間話:皇女と姫
『――この身は、呪いより生み出されたもの。
元より、私はこの世界に生きる者の敵。
繁栄と滅亡のサイクルの、滅亡を司る冥界樹の化身。
あの人がくれた偶然によって、一時の眩い夢を見る事ができただけの、システムの歯車の一つ。
だからこの世を憎み、嗤い、嘲り、止まらない衝動に突き動かされるままに破壊して……それが、私という存在。
……それでも。
たとえ、どれだけ穢れても。
たとえ、この身が本体から分離された、ただの呪いの集合体であったとしても。
あの人と大陸中を駆け回った輝かしい記憶は、色褪せずに、この胸の内に残っている。
だから、私は決して誰にも拾われない祈りを紡ぎ、請い願うのです。
どうか――私を、止めて』
◇
「――今のは……?」
それは、ほんの一瞬だけの、意識の間隙。
我に返ったユーフェニアは呆然と呟き、微かに熱を帯びた神剣を胸に抱え、首を捻る。
――白昼夢?
それにしては、祈るようなその声は、やけに鮮明に聞こえた気がする。
それに外野とはいえ、さすがにこんな決戦の最中に眠りこけたりする事はない……はずだ。
頭を振って気分を切り替え、今も激しく戦闘が続くエントランスホールへと向き直る。
――きっと、クリムさん達は勝つ。
新たに加勢した二人の人物……ラシェルの時に力を貸してくれたシャオ。それと、新たに加わった機竜の翼を持つ双剣士のお兄さん。
彼ら二人の力は凄まじく、今や戦況はこちら側へと傾いていた。
――大丈夫、あの人たちは負けない。きっと、私たちに平穏を取り戻してくれるはずだ。
そう、信じているのに。
何かよくわからない焦燥感が、胸を騒つかせていた。
――本当に、それで良いの?
――神剣を託してくれた『あの人』は、きっと私がこんな場所で安穏と傍観者になるために託してくれた訳じゃないはずだ。それは、きっと……
「あれ、君、私たちと同じ巫女? でも、羽の数が……」
不意に聞こえてきた親友の驚き混じりの声に、思索の沼に沈んでいたユーフェニアが現実へと引き戻された。
隣にいたシュティーアは、驚いたように目を見開き、傍にいつのまにか佇んでいた少女を見つめている。
そこに居たのは……ユーフェニアらよりも少し年下の、小さな銀髪の女の子。その背には、シュティーアと似たような金色の光翼が六枚、広がっている。
「皇女ユーフェニア殿下、このような場ではありますが、初めてお目にかかります……私、北方帝国盟主ソールレオンの妹の、ユリアと申します」
そう言って……まだ幼い、しかし驚くほど綺麗な女の子が、軽くスカートを摘んで堂に入った礼を取る。
ユーフェニアの友人知人、特に巫女なんて人たちは綺麗な子ばかりだけれど……目の前に居る少女は、そんな彼女たちすら凌ぐほどに可憐な少女だった。
――あー、お姫様って、私なんかより、この子みたいな子のことじゃないかなあ。
一応、容姿には密かにだが多少の自信があったユーフェニアだったけれども、しかしその自信とか諸々がちょっと翳ったりしつつ……そんな女の子がこのような危険な場所に居てはいけないと、少女を庇うように位置を変えながら語りかける。
「ここは、まだ危ないよ。君、私の後ろに隠れて……」
「皇女殿下は、あの人のことを助けたいんでしょうか?」
内心を見透かしているような少女の言葉に、ユーフェニアが言葉に詰まる。
……少女の言う通りだった。
ユーフェニアは今、眼前の敵――ベリアルと名乗っている女が今まさに破滅に向かおうとしていることに、ここに来てからずっと焦燥感を抱いている。
だが――ユーフェニアはそんな彼女を討ち、冥界樹を封じ、帝都を解放せんとする集団の旗頭なのだ。
「でも……相手は皆の敵で、クリムさん達も頑張って戦っているのに、私がそんな漠然とした理由で戦いたくないなんて言う訳には……」
あれこれと理由を並べ立てているユーフェニアだったが、しかし少女は、その手にそっと触れると、真っ直ぐにユーフェニアを見つめて口を開く。
「皇女殿下。誰かを助けたいと少しでも思ったなら……きっと、行動しないと、ずっと後悔すると思います」
少女の言葉に、ユーフェニアがハッと顔を上げる。
「――って、きっと私のお母様なら言ったと思います」
そう、生意気なことを言いましたと照れ笑いをしながら話を締める少女に……なんだか憑き物がストンと落ちたような笑顔を浮かべて、ユーフェニアが頷く。
「……そうだね、本当にそうだよ。こんなうじうじ悩んでるのはらしくないよね。ありがとう、おかげで吹っ切れたわ」
ユーフェニアは、ニッと笑顔を見せて、未だ続く戦場の方を見据えて歩き出した。
「あ、あの、ユーちゃん?」
「ごめん、シュティーア。私、今からちょっとわがまま言うけど付き合ってくれる?」
「……はぁ。まあ、いつものことだしねー」
諦めたように苦笑している親友に、感謝しつつ。
「――あんたにも、付き合って貰うわよ」
そう呟いて覗き込んだユーフェニアの手中で……鞘に収まった神剣は、いよいよユーフェニアの手さえ焼かんばかりの熱を発し始めていた。
それはまるで――真なる解放を、今か今かと待ちわびるかのように。
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