帝城突入
――帝都での戦闘が始まって、数時間が経過した。
次々と湧き出しては行手を阻む敵たちに、進軍はなかなか思うようにはいかなかったが……しかしそれでもジリジリと何時間も掛けて、クリムたちはもう帝城へと続く大橋まで到達していた。
「――これで!」
「終わりです!」
雛菊の刀が、今見えている中で残る最後の魔物の、四肢に位置する
末端を失い、残る胴体と頭に該当するコアで形態変化しようとした人型の魔物だったが、しかしその隙を予測していたリコリスの放った光弾が残るコアを正確に撃ち抜き、消滅させる。
奇怪な特徴を持つエネミーであれど、ここに至る戦闘で、すでにその対処も慣れたもの。
これまでの戦闘経験から最適化された動きで魔物を討って回るクリムたちを、片時すら止めることもできなくなっていた。
「……私だって、爆弾が禁止されてなかったら活躍できたのにぃ」
「街中でテラフレイボムなんて使用させるわけないでしょ」
「後から復興させるんだから、燃やすんじゃねぇよ」
ぶつぶつと不平不満を呟きながら、ここまでの戦闘では最近新たに取得した銃スキルで接近するエネミーを押し留めていたジェード。
そんな彼女に、後衛部隊の護衛をしていたサラと、同じく銃を使って援護射撃をしていたリュウノスケが夫婦で同時にツッコミを入れていた。
「――ねぇ、クリムさん」
「ん、どうかしたか、ユーフェニア?」
そんな戦闘の最中、隣を歩くユーフェニアが、クリムの外套をちょいちょいと引いて声を掛けてくる。
「残る一人の悪魔……ベリアルだっけ? その目的は、冥界樹クリファードの完全復活なんだよね?」
「うむ……少なくとも、本人はそう言っておったな」
「それって、いつ?」
ユーフェニアの質問に、クリムが言葉に詰まる。
「……分からん。今はその鍵となる少女が自らを封印し復活に抗ってくれておるが、それがいつまで持つかは……む、そういえばたしかに、いつなんじゃろうな?」
思えば……公式からの帝都解放のアナウンスはあったが、攻略の期限は明確には切られていない。
今更ながらそんなことを思い出して、クリムも首を傾げる。
――もしかしたら、時間を掛け過ぎたら突然イベントが進む可能性もあるのか?
そんな考えに薄ら寒いものを感じるクリムだったが……
「まあ、それでも我らは来るべき場所まで来てしまったのじゃからな、今更どうとも言えんな」
「……うん。そうだね」
いまだ何か引っかかっているような顔をしながらも、ついてくるユーフェニア。
そんな話をしているうちに……巨大な橋が、その風景を一変させた。
帝都中心にある湖をまたいで銀葉宮に続く、唯一の入り口である巨大な橋……その中程にある、大規模なグラウンドほどに広くなった一角。
本来であれば帝城を望む観光名所だったり、来客の憩いの場であったのだろうその広場で、しかし瘴気の無い清浄な空間は途切れていた。
「さて……ここが、エクリアスの浄化の効果範囲の限界地点だね。それじゃあ、ここからはアタシが浄化を引き継いで……」
そう、レオナが周囲に陣地設営の指揮を飛ばしている時だった。
『――ようこそ、赤の魔王。それにあの子の勇者様。たぶん、一番乗りはあなた達だとは思っていたわ』
「その声は……ベリアル!」
どこからか聞こえて来た声に、クリムを始めとした仲間たちが、最前線へと飛び出す。
しかし……庭園内には、ベリアルの姿は見えない。おそらくは音声だけをこちらに飛ばしているのだろう。
「もう諦めろ、いずれ全勢力がこの場に集う、お前一人でどうにかなると思っているのか!?」
クリムの降伏勧告に、しかしベリアルは愉快そうに笑う。
『一人……? いいえ、あいにくと、私一人ではないわ』
そんな、余裕を見せるベリアルの言葉。
それと共に、庭園の床を突き破って五つの蔦が這い出てくる。
その、まるで繭のように何かを内包した蔦は、地上に出てきてすぐに綻び、その内容物を吐き出した。
それは……中央に赤い核を持つ、どろっとした不定型の何か。
「こいつらは……!」
「クロノちゃん、何か出てきた! す、スライムが何かかなぁ?」
「いや……ラン、これは違うね」
「クリムちゃんたちが連れていた、ルージュちゃんみたいな……?」
スザクたちが、ざわざわとそんな会話をしているが……おそらくハル予想、ドッペルゲンガーが正解だろうと、クリムは察する。
――となれば、そこで模倣されるのは……!
背筋をざわつかせる感触が、そのドッペルゲンガーたちが只者では無いことを否応なく予感させる。
蔦から放出された泥のような黒い影が、まるで粘土を捏ね回すようやなしながら、みるみる人型へと明確な姿に形作られていく。
現れたのは……翼があったり、山羊の角のような者がいたりと姿は様々だったが、五体の少女の姿をした何か。
「……これまでに、すでに消滅した悪魔たちか!」
ハッとした様子で叫んだフレイの言葉に、周囲に緊張が走った。
『ええ、その通り。5iアスモデウス、6iベルフェゴール、7iバール、8iアドラマリク、そして10iナヘマー。過去に使命半ばで散った悪魔たちよ』
そんなクリムたちの様子に、愉快げな色を含んだベリアルの声が、解説を加える。
実際に『調べる』を使用しても、同様の結果。それぞれが悪魔の能力を取り込んだドッペルゲンガー軍団だ。
「なるほど、あのルルイエの時に、お主が都合良く来ていたのは……」
『ご明察、この子たちを確保するためよ。もっとも、あんたらのとこにいるおチビちゃんと違って、記録されている能力を再現しただけの木偶人形だけど……あなたはよく知っているわよね、単純な性能は本物よ?』
そんなベリアルの言葉に、クリムの頬に一筋の汗が伝う。
戦闘経験の差も加えれば一概には言えないだろうが、しかしパラメーターはほぼ完璧にコピーするのが、あの『ドッペルゲンガー』だ。
つまり――リリスたちと同格、あるいは戦闘に消極的な彼女よりは格上の敵が、ここに五体同時に居る。
皆の顔に今度こそ緊張が浮かぶ中、それでも一歩前に出る者がいた。
「……盟主のお嬢ちゃん、それに皇女殿下も、ここはあたし達に任せて行きな!」
「レオナ!?」
「勘違いするんじゃないよ、当然勝つつもりさ。あたしが、こんな残滓如きに負けるわけが無いだろう?」
「……分かった、信じる。あなた、この後仕事がたくさんあるんだから、こんなところで脱落しないでよ!」
両拳を打ち鳴らし、背中に金色の翼を展開しながら黄金の闘気を纏うレオナ。その不敵な笑顔に、制止しようとしたユーフェニアがその手を引っ込めて、頷く。
また、踏み出す者は、連王国の側からも存在した。
「行ってこい魔王様、そしてベリアルのやつを吹っ飛ばして来い」
「エルミル……?」
「うむ、ここは俺たちが任された。必ず彼女たちNPCたちは無事に生還させる、約束しよう」
「ジェド、お前たちも」
そう、エルミルとジェドをはじめ、ここまでついて来た連王国の仲間たちが揃ってクリムへと頷く。
「はぁ……で、スザクも、行くんでしょ」
「因縁の相手なんですよね、頑張ってくださいね!」
「お前たち……」
ここまでスザクたちについて来たピスケスとコルンも、どうやらここに残って援護するらしい。
「ということで、あなた方はさっさと首魁をどうにかして来てください。癪ですが、あれがあなた方の使命に関係するならば、それが一番良いでしょう」
「セオドライト、お前まで……」
クリムを制し前に出たセオドライトと、そんなクリムたちを守るように抜刀する聖王国のプレイヤーたち。
「すまん、セオドライト。助かる」
「い、いえ、スザク先輩の為でしたら、このくらい全然! ……待っている人がいるんでしょう、頑張ってくださいね、先輩!」
「……分かった、ありがとうな。お前たち、ここは任せた!」
「いずれソールレオンとシャオらも救援に来る、決して無理はするでないぞ!」
そう皆に言葉を残して、広場を抜けて走り出すクリムとスザク。
その後をルアシェイアの皆と、ハルやクロノ、ランらスザクの仲間たちが続く。
五体の悪魔の道を塞ぐように展開した皆の後ろを通り抜け、クリムたちは庭園を駆け抜けて……いよいよベリアルの待つ帝城『銀葉宮』へと、突入したのだった。
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