セイファート城の客人たち⑤


「それじゃあ、もし上空からそのルージュちゃんという子が見えたら、連絡しますねー」

「先程、訓練所で子供たちが遊んでいるのが見えました。ひとまずそちらを見てきたらいかがです?」

「うむ、協力感謝する、二人とも」


 ピスケスとコルンを乗せて一回りセイファート城周囲を巡って来たアリエスが言うには、ルージュらしき人物は見当たらなかったらしい。


 そうして、手を振って送り出すシャオとアリエスに礼を告げて、ふたたびルージュ捜索のために立ち去るクリムたち。


「楽しかったわね!」

「高くて怖かったです……!」


 前を歩くのは、興奮してはしゃいでいるピスケスと、怖かったと言いながらも嬉しそうなコルン。

 そんな二人のやりとりを微笑ましく眺めながら……しかしクリムは、ある疑問を抱いていた。


「……思った以上に、ルージュの目撃情報が無いのぅ」


 それも、ここまで尋ねた全ての者たち誰にも、全く目撃されていないのだ。今日は特に、城内の住人が多いというのに、だ。


 これは、そもそも彼女の行方について何か根本的な思い違いをしているのでは……そうクリムが考え込んでいた時だった。



「――クリムお姉ちゃーん!!」

「おっ、ごっ……ッ!?」


 突如、低い位置から襲いかかった衝撃により、下半身から力が抜ける感覚。

 背後から突然の強撃を腰に受けて、クリムが膝を震わせて蹲る。


「げ……元気になって、体力がついた分……キレが段違いに増した、ね……でも、他の人には絶対にやらないように……ね?」

「はーい、ごめんなさい?」


 いまいちよく分かってなさそうに首を傾げているジュナに、クリムは震える膝で立ち上がり、震える声でお小言を言う。


「何やってんのよ、ざーこ」

「はわわ、回復しますね……!」


 そんなクリムに対し、呆れたように見下ろしてくるピスケスの罵声と、慌てて気遣ってくれるコルンの治癒魔法を受けて……ようやく人心地ついたクリムが、やれやれと身を起こす。


 ……そろそろ本当に心を鬼にしなければならないか。


 と、何度目かになる決意を固めるクリムだったが、そんなクリムの背後から男性の声が掛かる。


「よ、久しぶりだな、嬢ちゃん」

「あ、ルドガーさん、ご無沙汰してます」


 声を掛けて来たのは、土まみれの作業着姿のルドガーだった。


 よく見れば、ジュナとジョージ共々あちこち土に汚れており、三人揃って今の今まで野良作業をしていたのが窺えた。


「じゃあ、ジュナとジョージは今日は……」

「今日は、お父さんのお手伝いなの!」

「親父の薬草採取の付き添いにな。それと、色々と仕事について教わってた」


 自慢げに胸を張るジュナと、そんな妹の様子に苦笑しているジョージが、採取籠の中身を見せてくれる。

 その子供が持つには少し大きな籠には、よく育った薬草類が、大量に積まれていた。


「へー、これ、少し前に庭園内に増設したハーブ園のやつ?」

「ああ。全く、この庭で採れる薬草は効能も段違いだから、少し栽培スペースを貰って本当に助かるぜ」


 妖精たちの加護を受けたこのあたりの採取品は、自然と高品質になる。

 そのため、ダアト=セイファートが管理するハーブ園の一角を借りることができ、薬屋であるルドガーは相当に御利益を授かっているそうだ。


 しかし……


「今日は……随分とたくさん摘んできたんだね?」


 背負い籠いっぱいの薬草だ、普段採取していくよりも、その量はずっと多い。

 それが気になって首を傾げるクリムの疑問に、ルドガーは頭を掻きながら答える。


「まあ、なんだ……お前たち、また大量に入り用なんだろ、薬」

「あ……知ってたんだ、大きな戦いになるって」


 わしわしとクリムの頭を撫でながら告げるルドガーのその言葉に、クリムが驚いて目を見開く。

 が、そんなクリムに、ジョージが呆れたように肩をすくめる。


「バッカお前、そりゃこんだけ城が物々しけりゃ、嫌でもわかんだろ」

「あ、あはは……確かにね」


 普段静かなセイファート城に、見知らぬ武装した者たちが大勢逗留しているのだ。ジョージが言う通り、街の者たちにだって見れば分かるだろう。



 ――決戦が、近いことを。



 ルドガーの言う通り、これまでの連戦続きでポーション類の在庫は少々怪しいことになっている。


 ジェードが頑張って増産体制を作ってくれているが……いくら素材があったとしても、製作者が一人ではその不足分は賄いきれない可能性がある。


 そんな中、彼の申し出はこれ以上ないほどに有難いものだ。


「俺たちは、嬢ちゃんみたいに戦えないからな。俺にはこれくらいしかしてやれないが……ポーション類は、可能な限り増産しておいてやるよ」

「だからおまえさ、夕方くらいにウチ取りに来い、な?」

「せっかくだし、お姉ちゃんも久しぶりに、うちで一緒にご飯食べようよ!」


 そんな、すっかり懐かしい気がする三人からの誘いに……


「うん……ありがとう、皆。是非お邪魔させてもらうね」


 ――彼らを、絶対に、失ってたまるものか。


 そう決意も新たにしながら、クリムはそんな彼らの申し出に笑顔で快諾するのだった。







【後書き】

 クリムちゃんは素で交流していた期間が長いルドガー一家の前ではロールプレイできない。

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