セイファート城の客人たち②


 ――クリムが次に訪れたセイファート城一階、奥まった一角にあるその部屋は……今、この城を修繕してからこれまでの間で、一番の賑わいを見せていた。



「あらクリム様、厨房にいらっしゃるのは珍しいですね、何かお探しですか?」

「いや……我の配慮が足らず、ルージュを怒らせてしまってな。今、探しているところなのじゃが」

「それは……この部屋に紛れこんでいた場合、探すのは難しいですね」


 食堂のテーブルに着いていたアドニスは、鮮やかな手つきで目の前の籠に山と積まれたじゃがいもの皮を剥きながら、困ったような顔で苦笑する。


 ここは、セイファート城の厨房。


 そもそもプレイヤーたちは『こちらDUO』で食事するのはただの娯楽であるため、主に城の住人たちの食事の場であるこの部屋。

 普段はアドニスとエルヒムの兄妹が切り盛りしてくれているその部屋だったが……しかし今日は客人が多いため、急遽、ネーブルの街の婦人たち十余名ほどが、滞在者に提供する昼食の準備のためにヘルプに来てくれていた。


 ……たしかに、この中からドッペルゲンガーであるルージュを探すのは至難の業だろう。


「では、もしこの中にルージュちゃんが紛れているのを見つけたら、私の方で捕まえておきますね?」

「うむ、助かる。それにしても……」


 周囲を見回して、ほう、と軽く驚きの表情を作る。


「珍しい組み合わせじゃな?」


 そんな奥様がたの中に混じって……侍女長であるアドニスの対面に野菜籠を挟んで座り、一緒に食材の下処理に勤しむもう一人の侍女服の人物がいた。


 それは……ユーフェニアの侍女、シュティーアだった。


「その……ユーちゃんはあちこちに顔を出して事情説明中で、私は手持ち無沙汰だったので……」

「ええ、彼女にぜひにと言われて。手際もいいですし、本当に助かっていますわ」

「あはは……私はレオナさんやユーちゃんみたいな戦場での活躍はできませんから、せめて皆に美味しいものを食べて喜んで貰えたらなって……」


 アドニスに褒められて、シュティーアは照れて頬を掻きながら苦笑する。


 だが……そんな彼女の言葉に、クリムは引っかかるものがあった。


「じゃが、ラシェルの戦闘ではお主は獅子奮迅の戦いぶりを見せておったではないか。正直お主が入り口でゾンビたちを抑えてくれておらねば、被害は相当なものとなっておったのではないか?」


 クリムが見た感じ、あの時のシュティーアは、巫女の中でもレオナに次ぐ戦闘力を有していたように見えたのだがと首を傾げるが……しかし。


「あの時の話は……ごめんなさい勘弁してください……」

「おっと、申し訳ない」


 顔を真っ赤にして俯いてしまったシュティーアに、クリムも「しまった」という表情で謝罪する。

 なんせ、あの時彼女はそのせいで着ているものを破損し、かなり際どい姿を晒してしまったのを未だに引きずっているのだった。


「うちの家系の特異体質らしいんですが、あの状態だと、自分が何をしているかすらよく分からないので……極力、使わないようにしていますから」


 もしかしたら、暴走中に誰かを巻き込み傷つけるかもしれない。


 その可能性がある以上、少なくとも、周囲に誰かがいる時は絶対にやらないのだと、彼女は申し訳無さそうに告げるのだった。



「まあ、それはさておき……手伝いは、本当に助かります。ありがとうございます、シュティーアさん」

「い、いえ! 建国の英雄のお一人であるアドニス様のお力となれたなら、光栄です!」


 アドニスに頭を下げられて、シュティーアは慌てて手を振って頭を上げるよう懇願する。

 そんな様子に、アドニスは頬に手を当てて、少し困ったように笑っていた。


「あら……嬉しいことを言ってくれますね。ですが私は獅子赤帝様の側仕えだったからこそ剣を賜った身ですから、あまり英雄と言われてしまうと恥ずかしいのですが」

「それでも、私にとっては子供の頃に聞いた獅子赤帝様の物語の中で、アドニス様が一番好きな騎士様でした……きっと、自分の立場に重ねてしまっていたんでしょうけれど」


 そうアドニスに語っていたシュティーアだったが、ふと、ナイフで芋の皮を剥いていた手が止まる。


 怪訝な顔でシュティーアの方を見るクリムとアドニス。その視線を受けた彼女はすぐに笑顔を作ると、訥々と心情を語り始めた。



「――慕っている主の隣にいつも侍り、公私共に支えになる……私も、そんな存在であり続けたいと願っていますから。それが……たとえいつか、ユーちゃんが誰かいい人を見つけて、私がユーちゃんの一番ではなくなってしまっても、ずっと変わりません」



 そう、シュティーアは遠くを見つめながら――少しだけ、寂しげに笑うのだった。

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