衛星都市攻略完了

 ――ルキフグスとの戦闘が終結した、商業都市クリュソスにて。



 そのルキフグスはというと……チーン、という鐘の音が聞こえてきそうなほど、真っ白に燃え尽きた様子を晒していた。


 蒼天魔導士団と共に従軍していた巫女アリエスが、そんなルキフグスに封印を施している間ですら、もはや抵抗も見せない。



 ――戦闘中、彼女がどのような目に遭わされたのかは、その名誉のためにあえてここでは語るまい。



「はは……あはは……何よぉ、いっそ殺せぇ……」


 すっかり壊れ、うわ言を繰り返しながら生気を失った目で虚空を見つめているその姿に……一人だけ満足そうに笑っているシャオを除いた共和国全てのプレイヤーから、同情の視線を集めていた。


「あー……えっと、大丈夫?」


 怨みつらみがあったはずのメイですら同情心の方が勝り、屈んで目線を合わせ、そう優しく語り掛けると……ルキフグスはみるみる目に涙を溜めて、その胸に飛び込んで子供のように泣きじゃくり始めてしまう。



 ――これが、あの凶暴な悪魔ルキフグスの成れの果てかぁ。



 さんざん苦戦させられた敵ボスの憐れな姿に、皆揃って複雑な心境を抱え微妙な顔をする、共和国所属プレイヤーたち一同なのだった。





 と、まあ微妙な空気の中、滞り無く悪魔ルキフグスの封印も済んだ。


 あと残る『傷』の浄化のため、壊滅同然の被害を受けた商業都市のメインストリートを進む中で、もはやクリフォの力を振るえぬ普通……というにはいささか魔法に精通しすぎではあるが……の少女になったルキフグスにすっかり懐かれてしまったメイが、彼女から色々と事情を聞いていた。


 それによれば彼女、ルキフグスは……元々、顔を隠していなければまともに外出できないほどの、引きこもりなのだそうだ。


 元は、若くして帝国国営の魔法研究所に採用された、稀代の魔法研究家、および魔導具研究家であったらしい。


 そんな彼女は、普段の気弱で対人恐怖症な性格の反動で、顔を隠している間は『ああ』な性格になるそうだが……しかし今はもう、シャオの姿が視界に入るだけで怯えて震え出す始末。


 そんな存在を前に、ろくな事を考えないであろうシャオはというと。



「はは、これはちょっと面白いですね」

「こら、シャオ君?」

「あだっ……何ですか、アリエスさん」

「ダメよ、女の子を怯えさせて喜ぶなんて」



 ……と、巫女アリエスからお説教されていた。



 いずれにせよ、もう悪魔『ルキフグス』は脅威ではない。


 こうして、学術都市メルクリウスに続いて商業都市クリュソスにおける戦闘も、全て終結した。


 残る悪魔が待ち構えているのは……北方帝国が攻略中である、『歓楽都市ディアマンド』のみとなったのだった。






 ◇

 ――同時刻、帝都アルジェント北にある三つの衛星都市の最後の一つ、歓楽都市ディアマンド。





「――化け物か、お前」


 戦闘の余波によりほとんどの建物が倒壊し、すっかり荒れ果てた……元は帝国最大の歓楽街だったこの場所。


 その中心にて、もはや何もかも諦めた調子で呟いたのは……黒い鱗に覆われた竜の翼を持ち、頭には漆器のような黒い竜の角を生やした、プラチナブロンドの少女だった。


 一見すれば、儚げとも言える美しい少女。


 しかし、ところどころ鱗が見える華奢な身体にゴツい漆黒の鎧を纏い、身の丈ほどもある大剣を手にした彼女は、見た目通りのか弱い少女などではないことが一目で見てわかる。


 だが………そんな彼女、クリフォ4i『アスタロト』は今、全身に決して浅くはない傷を負い、その鎧の大半を砕かれて、折れた刃を杖に身を起こしているのがやっとという凄惨な有様になっていた。


 そんな彼女の眼前に、悠然と佇んでいたのは……




「――ふう。まあ初めての実戦投入としては、上々の出来かな」


 そんな、どこか満足そうな声。


 その声の主は、この『Destiny Unchain Online』においては異様な鎧を纏っていた。



 周囲を、まるで妖精を従えているかのように、状況に応じ位置を変えつつ浮遊している二枚のエネルギーシールド。


 追従するように背に浮かび、ゆっくりと羽ばたいているのは、まるでビームのようなエネルギーの皮膜を張る、竜と機械が融合したような翼。


 さらにその後ろに光輪によって円型に繋がれて浮かんでいるのは、それぞれ違う色のエネルギーラインを明滅させている、八本の機械じみた長剣たち。


 そして……竜の頭のようなヘッドガード。その目に当たる部分には、まるでバイザーのように、何らかの情報が投影された透明なスクリーンが明滅している。


 そんな、どこかSFの戦闘用強化外骨格のようなものを纏い、僅かに浮遊して双剣を構えているのは――ノール・グラシェ北方帝国盟主、ソールレオンだった。



「レオン、ずいぶんと楽しそうでしたね?」

「はは……まあそう言わないでくれラインハルト。やはり自由に動かすことができる翼があると、こう……本来の自分に戻った感じがして、つい、はしゃいでしまったんだよ」

「ですよねぇ……」


 側に控えたラインハルトの言葉に、ソールレオンは照れて頬を掻きつつも、上機嫌に答える。そんな彼の言葉に、ラインハルトは納得したようにしみじみと頷く。


「やれやれ……久々にボス戦に参加したもんでカンも鈍ってるかと思えば、とんでもねえな、うちのボスは」

「ああ、約束通りクリムたちと決着をつけるまで、私は誰にも負ける訳にはいかないからな……この『ドラゴンアーマー:ヴォーダン』も、もうだいぶ慣れたし、ね」


 この戦場に集うプレイヤー皆を代表するように、呆れたように肩を竦めるシュヴァル。

 そんな彼に対して、ソールレオンはフッと不敵な笑みを浮かべながら、周囲に浮かんでいた外装を消して、元の姿へと戻り着地する。


「それで……どうする?」


 もはや、決着はついただろう。


 言外にそう問いかけられた竜の少女アスタロトは、悔しそうに表情を歪め……しかし、諦めたようにふっとその表情を緩め、口を開く。


「……あなたの好きにして。これだけ完敗だと、悔しいを通り越して諦めもつく」

「そうか……それじゃあ、ユリア」

「あ、はい、お兄様!」


 ユリアが、両隣に控えている双子の巫女に指導されながら、悪魔アスタロトに封印を施していく。




 ……これで、三つの衛星都市最後の一つであったこの歓楽都市ディアマンドの戦闘も、終わりを告げた。


 未だ戦況の行方が不明な西側は、そもそも陽動の色が強いため除き……あとは他の二方面に展開している部隊と協力し、帝都アルジェントへと向かうのみ。



 決戦の時は、もう、すぐ間近まで迫っていたのだった――……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る