魔眼の王


「――なるほど、おおむね理解しました」


 戦闘指揮の片手間に眺めていた、自分の新たなステータス画面を確認し終え……シャオが不敵な笑みを浮かべながら、トンとウィンドウを指で叩いて消す。



 ――種族『シャドウ』改め『魔眼の王バロール』。



 それが、種族進化を果たしたシャオに与えられた、新たな種族であった。





「お前、おまえオマエぇ!? サイコーだぜ、最高にキマッちまってんな、クフ、クハハハハッ!!」


 タガが外れたような哄笑を上げながら、再度ルキフグスがシャオに向けて、拳銃を模して構えられた指先を向ける。


「――お兄!」

「問題ありません、皆、自分の仕事に専念を!」


 ルキフグスの指先に集う魔力光を見て、咄嗟にシャオへ振り返ったメイの叫びに……しかしシャオはそう告げると、額の、赤から金色に変化した第三の眼、魔眼へと意識を集中させる。


 世界が、ほんのごく一部であるが、捻じ曲がる感覚。


 元々はただの飾りであったシャオの額の眼は、今はその魔力を喰らい世界を書き換えて、見つめる先へと変化を及ぼした。


「……魔眼! それも、かなり強力なレアもの!」


 眼前で起きた現象に、ルキフグスが驚愕と共に、物欲しそうな歓声を上げる。


 ――歪曲の魔眼。


 限定的に内部がめちゃくちゃに歪められた空間と、ルキフグスが放った閃光が激突して――その閃光は歪曲空間の中で千々に拡散されて、ただの虹の輪となって無力化され、消えた。


「――くふ、クフフフッ! 面白え、やっぱり面白えよオマエぇええッ!!」


 笑いながら両手に魔法を展開するルキフグス。


 それに対してシャオも両手を振るうと、そのルキフグスが展開しようとした魔法が、またも構成を失い消滅する。


「あん……? ああ、なるほどな、こっちの魔法にアンチスペルを咬ませて相殺してんのか、器用な真似しやがるな、オマエ!!」


 ルキフグスの言葉に、シャオがチッと舌打ちする。


 歪曲の魔眼とともに新たに追加された種族特性のうち二つ目、『魔導王』。


 既存の魔法の構成を分解しカスタマイズして使用できるというこの特性を利用して……シャオは、ルキフグスの使用しようとしている魔法に介入、各属性抵抗魔法を無理矢理に魔法式に割り込ませ、エラーを吐きださせて強制終了させているのだった。


 あるいは、普通のエネミー相手ならば、こんな裏技は使用できまい。


 だがしかし、以前クリムの言っていた言葉……『悪魔との戦闘は、AIが操るプレイヤーキャラとのPvPである』という言葉に着想を得て、対・悪魔ルキフグス対策として理論検証はしながらも、結局はこの決戦に完成が間に合わなかった技術アーツ――名付けて『スペルブレイク』。


 それは、一度は諦めながらも、新たに獲得した能力により洗練されて完成を見た、他者には真似どころか思いつくこともできない、シャオだけの絶技。


「だが……読めたぜ、そいつはどう頑張っても同時に二つまでの魔法を消すのが限界だなァ!」

「……ッ」


 ルキフグスの指摘に、シャオが表情を微かにだが歪める。それは、図星であると自白したもの同然に見えた。



 対象の魔法自体をキャンセルするスペルブレイクは……ただし、それだけのことを成すからには当然ながら、制限もあった。


 この肝心要となる『魔導王』によりカスタマイズした対抗魔法を放つには、手による操作が必ず必要となる。そのため同時にキャンセルできる魔法は、両手の分、二つが限界となる。


 また、もう一つの欠点として……割り込めるのは向こうが魔法を組み上げる最初期、術式の構成が確立できるまでのごく僅かな時間のみ。


 それに合わせて抵抗魔法の構成を混ぜ込むためには、その都度、こちらも種族進化と同時に獲得した三つ目の種族特性『思考超加速』を挟まなければならず……普通ではあり得ざるレベルにまで加速された思考の負担は甚大であり、精神的な疲労感は凄まじい勢いで蓄積していた。


「やっぱりもう終わりだぜ、お坊ちゃんよォ!!」

「くっ……みなさん、散開を!」


 焦ったようなシャオの指示に、ルキフグスは自身の予想が正解であると、壮絶な笑みを浮かべる。その周囲には、四つの火炎魔法の陣が同時に展開されていく。


「……そろそろ、おねんねしな、お坊ちゃんよォ!!」


 ルキフグスの周囲に展開し、もはやスペルブレイクも間に合わないくらいに完成された四つの魔法陣。


 否、たとえこのうち二つをスペルブレイクしても、残る二つが確実に、シャオの小さな身体を灰にするだろう。


 もはや、打つ手なしか。

 そう、ほとんどの者が思った瞬間だった。



 ――戦場が、眩い閃光に包まれたのは。






 ◇


「――がはっ!? な……何が、起きた……!?」


 全身を黒焦げにしながらも、未だ健在でふらふら立ち上がる……先程の爆心地にいたルキフグス。


 一方で、シャオとその仲間たちは、少し離れた場所で何事もなく健在だった。


「アタシの魔法が、暴発した……ッ!? テメェ、まさか……!!」

「おっ……と。さすがですね、もうこちらにも気付きましたか」


 シャオに食ってかかるルキフグスに、しかしシャオは先ほどの焦りの色などもはや微塵も無く、ただ悪どい笑みを浮かべ、頷く。


「その通り……あなたの魔法を、過剰に注ぎ込んだ魔力によりオーバーロードさせてみました」




 ――先ほどまでの物を『スペルブレイク』と呼ぶならば、こちらは『スペルジャック』とでも呼ぶべきか。


 ルキフグスの操るそのプレイヤーより遥かに強力な魔法は、しかし今度はシャオの手により構成を書き換えられ、ルキフグス自身から吸い上げられた過剰な魔力を供給されて、ルキフグス自信へと襲い掛かったのだ。


 元々、極限まで洗練されているルキフグスの魔法、その構成式には、遊びがない。

 そこに、数倍の魔力を術者から吸収し増幅する命令を書き込まれたのだ。


 完全にキャパシティオーバーとなったその魔法は、もはや耐久力の限界を遥かに超えた火薬を詰め込まれた大砲のようなもの。

 発動と同時に砲身である式が崩壊し、その場で全ての威力を炸裂させるのも、当然であった。


 しかも、その暴走した魔法に消費される魔力はほぼルキフグスのものである。シャオが自前で消費した魔力量など、余計に書き加えた『増幅』のコマンド分しかない。


 つまり……全てルキフグスの損、シャオ丸儲けという鬼のような対魔法カウンター技であった。




「ところで……良いんですか、可愛いお顔が丸見えになっていますけど?」


 そんな呑気なシャオの言葉に、しかしルキフグスの反応は激甚だった。


 何を言われたのか理解した瞬間、頭に手を伸ばしてローブのフードと顔の上半分を覆っていた仮面の確認。

 しかし、それらは先程のシャオの発言通り、爆風に呑み込まれて焼け落ち、吹き飛ばされてもう存在していない。


 その隠されていたルキフグスの素顔は……意外にも、肩のあたりで切り揃えた黒髪のおかっぱ頭をした、純朴そうな可愛らしい女の子だった。

 唯一、先程までの言動に似合っていそうなところは、やや凶悪なギザギザ歯をしているくらいか。


「う、うそ……や、やだっ」


 それを確認した瞬間……ルキフグスは、顔を真っ青にしたり真っ赤にしたりと忙しなく顔色を変えながら、腕で顔を隠すようにしてジリっと後退する。


 これまでの苛烈さとは一転、何やら初心な少女のような反応を見せたルキフグスに……シャオが、良い玩具を見つけたとばかりに嬉しそうな笑顔を浮かべた。



 ――その表情を見た共和国のプレイヤーたちは、皆一致して『悪魔が居る』と感想を抱いたそうだが、それはそれとして。



「いやぁ、あまりにも頑なに顔を隠しているものですから、どんな自信がないのかと思っていましたが……」

「な……なんだ、やんのかテメェ!」

「いえ、ルキフグスさんはフードを外すと、随分と可愛らしい姿をしていると思いまして。いや、本当に可愛いですね!」

「ひっ……や、やめろぉ!」

「は? やめてくださいお願いします、でしょう? いやはや、でもそんなところも可愛らしいですよ?」



 すっかり真っ赤になって、右手の袖でシャオから顔を隠すルキフグスと、それに追い討ちを掛け、嬉々として可愛い、可愛いと声を掛けているシャオ。


 とうとう我慢の限界に達したのか、グルグル目を回したまま衝動的に次々と魔法を放つ彼女だったが……そんな打算も何も無い散発的な魔法など、全てシャオにスペルブレイク、もしくはスペルジャックされていた。


 そして……


「さぁ、何をしているんですかみなさん、今のうちに彼女を優しく丁寧に心をへし折ってあげるんですよ、何をぼーっとしているんですか!」

「ぴぃ!?」


 あまりにもあんまりなシャオの指示に、そのターゲットであるルキフグスが、真っ青になって可愛らしい悲鳴を上げた。



 ――『悪魔だ』……そう、後にこの戦闘に立ち会った共和国の皆が口を揃えて語る事になった、その発言。



 素顔を露わにされた少女にさんざん『可愛い』と抜かしたのと同じ口で、ぬけぬけと放たれたそんなシャオの指示。

 しかしそれを皮切りにして、これまで手をこまねいていた蒼天魔法師団が、我に返って一斉にルキフグスへと殺到する。




 ……一度でも他者に制御を奪われた以上、その攻撃手段に対しての信頼性は、ほぼゼロにまで堕ちる。


 シャオにスペルを奪われる可能性がある以上、ただでさえ片腕は顔を隠すのに必死なルキフグスの手数が、さらに減少する。


 彼女にとっては、それまで蒼天魔法師団を寄せ付けずにいられた魔法という得意分野が、もはや封じられたも同然である。

 そんなハンデを背負う戦闘を強いられている以上、魔法抜きでの素の戦闘力自体はそれほど高くはないルキフグスに、勝機はない。




 そうして――数時間に渡り商業都市クリュソスにて繰り広げられていた、ブルーライン共和国とルキフグスとの攻防は……シャオの覚醒後わずか三十分で、あっけなく決着を迎えたのだった。

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