冥界樹精霊ベリアル戦①

「……酷いものじゃな」

「お館様、これ……完全にアウェーだと思うんですけど!」


 最前列で帝城に踏み込んだクリムとセツナが、本気で嫌そうな声をあげる。




 国家の威信である、帝城『銀葉宮』――その、本来ならば広く豪奢だったのであろうエントランスホール。

 そんなホールは今、床を突き破って這い出した蔦や茨がびっしりと覆い尽くし、蠢き、見る影もないほど無惨に変貌していた。



「これは……皆、全周囲に警戒を怠るなよ」

「周り全部、敵に囲まれてるようなものだもんね……」


 フレイの警告に、フレイヤを先頭に円陣を組んで慎重に進む一行。

 そうして、エントランスホールの中心あたりまで来た、そんな時だった。




「――ようやく来たわね、赤の魔王」


 頭上から降って来た声に、クリムがバッと顔を上げる。


 入り口から見て正面の上方、おそらく二階の渡り廊下であったのだろうそこには……黒いドレスを纏ったベリアルがいつの間にか、悠然と足を組んで腰掛け、眼下を睥睨していた。


 だが――その姿を見たクリムを始めとする皆が、その姿を見て驚愕の表情を浮かべる。


「ベリアル……お主、その姿は……」


 ……クリムたちが彼女を最後に目にしたのは、世界樹の下で敵対した、三か月前。


 この三ヶ月の間に、彼女はすっかりと様変わりしていた。

 樹精霊であるために身に纏っていた蔦は、半分以上が黒い茨に置き換わっており、顔や手などのドレスの端から覗く素肌の部分も一部が黒く変色している。


 その冥界樹に半ば侵食されたような姿に、フレイヤやリコリスなど温厚な者たちを中心に、息を呑む。


 そんな、緊張した空気の中。


「あの、えぇと……ベリアルさん!」

「ん、貴女は……ッ!?」


 ユーフェニアの姿を見たベリアルは、一瞬驚きに目を見開き……すぐに、忌々しげな表情になる。


「なるほど、貴女が……報告通り、ムカつくほど『あの人』に瓜二つね」


 そう吐き捨てるベリアルに、しかしユーフェニアは彼女を見据えて問い掛ける。


「ベリアルさん、あなたは……本当に何がなんでも冥界樹を目覚めさせて、この大陸を滅ぼしたいの?」

「……何?」


 真っ直ぐに見つめて問い詰めるユーフェニアに、ベリアルは眉を顰め、怪訝そうな表情を浮かべる。


「あなたは、本当にそのつもりなら、とっくに実行できていたんじゃない? でも、本当は……っ!」

「黙って……その顔で、ペラペラとくだらない憶測をさえずらないでくださらないかしら?」

「でも……ッ!」

「言っておくけど……私、この場に居る全員の中で、貴女が一番嫌いなのよ。分かったら、少し黙っていてくれない?」


 まるで虫を見るような冷たい目で見下ろされ、ユーフェニアがまだ何か言おうとして……しかし何も話せず、ぐっと言葉に詰まる。


「ユーフェニア、お主は神剣は抜かずに下がっておれ。シュティーア、彼女を頼む」

「……分かった」

「任されました。さ、ユーちゃん?」


 クリムの言葉に、なおも気にした様子でベリアルの方をチラチラと伺いながらも、シュティーアに促されて後方へと下がっていくユーフェニア。


「それと……サラとジェード、それにリュウノスケは、彼女たちを頼む」

「ええ、わかってるわ」

「私たちだと、この後の皆の戦闘についていけないもんね」

「何かあれば、皇女様は体を張ってでも守ってやる、任せてくれ」


 ――ここからの戦闘では、おそらく背後に気を配る余裕は無くなるだろう。


 皆がおそらく自分の身を守るのに精一杯な中で、ならば誰かは自分よりも、何かあったら取り返しのつかないユーフェニアとシュティーアを守る者が必要だ。


 我ながら酷い宣告をしているとクリムは思うが、しかし彼らもそんな心情は理解してくれており、クリムの指示に快諾してくれた。


 心の中で深く頭を下げて……改めて、スザクと共に最前列に立ち、手に大鎌を精製する。


「さて……ベリアルよ、待たせてすまなかったな」

「ここで、今度こそ決着をつける。そして冥界樹の発芽を阻止して、あいつを助けさせてもらうぞ、ベリアル!」


 そう宣言するクリムとスザクに続いて、皆が己が武器を手にして並ぶ。


「あら、怖い……なら今回は、全力で相手をしてあげるわ」


 そんな光景に……しかしベリアルは少しも怯んだ様子を見せず、周囲を蠢く蔦の一本が恭しく差し出した鞘から、勢いよく剣を抜き放つ。


 ――漆黒の刀身に、毒々しい深紅の模様が入った長剣。それは、ダアト=クリファードがスザクへと与えたあの魔剣に、瓜二つの形状をしていた。


「……てめぇ、俺への当て付けかよ」

「別に驚く事でも無いでしょう、勇者様? あの出涸らしが作れるなら、力の大半を持ってきた私に作れない訳がないのだから」


 そう言って数度、剣を試しに振るうベリアルの手付きは、意外にも、ぎこちなさは微塵も無い。


 考えればそれも当然のことで……彼女も、元は獅子赤帝の側で幾つもの戦場を駆け、最前線にて剣を振るった英雄の一人なのだ。本体自身もひとかどの剣豪だと考えるべきだろう。


 そして……問題は、あの黒い魔剣。


 シャラン、と意外にも涼やかな音を立てて振るわれ、切先を正確にクリムへ向けて突きつけられた漆黒の剣から、ぶわりと可視化できる濃度の瘴気が溢れ出した。


 見るからに触れたら危険そうなその魔剣を見て、クリムたちに緊張が走る。


「そうね、いい加減あなた達の顔も見飽きたし……決着といきましょう、赤の魔王、それと勇者様!!」


 哄笑と共に、エントランスホールに張り巡らされた蔦や茨が彼女の意を受けて蠢き出し、縦横に奔り出す。





 こうして、旧帝都に残る最後の悪魔、クリフォ11i『ベリアル』との死闘が、幕を上げたのだった――……

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