帝都アルジェント決戦

「――ようやく、ここまで来た」


 万感の思いが籠った呟きが、急くように先頭を歩いていた彼……スザクの口から漏れ出る。


「ダアトちゃんが眠りについてから、三ヶ月とちょっとかぁ……本当に、長かったね、スザク君」


 隣でしみじみと呟くハルに頷き返しながら、スザクは顔を上げる。


「こら、何を二人でしんみりしてるんだ」

「約束だったよね、そのダアトちゃんを助け出したら、ちゃんと紹介してくれるんでしょ?」

「あはは、ごめんねー」


 そんな二人を軽く小突きながらのクロノとランの言葉に、ハルが手を合わせて平謝りしている。


 そんな緊張感のない光景に、つい口元を緩めたスザクだったが……すぐに彼は、再び帝都の方へと向き直る。



 今も世界樹セイファートの元に封印されているダアトが、発芽を抑え続けている、冥界樹クリファードの力の本体が封じられたこの地。


 そんな帝都外壁の東門が、まるでスザクたちを誘い込むかのように口を開けて、待ち構えていた。





 ――旧帝国首都、『帝都アルジェント』。


 中心に、帝城『銀葉宮ぎんようきゅう』を構える島が浮かぶ、太古に何かが落着した痕跡と考えられている巨大な湖を抱いた、巨大都市。


 帝国発展の象徴であり、大陸統一国家の誇り。


 今はすでに亡き、獅子の皇の夢の跡。


 その開かれている門から覗く、本来であれば繁栄を謳歌していたはずの質実剛健な構えの家々が立ち並び、綺麗に舗装されていたはずの大通りは――今ではもう、あちこちから舗装や建築物を突き破って生えている赤黒い蔦に覆われて、濃い瘴気に満ちた魔境と化していた。




 ◇


「――これ以上先は、浄化無しで踏み込むのはやめた方が良さそうじゃな」


 門の中へと投げ込んだ薬草が瞬く間に枯れ果てたのを目にして、クリムが顔を顰める。


 瘴気の濃度が、ここまでとは桁違いだ。下手をすれば、『聖遺物』シリーズを纏うクリムたちですら影響を受けかねない。


「……クロウ、お主の見立てではどうじゃ?」

『そうだナ……行けるんじゃアないカ? あっとイウ間に骨マデ腐っても良いナラな』

「うげぇ……」

「それは大丈夫とは言わないよぅ」


 クリムの問いに対するクロウの回答に、フレイとフレイヤが揃って嫌そうな顔をする。


 となると……巫女の誰かが、この地点で『浄化』を展開する必要があるだろう。


「それじゃあ……エクリアス、ここは頼んでいいかな?」

「わかった、頑張る」

「キャシーも、交代要員として残ってくれ」

「うん、任せてレオナ」


 レオナの指示に、エクリアスとキャシーが頷いて、背中の光翼を解放する。


 これまでよりも濃密だった瘴気が押し戻され、清浄な空間が広がっていくが……しかし、広大なこの『帝都アルジェント』を全て覆うまでではない。


 ……と、そんなことを確認したとき、北と南に動きがあった。


 ソールレオンたち北方帝国と、シャオたち共和国が攻略してきた方角からも広がった浄化の空間が、帝城付近まで彼らも来ていることを知らせてくれていた。


 しかし、この広い帝都アルジェントにおいて、端からではまだ街の中心の湖に浮かぶ島、帝城のある場所までは浄化の範囲が届いていない。



「そうだな……帝城には、あたしが向かう。ライブラ、この本陣の守りは任せたよ」

「ええ、何が来てもエクリアスちゃんには指一本触れさせないわ」



「ユーちゃんも、帝城に向かうんだよね? なら、私もついていく」

「シュティーア……ありがとう、君がそばに居てくれるなら、私にとっては何よりも心強いよ」



「ごめんなさい、セオドライト様……私は、ここに残って休んでいるフィーユについています」

「それが良いでしょう、妹さんのこと、しっかり守ってあげてください」



「私もついて行ってあげるわ! 感謝しなさい、スザク!」

「……あー。まあ、怪我しないようにな」

「何よその微妙な返事は!?」

「あはは……私も、ピスケスちゃんと一緒に同行します。後ろからの援護は任せてください」



 あちこちから、先鋒を務め出撃する者、補給陣地の防衛に残るものらが声を掛けあい、自然と役割ごとに分かれて己が配置につく仲間たち。



 先鋒を務めるのは、やはりというかクリムたち『ルアシェイア』。

 最大の打撃力を持つクリムたちを中心に、脇を固めるのは連王国から『銀の翼』と『黒狼隊』の武闘派組。他の皆には、補給陣地の護衛の方を頼んである。


 それと、戦力の中心を占める、聖王国の精鋭部隊と、ユーフェニアとレオナを中心としたレジスタンスたち。


 加えて、スザクを中心とした、勇者パーティ。



 そうして先遣隊となるこれらのメンバーが、毒々しい赤い蔦がのたうつ帝都大通りに踏み込んだ。


 その途端、周囲の地面から染み出すように続々と湧き出てくるのは……以前、緋剣門で戦った巨人をダウンサイジングしたような、球体の核を瘴気で繋いだ人型の魔物たち。


 続々と湧き出てくるそんなエネミーの群れに対し、ユーフェニアが腰の神剣を抜き放ち、その切っ先を向ける。


「それじゃあ――皆、力を貸して! 目指すは帝城『銀葉宮』……ここで、この帝都決戦を終わらせますッ!!」

『――おぉおおおおおおッ!!!』



 周囲一帯の者たちが、拡がっていく神剣の光に包まれていく中で、ユーフェニアの号令に鬨の声が続き――直後、真っ先に敵の先鋒を手にした大鎌で薙ぎ払ったクリムを先頭にして、皆が駆け出した。



 ――緋剣門が解放され、大陸中央部が開かれてから、およそひと月。



 こうして今、残る旧帝都を巡る総力を挙げた決戦が、ここに火蓋を切られたのだった――……

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