セイファート城の客人たち③
――どうやら、食堂にルージュは居ない。
そう判断し、調理中で忙しそうな皆の邪魔にならぬよう退室しようとしたクリムだったのだが……
「ほら領主様、飴玉食べるかい?」
「はいこれ、今日遊びに来てる子供たちのおやつに焼いて来たんだけど、一袋持っていきなよ」
「今焼き上がったマフィンも、味見しとくかい?」
……なぜか、お手伝いのおばさま達から沢山のお菓子を貰う羽目となった。
すかさずエルヒムが用意してくれた紙袋一杯に入れられたお菓子を抱えて……もう持てなくなった頃に、ようやくクリムはおばさま達から解放され、食堂の裏口から城外へと出たのだった。
「はぁ……気遣いは嬉しいのじゃが、これ、自領の領主に対する扱いじゃないよな?」
むしろ、近所の子供相手のノリである。
そんな扱いに首を捻りながら、クリムは貰った飴玉を一つ口に含み、ルージュ捜索を再開したのだった。
――が、その僅か三十秒後。
「ちょっと、そこの真っ白お化け!」
「あの、ピスケスちゃん、クリム様だよ……!」
「……む?」
突然背後から呼び止められて、クリムは口に含んでいた飴玉を噛み砕き、振り返る。
そこに居たのは……
「なんじゃ、スザクのとこの問題児コンビか」
「その扱いには心の底から遺憾の意を示すわよ真っ白お化けーっ!?」
「え、私も!?」
不服そうな声を上げる二人――ピスケスとコルンだったが、彼女たちはすぐにそんな場合ではないと気を取り直し、クリムの元に詰め寄ってくる。
「ま、まぁいいわ……ところで聞きたいんだけど、スザクをどこにやったの!?」
「ごめんなさい、ピスケスちゃんが失礼な事を言ってごめんなさい!」
どうやら、スザクに置いていかれたことに本気で動揺しているらしい。
焦りを見せてクリムへと詰問するピスケスを、コルンが止めようとしていたが……クリムには、スザクがどこに行ったかの目星はついていた。
「あー……おそらく、あやつはこの街には居らんな。ちょっと外出中じゃな」
一応、フレンドリストを呼び出して確認したところ……スザク、そしてハルの現在位置は『妖精郷』となってある。
その理由として考えられるのは、ただ一つ。
おそらくは世界樹の麓……ダアト=クリファードの封印されている所へ、様子見と報告に行ったのだろう。
「なら、私たちもそこに案内を……」
「……いや、すまぬがそれはできん。必ず戻ってくるゆえ、どうかそっとしてやって欲しい」
真剣な顔で頭を下げるクリムに、その外套を掴んでいた少女の手が、戸惑いながらも離れていく。
「……それって、それくらいスザクにとって大事なことなの?」
「うむ、まあ、奴にとってはな」
「そう……なら、仕方ないわね」
意外にも、素直に引き下がったピスケス。このあたりはやはり聞き分けの良い、いい子であった。
「その代わりというのもなんじゃが、良ければお主らも食うか? 菓子類をもらい過ぎてしまっての、一人では食い切れぬ故に困っておったのじゃ」
「……仕方ないわね、手伝ってあげるわ!」
「ありがとうございます、ご相伴に預かります」
ピスケスは尊大に、コルンは平身低頭といった様子で、しかし嬉しそうに紙袋の中を覗くのを……クリムは暖かい目で見守るのだった。
◇
そうしてお菓子を分け合って食べながら、ついてきた二人も伴いルージュ捜索を再開したクリムだったが。
「――スザクと、どうして知り合ったか?」
クリムが「そういえば」という調子で投げかけた質問に、ピスケスがドーナツを頬張りながら、首を傾げる。
「うむ。そういえばいつのまにか仲間になっておったから、よく知らなんだと思ってな」
「……まあ、別に話をして困ることもないからいいけど」
そう言って、こほん、と咳払いして語り始めるピスケスとコルン。
「私たちはね、封印されていたの、あの異変が起きた七年前から。そこを解放してくれたのがスザクだったってワケ」
「封印される前に最後に見たのは、あの人……ベリアルさんが、笑ってこちらを見下ろしている姿でした」
「……ベリアルが?」
意外な因縁が見つかり、クリムが驚きの声を上げる。そんなクリムに、二人はひとつ頷くと話を続ける。
「まず……私たちは七年前の異変の時、帝都南にある、巫女候補の養成所でもあった『アストロディア修道院』に居たんです」
「私たちはまだ最年少組の子供だったから。癪だけれど、実務にはまだ早いとか言って留守番をさせられていたのよ」
「む……もしかしてお主ら、封印されていたせいで当時の年齢のままなのか?」
「はい、実はそうなんです。ヴァーゴさんも、私たちの同期だったんですよ」
「ほう!?」
これは、初耳だった。
なるほど、魔物に幽閉されていたために封印されなかったヴァーゴと、七年間封印されていた目の前の二人。実年齢が、ほぼ一致するのだと合点がいった。
「実はあの当時、今にして思えば予兆だったんでしょうけれど、帝都のあちこちで異変が起きていたんです」
「それで皆が出払って手薄になっていたところを、突然瘴気が発生したのと同時に修道院を襲ってきた魔物たちに壊滅させられたってワケよ」
「一応、子供でも私たちは巫女としての教育を受けていたから、街の人たちを逃すために頑張ったんですけどね……生憎と私たち二人とも、戦闘向きではありませんでしたから」
そう、二人とも悔しそうな表情で俯く。
たしかに……ただでさえまだ幼い上に、歌による援護を得意とするピスケスと、純粋なヒーラーであるコルンの二人だ。
本来ならば後方で守られているべき二人に、戦えと言う方が無茶だろう。
それでも、彼女らは皆を守れなかったことを悔い、今は自分にできる役目を精一杯を行おうとしている。
巫女の中では最年少である幼い二人だが、予想外に重い経歴に、クリムも驚いていた。
……が、そんなクリムの心情を知ってか知らずか、ピスケスは肩をすくめた後、その後についてあっけらかんと語り始める。
「で、追い詰められたところに現れたのが、あのベリアルだったわけ。まあ、あのクソアマ絶対にあの借りは返してキャン言わせてやるんだから……って、昨日までは思ってたんだけどね」
「あの人、私たちの生殺与奪を握る立場に居たのに、そうはしませんでした。今にして思えば……私たちを助けてくれたんじゃないかって思えて」
「ほんとむかつく。これじゃ文句も言い難いじゃん」
「あはは……」
口を尖らせてむくれるピスケスに、コルンが困ったように苦笑している。
「なるほどな……話してくれて感謝するぞ、二人とも。ほれ、もっと食え、なんなら何か食べたい物があれば用立てるぞ?」
「何よ、急に優しくなって、気持ち悪いわね!」
そんな二人についつい感情移入してしまい、たんと食べなと菓子を勧めるクリムに……ピスケスは、怪訝そうに眉を顰めながら罵倒するのだった。
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