冥界樹精霊ベリアル戦④
「まおーさま、援軍が来たからってボーっとしているんじゃねーよ!」
「あ……すまんスザク、助かった!」
シャオとソールレオンが合流した先程から、どこか上の空で戦っていたクリム。
そんなクリムに、ベリアルが繰り出した蒼炎を纏う魔剣が命中する寸前で――飛び込んできたスザクが防ぎ、助けてくれた。
クリムは危なかったところを助けられた事に感謝しつつ……これではいけないと、気を抜くと考えごとに嵌ってしまいそうな気分を切り替える。
――なんだったんだ、さっきのベリアルの表情は。
これまでのような、他者を嘲るようなものではない。
それは……まるで、迷子の子供が親を見つけたかのような、安堵したような笑み。
それが……一瞬だけ見せたそんなベリアルの表情が、ずっと棘のように、クリムの意識の片隅に刺さり続けていた。
……が、しかし。
そんなクリムの心情など関係無く、事態は先へと進んでいる。
視点を戦場に戻したところでは……ソールレオンと空中で激しく斬り結んでいたベリアルが、またも周囲へと蔦の網を展開し、皆を絡め取ろうとしていたところだった。
「玲央くん下がって! さっきのお返しだよベリアル、『スパイラルブースター』、展開ッ!!」
眼前に張り巡らされた蔦の網に、しかしカスミは臆す事なく背中に虹色のエネルギーで構成された翼を展開し、エントランスホール外周ギリギリのところを周回しながら加速をつけて――
「ブチ抜けぇええええッ、『アサルトバスター』ぁあああッ!!」
もはやカスミ自体が巨大な一本の突撃槍となり、蔦の網などお構いなしに貫通した。
辛うじて魔剣を盾にして軌道を逸らしたベリアルが、踏ん張りきれずに上方、天井の方へと吹き飛ばされる。
遅れて吹き荒れた衝撃波が、ベリアルの張り巡らせた罠をまるで薄紙のように吹き散らす、そんな中で。
「ふふん、いらっしゃいませ、よ!!」
ふかふかの九尾と、禍々しい爪。『
壁を駆け上り、天井を蹴って勢いよく落下して来たらしいセツナ、その組んだ両手がまるでハンマーのように振り下ろされ、咄嗟にガードしようとしたベリアルの腕をひとたまりもなく弾き飛ばす。
体勢が崩れて無防備な姿を晒すベリアルに……セツナは器用にも、そのまま空中で体を捻り回転をつけると、そのままベリアルに回し蹴りを叩きこんだままで、エントランスホールの床へと激突した。
もくもくと埃が舞う中で、金毛九尾の姿をしたセツナは危なげなく後方へと離脱して、構えを取り直す。
そして……
「……かはっ、はぁ……はぁ……ッ!」
荒い息を吐きながら、魔剣を支えに身を起こすベリアル。そのライフはこれまでの戦闘の中ですでに四分の一を切っており、レッドゾーンに突入していた。
そんなベリアルの周囲を取り囲むクリム、そしてソールレオンとスザク、そしてルアシェイアの皆。
もはや勝ち目の無いであろう中、しかしベリアルはふらつく脚、震える腕で、再び魔剣を構え直す。
――と、そんな時だった。
「ねえベリアルさん、もうやめようよ!」
「はぁ……何、また貴女なの、皇女様?」
うんざりとした表情で、乱入して来たユーフェニアを睨みつけるベリアルだったが……しかし彼女は、怯む様子もなく続ける。
「だって――ベリアルさん、本当はこんな事したくなくて、ずっと誰かに止めて欲しかったんでしょう!?」
「……は、ぁ? ち、ちょっと待って、何の話よ!?」
ユーフェニアの言葉に、みるみる赤面しながら食って掛かるベリアルだったが、しかしユーフェニアはそんな様子に気付かずに、話を続ける。
「神剣が教えてくれたのよ……本当は世界を滅ぼしたくなんてないんだって。でも、冥界樹の眷属であるあなたはその使命からは逃れられなくて、だからずっと誰かに止めて欲しかったんだって」
「な、ちょ、貴女、何を……!?」
狼狽し、いよいよ顔を真っ赤にしてユーフェニアの口を塞ごうとするベリアル。
しかし、それが叶うよりも早く……ユーフェニアの手により、僅かに鞘から抜き放たれた神剣。
その刀身からから放たれた光が、この場にいるクリム達全員に、赤裸々なベリアルの想いを伝える。
初代皇帝への思慕と、人々への怒り。
降り掛かる試練にまるで抗えず、容易く崩壊していった、旧帝国への失望。
そして……その失望を感じる原因である、根底にあった
――誰か、私を止めて。
そんな、胸が張り裂けそうなほどに切々とした、彼女の真なる想いを。
余す事なく、伝えてしまったのである。
◇
「……あー、その。ベリアル、これは?」
神剣が空気を読まずに放った光が、ようやく収まった後。
めちゃくちゃ申し訳無さそうにしながらも、『おい、お前がどうにかしろよ』とその場の全員から放たれるプレッシャーに負けたクリムは……真っ白に燃え尽きて、口からエクトプラズムを漏らしながら立ち尽くすベリアルに、恐る恐ると言った様子で尋ねる。
「……えぇ、えぇ、全部真実ですわよ何か文句でもありますかしら!?」
「お、おぅ!? い、いや、別に文句は……」
再起動し、もはやガチで泣きの入った状態で詰め寄ってくるベリアルに、クリムは困ったように目を逸らしながら、武器を収める。
そんなクリムの方から興味を失ったベリアルは……次に、元凶であるユーフェニアの方へと大股で詰め寄ると、その襟を締め上げて睨みつける。
「私は、悪辣で非道なあなた達の敵、『悪魔ベリアル』として、あなた達に倒された。私はそれで良かったのに、それだけで良かったのに……ッ!!」
「え、あ、あれ?」
「よくもいらないことをベラベラベラベラとまあぶちまけてくれたわね……!」
「え? あ、私、なんかやっちゃった? ごめんなさい?」
恨みがましい目で睨まれて、不安そうに曰うユーフェニアだったが……
「あぁあああ『何かやっちゃった?』じゃないのよ! 何か、じゃないのよ! これ以上無いくらいやっちゃったのよ、この脳みそヘチマ娘が……ッ!!」
「いた、痛い痛い!?」
ギリギリと頬を抓られて、涙ながらに降参するユーフェニア。
そんな彼女の姿に溜飲が下がったのか、ベリアルは手を離してやると、すぐに真剣な表情になる。
「あなた達、何をのんびりとしているのかしら。さっさと武器を構えなさい」
「何を言っておるベリアル、もう……」
双方とも、戦闘を続けられるような精神状態ではなかった。
勝負はついた筈だ、そう言おうとしたクリムの言葉は、途中で中断された。
ベリアルが警告を発した瞬間――ドンッ、と地底から揺るがすような衝撃が走ったせいだ。
「……ッ!? この振動は何だ、ベリアル!」
「私のせいじゃないわよ。頼りない眷属は、もう用済みだってさ……本体が、封じられている冥界樹が、目覚めたようね」
全てを諦めたように上方へと視線を向けるベリアル……その見つめる先に蠢いていたのは、ベリアルの蔦とは違う、漆黒の蔦の群れだった。
「ベリアルさん、あれは止められないんですか?」
「無理に決まってるでしょう、私は所詮は眷属で、冥界樹復活のための駒。支配者である冥界樹には逆らえないの」
シャオの質問に、ベリアルは肩をすくめながら答える。
「それでもあなた達は抗うんでしょうけれど……種子である出涸らしが居ないから、即座にセイファートと取って変わられる事は無いはずだけど、溜め込んだ力は本物よ。せいぜい頑張る事ね」
そうクリムたちに向けて言い放った後、ベリアルは、再びユーフェニアを睨む。
「な、何?」
「……やっぱり私、貴女のこと大嫌いだわ」
「え、まさかのダメ出し!?」
縋り付くユーフェニアを、面倒そうに引っぺがすベリアル。それでもその手を引いて、ベリアルをこの場から逃がそうとするユーフェニアだったが、しかし。
「こっちの事情にはまるでお構い無しなところとか、変なところであの人にそっくり」
「待っ……!?」
辛辣な事を言いながらも……これまでとは違う、どこか優しい笑みを浮かべながら、ベリアルは、ユーフェニアをクリムの方へと強く突き飛ばす。
「でも……おかげで、いい夢を見れたわ――だから、ありがとうくらいは、まあ、言ってあげる」
そう言って、クリムたちも見た事がないような、毒気の抜けた笑顔で告げるベリアル。
直後――床を突き破り、足元より這い出して来た無数の黒い蔦が、ベリアルを呑み込んだのだった――……
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