自分にできること

「はぁ……話はわかったよ、リリスの封印は免除しようか」

「改心した子がうっかり殺されたら、後味も悪いでしょうからね……」


 苦虫を噛み潰したような表情で、そうクリムへと告げるレオナとライブラ。



 ――リリスとの戦闘終結後、アカデミー前の広場で本隊と合流したクリムは……ことの顛末、そしてリリスがもう敵対の意思がないことを指揮官である二人に説明し、助命嘆願をしていた。


 そんな中で……リリス撃破後に起こったヴァーゴヤンデレによる凶行について報告した結果が、今、二人が頭痛を堪えているかのような渋い顔をしている原因である。


 力を奪えば、下手をすれば隙をついてリリスが刺されかねない。


 ゆえに、力を封印するのは不味いというクリムの説明に、困ったように頭を抱えていたレオナとライブラが、諦めたように告げる。


「そうだねぇ……エクリアスとキャシーの二人に、あの少女の監視を頼もうかい」

「クリムさんのお言葉を疑うわけではないですが、さすがに何の監視もなく、放置しておくわけにはいきませんからね」


 そうして、リリスの扱いに関し協議をはじめる二人。

 そうせざるを得ない元凶が仲間の巫女なのだから、彼らも大変だ。


 そんなドッと疲れた様子の二人に、クリムはただ渇いた笑いを浮かべながら、心中で労いの言葉を掛けるのだった。






 ――と、いうわけで、戦後処理もひと段落して。


 会議を終えて退出したクリムは、学術都市のメインストリート、フィーユが魔眼により石化させた学生たちの治療現場へと、様子を見に来ていた。




『あのネーチャンが、悪魔……ネェ?』


 すっかり定位置となったエクリアスの肩に留まっているクロウが、隣に立つクリムに対し、訝しげな声を上げる。

 彼女らは今……レオナたちからの指示通り、リリスの監視の真っ最中である。


『それにシテは、随分と威厳のネェ姉ちゃんだナ』

「けっこう、優しそうなお姉さん?」


 手頃なベンチ……は数年間放置されてボロボロだったので、建物の屋根に腰掛けて、遠くで作業している現場を眺めながら呟くエクリアスとクロウ。


 そこでは、回復特化というだけあり、ピスケスとコルンの二人が、石化された学生たちの解呪を次々とこなしていた。


 そうして石化を解かれた彼らは、掛かっていたリリスの魅了の方も彼女が約束通り解除していたのもあって正気を取り戻しており、今はただ、周囲の状況に戸惑っているようだ。


 そんな彼らに向けて……リリスは、今は一人一人に頭を下げて、謝罪して回っている。


「はは……でも、悪い奴じゃなくて本当に良かったと思うのじゃ」


 悪魔であっても、こうして仲良くできる者だっている。ならば和解できるならばそれに越したことはない。

 眼前の光景を目のあたりにして、そう改めて思うクリムだった。




 そんなふうに、束の間の休息を楽しんでいると。


「あ、クリムちゃん。会議お疲れ様」

「うむ。フレイヤこそ、石化の解除お疲れ様」


 治療にあたっていたフレイヤが、クリムたちの姿を見つけてやってきた。


 石化の解呪できるほどの神聖魔法は、かなり高位魔法になる。そのため使用できるのはフレイヤと、巫女の中ではスザクの連れてきたピスケスとコルンのみ。あとは、聖王国に数人というところ。


 そのため、クリムは引っ張りだこであったフレイヤを労いつつ、隣に座るように促す。


「よいしょ……ふう、ようやく座ったなあ」

「はは……『こちら』では、立っているだけなら疲れないけどね』

「気分の問題なの!」


 後ろから現れたフレイのツッコミに、むう、と頬を膨らませたフレイヤだったが、しかしすぐに真面目な表情になる。


「他の方面の攻略がひと段落するまで、しばらくこの街で待機だったよね?」

「うむ、そうなっておる。それまでは、我らも石化させた住人たちの救護の手伝いでもしておるとしよう」


 そう、クリムは今後の予定を確認してきたフレイヤに頷き返す。


「にしては、結構遅いよな、連絡」

「こーらフレイ、エクリアスちゃんも居るんだから、あまり不安になる事を言わないでよね」

「はは、ごめん姉さん、余計な事を言ったね」


 不安そうに「めっ」するフレイヤに、手を合わせて謝るフレイ。そんな双子のじゃれあいを、クリムもフッと表情を緩めて眺める。


 だが……クリムはふと、物思いに耽る。




 ソールレオンが率いる北方帝国は、まあ心配はあまりしていない。むしろクリムには、ソールレオンの奴が易々と負けることも想像できない。


 となると、目下心配なのは南側、共和国が現在攻略中の商業都市の方か。



「……大丈夫じゃよな。信じておるぞ、シャオ」

「ん、何が言った?」

「いや、何でもない」


 心ここに在らずといったクリムの様子に首を傾げているフレイヤに、そう首を振って、気にしないでと告げ……その後、今も戦闘継続中と思われる南西部の方角を見つめるのだった。





 ◇


 ――商業都市クリュソス。


 旧帝都における商業の中心地。現在は大陸中央部が閉鎖されたことで始まりの街ヴィンダムに移転した、大陸に流通している貨幣の鋳造を一手に担っていた造幣局が存在し、多数の大商人が集まる商業の心臓部……だった街。


 そんな街で今、ブルーライン共和国を中心とした帝都解放軍と、クリフォ3i『ルキフグス』との激しい戦闘が繰り広げられていた。





 戦場に巻き上がる、多数の炎と竜巻の柱。


 それらはしばらく移動して周囲の建物を倒壊あるいは炎上させて被害を撒き散らした後……ぶつかり合い、お互いを呑み込みあって広範囲に炎の嵐となって吹き荒れる。


 そんな災厄の如き嵐が収まって……


「……くふ、ハハハハッ! なんだよ、良くまあ凌ぐじゃねえかお坊ちゃんよォッ!!」


 面白くて仕方がない。そんな感じに、荒れ狂う莫大な魔力任せに天変地異の如き魔法を繰り出し、哄笑を上げる、悪魔ルキフグス。


 一方で……解放軍側は、その被害を最小限に留め、今は前衛の回復に専念しつつルキフグスを包囲する輪をジリジリと縮めようとしていた。



 ――近寄れない。それが、戦闘開始からここまでの流れの中で、最大の障害となっていた。



 ルキフグスは、広範囲に対し強力な魔法を連射してくる、広域殲滅型の戦闘スタイルをしている。

 そんな彼女の周囲に展開するのは、無数のAoE (Area of Effect)の毒々しいまでに赤い攻撃範囲予測。


 矢継ぎ早に展開されるその範囲攻撃は、プレイヤーの焦りを誘発し、混乱により思考を奪うだろう。


 そんな中にありながら、ボスと直接相対する共和国の精鋭部隊『蒼天魔法師団』は奇跡的に、その損耗をほぼゼロに抑えていた。


 それは……今も中心で矢継ぎ早に指示を出している、『青の魔王』シャオの采配、そしてそれを忠実に実行できる蒼天魔法師団の高い練度によるところが大きい。


 だがしかし……それもまた、シャオの体力という限界へと、近づきつつあった。






 目が霞む。

 思考は、まるで霧が掛かったようだ。



 ここまでの戦闘で酷使された頭は疲労を蓄積し、今にも思考が途切れそうなのを……シャオは、ルキフグスを必ず倒すという一心により、唇を噛んで必死に持ち堪えていた。


「お兄、指示を!」


 前線で、AoEを展開しながらも放たれるルキフグスの攻撃を迎撃しながらも、そう叱咤するメイの声が聞こえてくる。

 そんな彼女は、このような劣勢の中にありながらも、兄であるシャオのことを信じていた。


 だが……シャオは、他の二人の魔王とは違う。

 出来ること以上の結果を叩き出す異才を有するあの二人のような、己が限界以上のことはできない。


 彼らならばきっと、こんな苦境の中でも力尽くで活路を切り開くのだろう。だが、今はそんな彼らは別々の戦場で戦っており、その力に頼ることはできない。


 他の二人の魔王がいかに戦場において頼もしい存在だったのかを改めて再認識し……直後、ふっと自嘲的な笑みを浮かべる。


「……いけませんね、あんな規格外の人たち頼み前提の戦術など、戦術とは呼べないというのに」


 負けられない戦いと意気込んで、緊張しているのか。

 情けない考えを頰を叩いて頭から吹き飛ばし、彼方で今もなんらかのAoEを展開するべく詠唱を紡いでいるルキフグスを睨みつける。



 ――僕は、凡才だ。あるいは、良くても秀才止まりだろう。



 周囲の者たちはおそらく否定するであろうが、残念ながらそれが真実。

 ただ、人よりも念入りに準備を整えて、人よりも広く周囲を見て、人よりも少しだけ判断を決定するのが早いだけだった。


 だがそれでも信じてくれる仲間や、何よりもこんな兄を信じてくれている妹がいる。ならば……



「ええ、なんとでもなるはず、いや、出来るはずです……ッ!」


 これまでの戦闘の中で、ルキフグスのだいたいの癖は見えてきた。

 多種多様なAoEを操るといってもパターンに限界はあるはずで、操る者に意思がある……それがたとえ仮想のAIであってもだ……ならば、そこに必ず癖が生じる。


 ならば……その癖を読み取り先を予測する。できる、できないではない、やるのだ。



 ――考えろ……ただ、奴を倒す事だけを!



 そう、次々と地面に浮かび上がるAoEの赤いサークル、その初動数個からこの後どのように展開されるかを予測して皆に指示を飛ばす。

 その最中、眼前の状況にだけ集中した瞬間――世界が色を失い、刻が進むの遅くなった。



【――プレイヤー名『シャオ=シンルー』の思考速度が、規定値を超えました】



 何かが頭の裏で聞こえた気がしたが――しかしそれは、極度の集中状態にあった今のシャオの脳にとっては無駄な情報であるとして届けられることもなく、ただ音声データの藻屑となって消えていったのだった。

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