力が欲しい

 ――自分は、凡人だ。


 そう、『Destiny Unchain Online』をプレイ中にふと思うようになったのは、いつからだろう。


 なまじ最強プレイヤー候補に挙げられるものだから、周囲は皆、シャオの自己分析などお構いなしに他者と比較してくる。


 そんなシャオが比較される対象は、いつも必然的に、他の二人の魔王だ。


 初めの頃、ギルドランク決定戦の時点では、あの二人に自分が劣っているなどと思ったりはしていなかった。


 だが何回か共闘しているうちに、嫌でも思い知る羽目になっていった。


 ……天才と、秀才の差というものを。


 それでも、人は人、自分は自分と、得意分野は違うのだからと、なるべく意識しないようにしていた。



 ――ずっと、先を歩む二人に抱く憧れを、心の奥底に沈めながら。





 ◇


「くふ、ハハハハッ!! 坊ちゃんも随分と頑張ったけどなァ! 遊びに付き合ってやるのもここまでだ!!」


 それは、もう何十回目か分からないほどに、AoEを凌ぎ切った次の瞬間の出来事だった。



 ――真っ直ぐに、こちらを見つめて嗤っているルキフグスの姿が見えた。


 その指が、ぴたりとシャオの方を指差す。

 その指先に集まっていく、魔力の光。



 ――しまった、読み違えた!



 ばら撒かれるAoEの対処に集中するあまりに、ヘイトシステムが機能していないらしい悪魔ルキフグスがこちらに直接攻撃してくる可能性を、迂闊にも失念していた。


 否、おそらくルキフグスは、この瞬間のために、あえてこの手札を見せてこなかったのだ。



 ――これは、僕の完敗だ。



 死んだ――そう、漠然と思った瞬間だった。


 何者かがシャオを守るように、ルキフグスの射線に身体を滑り込ませて来たのは。


「メイ、お前、何を……!?」


 まるで庇うように前に立ち塞がるメイに、シャオが驚愕の声を上げる。


 しかし……そんなシャオに向けて、メイは微笑みながら、口を開いた。


「だって……お兄さえ生きていれば、きっと私たちは勝てるから。だから……頑張って、お兄。信じてるよ」

「待っ――」


 ルキフグスの指先から放たれる閃光。

 身代わりとなった少女が、シャオに笑顔を向けたまま、それに呑み込まれそうになる直前――




 ◇


 ――認めよう。僕は、あの二人が羨ましい。



 あるいはその願いは、凡人の身には分不相応な願いなのかもしれない。


 だが今は、こんな自分を信じていると言ってくれた者のために、それでも強く、請い願う。



 ――力が欲しい。


 ――こんな結末を変える、力が欲しい。


 ――ただの凡庸な僕を超えていける、何か大切な物を守り抜ける力が欲しい!



 ――あの、『赤の魔王』のように!!





【感情の振れが、規定値をオーバーしました】


 ◇




 ――世界が、静止した。


 引き伸ばされた時間の中で、しかしシャオは必死に、一つの呪文を紡ぐ。


 守護魔法『アブソーブシールド』。


 本来ならば相手の魔法発動を見てから詠唱開始しても間に合うはずがないその魔法は……しかしギリギリのタイミングで、メイに閃光が直撃する寸前に、間に合った。




 魔法のシールドに弾かれて拡散、吸収される閃光。

 戦闘不能がもはや不可避だったはずの少女は、今もまだ健在。


 その光景に、全てが硬直した戦場で。


「――はぁ……っ!」

「……え、あれ、お兄?」


 止めていた息を吐き出すように声を上げた後、まるで激しい運動直後のように荒い息を吐きながらも、心底からホッと安堵した様子で妹の肩を抱くシャオ。

 そんな兄の姿を、状況がうまく飲み込めていない様子のメイが、目をぱちぱち瞬かせて見つめていた。


「あの、お兄? その額の目の色は……?」


 そんなメイが、呆然とシャオの額のあたりを凝視している。


 そこには……第三の、金色の瞳を持つ眼が開いていた。


 しかしそんな事になっていると気づいていないシャオは、呼吸を整えながら、いつもの調子で口を開く。


「メイ、早く隊列に戻ってください」

「……うん!」


 普段の調子に戻った、いや、今はこれまで見た事もないほどに晴れやかな表情をしたシャオの様子に、メイが嬉しそうに前線へと戻る。


 その時にはもう、硬直していた他のプレイヤーたちも隊列を立て直して、戦況は仕切り直しにまで持ち直していた。



 一方で……


「……あ、不発か? このアタシが?」


 必殺のつもりで放った一閃が眼前で消失したことに、眉を顰めてポカンとしていたルキフグスだったが、こちらも我に返って動き出す。


「……まあいいか、今度こそ消し飛ばしてやるよ、お坊ちゃん!」


 右手に、火焔。

 左手に、紫電。

 二つの属性の魔法を放つ体勢に入ったルキフグスに、しかし。


「――させませんよ!」

「……なぁッ!?」


 シャオが腕を振るう。

 その両手が一瞬だけ何かの魔法の輝きを纏い何かをした瞬間……ルキフグスが構えていた魔法が、その構成を崩れさせ、効力を失う。


「やっぱりテメェの仕業か、何しやがった!?」


 激昂し、新たに氷結魔法を放とうとしたルキフグスだったが……しかし、またもやシャオが何かの魔力光を纏う手を振るった瞬間、ルキフグスが放とうとした魔法の構成がまたしても崩れて消え去る。


 愕然とシャオを睨むルキフグスの前で……シャオは、その口の両端を釣り上げて、笑う。


「なるほど、コツは掴みました……さぁ皆さん、反撃と行きましょうか!!」


 そんな悪そうな笑顔を浮かべたシャオの宣言に、ブルーライン共和国のプレイヤーたちの鬨の声が、商業都市クリュソスを揺るがしたのだった。







【条件を満たしたため、プレイヤー名『シャオ=シンルー』の種族が進化しました】

【プレイヤー『シャオ=シンルー』が、スキル『クリフォ1i バチカル.Lv1』を取得しました】

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