反撃


「――これは……何事ですか?」


 勝利を確信していた直前までと一転し、クリムたちを追いかけていた傀儡の学生たちが全て物言わぬ石と化した眼前の光景に……遅れてやって来たリリスが、口に手を当てて驚きに目を見開く。


 それを尻目に、すでに石化した学生たちを守るように展開された、第二陣として迫る結晶化ゾンビの群れの前に立ち塞がり武器を構え、万全の体制で待ち受ける連王国、聖王国双方のプレイヤーたち。


 一方でクリムたち『ルアシェイア』主要メンバーは、傍にあった集合住宅の壁を飛び越えて、屋根に身を伏せて潜んでいた者たちと合流する。


「ご苦労様だったのじゃ、良くやってくれた」

「まあ、私たちは何もしてないけどねー」


 クリムの労いの言葉に、苦笑しながら返答を返すハルと、その横で頷いているクロノとランらの先輩たち。



 ――メインストリートに併設されたこの一帯は、一階に相当する場所に立ち並ぶ店舗の屋根を道として、その上に集合住宅など更なる建築物が並んでいるという立体的な構造をしている。


 その一角に都市迷彩柄の外套を被り身を伏せて潜んでいたのは――ヴァーゴ、そしてスザクやハルたち勇者パーティ。


 そして彼らに守られてその中心に居るのは――今は眼帯を外し、強力無比な魔眼を外界に晒して今クリムたちが逃げてきたメインストリートを睨む少女、フィーユだった。



 ――フィーユの、石化の魔眼。



 その効力は生半可な耐性など貫通し、問答無用で石と化す強力な呪いの力だが……しかし高位神聖魔法により解呪さえすれば命に別状は無いというのは、これまでに何度も検証に検証を重ねてきたし、何よりもクリム自身がその身で体験している。


 魅了された学生たちの無力化。

 そして、その身の保護。


 その二つを同時に達成するには、彼女の魔眼が何よりも適した力であった。


「あの、私、上手くできましたか……?」


 身の回りの面倒を見ていたヴァーゴの手により、再度その眼を眼帯で封じられたフィーユが、魔眼の全開使用により色濃い疲労を浮かべ真っ青になった顔をしたまま、心配そうに隣へ来たクリムへと尋ねる。


 そんな少女の問いに対し……クリムは、彼女の頭に優しく手を置き、頷いた。


「ああ、完璧じゃ。分かったであろう、お主の力は決して呪われた力ではない、使い方次第では誰かを救う事ができる力なのじゃ」

「私が……誰かを助ける?」

「うむ、よくやったフィーユ、あとは我らに任せて休んでおれ」

「……うん!」


 褒められて、満面の笑みで頷いたフィーユが……とうとう気力体力ともに力尽きたように、ぷつりと力を失い崩れ落ちる。


 その身体を抱きとめてスザクに預けたクリムが、別の場所へと視線を飛ばす。


 そこでは……


「さぁ皆、あんな小さな子が頑張ったんだよ、次は私たちの番でしょ!!」


 馬上のユーフェニアが、共に待機していた仲間たちを鼓舞しながら、朱金の鞘に収められた神剣に手をかけ……


「初代様、お預かりした『神剣』の力、今こそお借りします……騎馬隊、全員突撃! 敵ゾンビを撃破し、皆の魂を解放してあげましょう!!」


 ……そうして腰に佩いていた神剣を、馬上でしゃらんと鞘から抜き放つ。


 途端に、彼女を中心に眩い光が周囲へと広がって、仲間たちをみるみる包み込んでいく。


 そして……


「そこを、どけぇぇええええええッッ!!」


 少女らしからぬ猛々しい咆哮と共に……片手で手綱を握った馬と共に、ユーフェニアが壁上から宙へと舞った。



 ――なんという無茶を。



 彼女が駆る馬は頑健な戦馬であり、速度に特化したサラブレッドのように足回りが繊細ではないとはいえ……よもや屋根上から馬で飛び降りてくるとは、甚だ予想の斜め上の再登場を果たした皇女様に唖然とするクリムたち。


 しかし彼女が手にする神剣の加護の輝きを纏う、ユーフェニアの駆る白馬を先頭とした騎馬部隊たちは、危なげなく着地し――即座に周囲を包囲する結晶化ゾンビの群れへと突撃を開始した。


 その姿は、赤兎かあるいは絶影か。


 伝説に名を刻む名馬の如き荒々しさで暴れ回る馬たちの手綱をしっかと握り、馬上から手にした武器を振るって敵陣を蹂躙しながら街中を駆ける、目に怒りを宿らせたユーフェニアとその仲間たち。


 そして……


「お前たち、皇女殿下に続けぇええッ!!」


 反対側から戦場に飛び込んできたのは、黄金の闘気を纏うレオナ。彼女は敵陣の真横から、さながら雷光のようにゾンビたちの群れを食い破る。

 そんな彼女がこじ開けた傷を、更に食い破るようにして、続々となだれ込んできた士気軒高なレジスタンスの兵たちが蹂躙する。


 もはや、彼らを躊躇わせていた人の盾は存在しない。

 神剣の加護を受けた彼らを止める術は、結晶化ゾンビ程度の相手にはあろうはずもなく。


「まぁ、これは……やってくれましたわね……っ!」


 即座に形成不利と判断し、口惜しそうに影の中へと消えていくリリス。おそらくは、まだ手勢を残しているであろうセントラルアカデミーへと退却したのだろう、が。


「盟主の嬢ちゃん、聖王の坊ちゃん!」

「リリスのことは、皆さんに任せます!」


 敵陣深くで手近にいるゾンビたちを殴り飛ばし、矢で射抜きながら、背中合わせに戦っているレオナとライブラがそう先に進むよう促す。


「まおーさま、頑張って!」

「しくじったら酷いわよ、真っ白お化け!」

「あ、あぅ……頑張ってください!」

「ま、ガキたちのことは心配すんな、行ってこいよ魔王様!」


 どうやら巫女の年少組のガードについてくれるらしいスザクたちの後ろから飛んでくるのは、年少組の巫女たちの声援。


 他、大仕事の後であり、疲労した様子でキャシーに背負われているフィーユの姿も確認できる。しかし一人だけ、ヴァーゴの姿は見えないが……おそらく彼女は最前線に浄化の力を届けるため、姿を隠してセオドライトたちについて行っているはずだ。


「クリムさん、皇女命令よ……あの女、ギッタギタにぶっ飛ばして来てちょうだい!」

「こちらはユーちゃんと私たちに任せてください!」


 そう、馬上で光放つ神剣をかざし、今しがた逃げてきたセントラルアカデミーの方をビシッと指し示すユーフェニア。

 その横では、彼女に迫り来るゾンビたちに対し戦斧を振り回して退けながら、シュティーアが気丈な笑顔を作り、頷く。


「おお、怖い怖い」

「あはは、皇女様の命令としてどうなのかなぁ」


 皇女様というにはやや乱暴な指示に、フレイとフレイヤが苦笑しながらも、クリムの側へと戻ってくる。

 他、『ルアシェイア』の仲間たち皆が指示を出すまでもなく全員集まったのを確認したクリムは、一つ頷くと、周囲へと声を張り上げ指示を飛ばす。


「よし……『銀の翼』と『黒狼隊』は、我らについてきてくれ! 他の皆は、この場に残ってレジスタンスの援護を!」

「我ら聖王国の諸君も、赤の魔王に遅れを取るなよ……リリスは我らが宿敵であり、これまでの因縁はここで断ち切るッ!」


 ――かつては、敵同士として交戦するまでに敵対した、連王国と聖王国。


 その二国の精鋭たちが今、お互いに頷き合い、これより往く同じ道を見据え、走り出す。


 ……あるいは、この旧帝都攻略が終われば、また戦争になるかもしれない、そんな危うい関係だ。


 だがそれでも、皆、今はただ頼もしい仲間として、いつのまにか気を許し合っていた。


 そんな光景がなんだか不思議に思えて、思わず笑みを浮かべたクリムが、フッと表情を緩めたセオドライトが……同時に息を大きく吸い込んで、叫ぶ。



「「目標、クリフォ9i『リリス』の無力化! 総員――突撃ぃッッ!!」」



 そう、先頭を駆けながら大声で号令を発するクリムとセオドライトに……指名された者達は雄叫びを挙げてその後に続き、残る者たちから歓声を受けながら、今度こそこの学術都市を解放せんとメインストリートを疾駆していくのだった。







【後書き】


 ネタバレ:神剣の真名解放的なやつは考えてますが、まだしばらく出番はありません。


 リリス戦は次くらいで終わる予定。

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