そういえば、厩舎を使わせて欲しいと言っておったな」


 昨夜そんなメッセージが届いていたことを思い出したクリムは、そう呟く。


 なんでも大陸全勢力の足並みを揃えるために、北のソールレオンや聖王国のセオドライト共々、しばらくこちらに滞在するらしい。


「我も以前一度乗せてもらったが、なかなかおとなしくて賢い者たちだったぞ。頼めば乗せてもらえるかもしれんな」

「へぇ……面白そうね、コルン、見に行くわよ!」

「あ、待ってよピスケスちゃん!」


 クリムの言葉に、目を輝かせて走って行ってしまう少女二人。


 今しがた巨大隼たちが降りたった方向へ走っていった彼女たちの方を見つめながら、ふとクリムは考える。


「ふむ、巨大隼か……もしかしたら、ルージュが見に来ておるかもしれぬな」


 あの子はあれで、珍しい動物とか大好きだからな……と、そんな妹分の嗜好を思い出しながら、クリムも走っていった少女二人の後をついて、厩舎の方へと向かうのだった。




 そうして、厩舎前へと野次馬に訪れたクリムたちの眼前で、次々と巨大隼たちが厩舎横の広場へと降り立っていく。


 ところが、驚いたことに――飛来した八羽の巨大隼、そのうち騎手が上に居たのは、わずか二騎のみ。


 にもかかわらず、騎手のいる巨大隼が巧みな操作で他の隼たちを誘導することにより、一匹も逸れさせず、かといって衝突もさせず、六羽の巨大隼が危なげもなく着地する。


 その見事な誘導を行なった一騎の騎手が、こちらも見事な手綱捌きで着地を決めてみせ、庭園へと降り立った。


 その騎乗していた人物は――シャオたちブルーライン共和国と行動を共にしていた、巫女アリエスだった。


「はー……見事なものじゃなあ」


 鮮やかな手並みにクリムが感嘆の吐息を漏らしていると、そんなクリムに気付いたアリエスが小さく手を振りながら近寄ってくる。


「あら……あなたは、シャオ君のお友達のー?」

「クリムじゃ、以前は緊急事態だったゆえ、こうして差し向かいに話すのは初めてじゃな」

「そういえばそうねー。私、アリエスって言います。よろしくね?」


 ふわふわと、どこか眠そうな笑顔で手を差し出してくるアリエス。


 ――聖がもっと年上のお姉さんだったら、こんな感じかな。


 なんとなく、そんなことを考えながら、クリムも握手を返す。


「……アリエスさん!」

「……私たちを、この子らに乗せてくれないかしら!」

「あら……ええ、構わないわよ、ちょっと準備するから待っててねー?」


 興奮気味に詰め寄るコルンとピスケスの突然のお願いに、嫌な顔もせずにタンデム用の鞍を用意し始めるアリエス。


 そんな優しい彼女に感心しつつ……クリムは、気になっていたことを質問する。


「それで……アリエス、お主はもしやテイマーなのか?」

「んー……?」


 支度の手は止めぬまま、彼女は、クリムの質問に首を傾げる。


「そんな大層なものじゃないですよー? なんとなく、この子たちの言葉がわかる気がするだけ、かなぁ」


 ねー、と、首筋を撫でてやりながら、巨大隼に語りかけるアリエス。

 驚くべきことに、隼の方も彼女に対し「クェエ!」と元気に返事をかえし、頭を擦り寄せて甘えている。


「アリエスさんにモンスターテイムのコツを聞くのはたぶん無駄ですよ。その人、天性の動物たらしですから」

「む、なんかシャオ君に酷いこと言われた気がするよ」


 後から降りてきたシャオの言葉に、アリエスはいまいち怒っているようには見えない膨れっ面で、遺憾の意を表明するのだった。




 ◇


「……そういえば、ルアシェイアは騎獣の運用はしていませんよね?」

「む? まあ、そうじゃな」


 アリエスが、ピスケスとコルンを共に巨大隼の背に乗せて、大空へと舞い上がったのを見届けた後――ふと気付いたといった様子のシャオの呟きに、クリムも特に隠しているわけでもないので、あっさり首肯する。


「エルミルなどは『騎士といえば騎兵だよな!』と騎馬隊の編成もしたいようじゃが、今のところ難航しておるな」


 なんせ、皆、乗馬など経験が無いのだ。軍馬を集めるのも大変だが、その後の訓練も難しいだろう。


 あとは、ルアシェイアは同盟関係にある鬼鳴峠、そこに暮らす鬼人たちの竜騎兵を傭兵として雇えるため、それで誤魔化してきたが……ルアシェイア連王国の弱点、その一つが騎兵戦力の不足にあった。


「あなた方、ルアシェイアの方々は何か用意しないんですか?」


 純粋なシャオの疑問に、しかしクリムは肩をすくめ、溜息と共に回答を返す。


「我らか? そりゃ無理じゃろ」

「クリムさんらしくないですね。初めは無理でも、練習すればあなた方なら……あ」


 はたと、シャオが自らのうっかりに気付いたような声を上げる。


 そう……クリムをはじめ、雛菊、リコリス、それとセツナ。ルアシェイアが誇る主力、その実に過半数が、一般的な騎馬や騎竜のあぶみに足が届かないのである。


「まあ、我はギリギリなんとかなるのじゃが、雛菊たちはロバかポニーならば乗れるかのぅ……」

「あはは……なんだかすみませんでした」


 そもそも、これだけ幼い少女たちで構成されたギルドそのものが稀有な存在なのだ。シャオの失念も、やむなしだろう。


 遠い目で嘆くクリムに……これには流石のシャオですら、苦笑いで謝罪するのだった。

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