セイファート城の客人たち①


 ――というわけで、姿を眩ましたルージュを追いかけたクリムだったが。



「とはいえ……どう探したものかな」


 なんせ、相手は変幻自在のドッペルゲンガーである。


 普段は姿を変えようとしないルージュであるが、しかし一度本気で逃げられた場合、今どんな姿をしているのか分からないため非常に見つけるのが難しいのだ。


「とりあえず、城の中をあちこち探し回るしかないかな……む?」


 クリムがぶつぶつと呟きながら、セイファート城一階の廊下を歩いていると……ちょうどその時、数人の人物が、会議室から出てきたところだった。


 しかも、その先頭に居たのは、クリムも見知った人物。


「……おおレオナ、それとライブラも。丁度いいところに!」

「ああ、盟主のお嬢ちゃん」

「この度は、部屋を貸していただき本当にありがとうございました」


 そう、軽く挨拶を交わしたところで。


「で、丁度いいとは何かあったのかい?」

「うむ、それなのじゃが。ルージュを……あー、給仕の服を着た、我と似た顔をした白髪の少女を見なんだか?」

「お嬢ちゃんと似た顔……いや、見てないねえ」

「私もです。あなたのように真っ白な髪をしているのであれば、一目見たら忘れないと思いますわ」


 そう語るレオナとライブラに、そうかと返答を返す。


 まあ、ダメで元々。クリムもそう簡単に見つかるとは思っていない、じっくりと腰を据えて探索しなければなるまい。



 ――いや、ダアト=セイファートの力を借りれば一発な気もするのだが、それもなんだかルージュに申し訳ない。



 気を取り直して捜索を再開しようとしたが……その前に、ふと気付く。


「それで、お主らは会議室で何を?」

「はい、西側で戦っていた仲間の巫女が合流したので、情報の共有を」

「西側というと……たしか、サジタリアとピオーネという名じゃったな」


 大陸中央部情報まとめスレで見かけた名前を口にすると、二人が頷く。


「ふむ……ならば初対面じゃな。我も一度挨拶に――」


 そう、言った時だった。


「――どうしてあなたはいつもそうなんですか!!」

「おおぅ!?」


 会議室から飛んできた甲高い少女の怒鳴り声に、クリムが驚いて仰反る。

 だが、それはクリムに向けられたものではないことにすぐに気付き、あらためてそっと部屋を覗きこむ。



 部屋の中では……


「あなたは、真剣さが足りない!」

「あらぁ、そうかしら? 私としては真面目なつもりなのですが……素敵な殿方との出会いもありそうですし」

「そういうところがです!」


 何やら、中から口論する声。


「……二人とも、腕はいいんだがなぁ」

「ご覧の通り、仲がよろしくないのは本当に困り物です……」


 そう、困ったように苦笑するレオナとライブラ。なるほどな、と納得し、クリムも部屋に踏み込む。


「だいたい、あなたは……!」

「あら、ちょっと待ってくださいな、お客様ですわ」

「……ッ! 話は後にします、逃げないでくださいね!」


 そう口論(というよりは、少女が一方的に食ってかかるのを女性がのらりくらりと受け流しているだけだが)していた二人が、クリムの方へと向き直る。



 露出の激しいビキニ状の衣服の上に無数の薄絹とアクセサリーを重ねた扇情的な踊り子装束を纏い、余裕たっぷりに胸元を強調して腕組みして怪しげな微笑みを浮かべている、褐色肌に銀髪のお姉さんが……ピオーネ。


 そして、そんなピオーネに苛立たしげにしている、青と白を基調とした丈の短い女性騎士服の上に左右非対称の軽鎧を纏った、真面目そうな金髪の少女騎士が……サジタリア。


 妖艶な踊り子と、真面目な少女騎士。タイプは真逆な二人ではあるが、なぜかいつも二人セットで行動しているらしい……というのが、掲示板に載っていた二人の情報だった。



「はじめまして、ええと……赤の魔王クリム=ルアシェイア様でしたわね。このような休息の場を用意していただき、感謝の言葉しかありませんわ」

「……それと、ありがとう、助力してくれて。あなた達のおかげで助かりました」

「気にするな、我らがやりたくてやった事じゃからな」


 頭を下げる二人に、クリムはそう気にしないように告げ、笑いかける。


「……それで、もう今後について話は聞いたと思うのじゃが」


 一週間後にあの『虚影冥界樹イル・クリファード』へと最後の決戦を挑むことは、全てのNPCたちに伝えるようレオナたちに話している。当然、彼女たちも聞いているはずだ。


「分かっているわ。もちろん、最大限の力を尽くさせてもらうつもりよ」

「まぁ、世界が滅んでしまえば、素敵な旦那様を見つけるどころでもないですからねぇ」

「だから……あなたねぇ!!」


 いまいち不真面目なピオーネの発言に、サジタリアがまた噛み付く。

 だが……クリムは見逃しては居なかった。そんな食ってかかるサジタリアに対し、ピオーネが愛しげな、恍惚の笑みを浮かべていたことに。


「あら……なんなら、あなたみたいな可愛いお嫁さんでも歓迎よ、私」

「――ッッ!?」


 不意に、詰め寄るサジタリアの頬に手を添えて、耳元で怪しく囁くピオーネ。

 不意打ちを受けた少女は、言葉を失い真っ赤になって、口をパクパクさせている。


 ……そんな少女の首筋に、ピオーネが愛しげに唇を落としたあたりで、クリムは回れ右をする。



 ――なるほど、どうやらこの女、なかなか倒錯的な趣味らしい。



 喧嘩するほど仲がいいという奴なのだろう。


 ならば痴話喧嘩は犬も食わないと言うし、余計に関わらないでおくべきか……好きな者を虐める事に快感を覚える特殊性癖の事を思い出しながら、クリムはそう結論付ける。


 そして、きっと苦労が絶えないであろうサジタリアに胸中で合掌しながら……二人をその場に残して、そっとその場を立ち去った。





 ――直後、これまでよりも遥かに大きい、セイファート城を微かに揺るがすほどの少女の怒声が周囲に鳴り響いたのだった。

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