悪魔リリス戦
セントラルアカデミー正面庭園にて、あらためて交戦状態に突入したクリフォ9i『リリス』は、結晶化ゾンビのみならず、さまざまな場所から集めて来たらしき大型の魔物等も呼び出してはクリムたち連合軍へとけしかけてきた。
だがそんな魔物たちも、もはやクリムたちの敵ではなく……あらかた片付け終えて、今は悪魔リリスと熾烈な戦闘を繰り広げていた。
周辺の魔物たちは、残存していたものも全てエルミルやジェドが率いる『銀の翼』『黒狼隊』らが掃討し終え、もうじき合流するだろう。
――彼らを周辺の配下の掃討に回さなければならなかった理由は、リリスが持つ『自身を対象とした異性からの行動を確率で強制キャンセルする』という、厄介極まりない特性にあった。
悪魔に安定して肉薄できる実力を持つ女性プレイヤーとなると相当に限られ、そんな中で少女たちが主力である『ルアシェイア』が作戦の中心となるのは当然の流れであった。
……そういった理由により、クリムは彼らが不在の中で最前線に立ち、リリスへと切り込むタイミングを伺っていた。
当然リリスにとって危険な存在であるクリムは、彼女のヘイトをほぼ一身に集めている。
ほとんど集中放火といった密度で放たれたリリスの繰り出す赤黒い閃光を、しかし、ぶつぶつ言いながらも援護に回ってくれたセオドライトが斬り落とし、あるいは背後からフレイと聖王国の後衛職の皆が弾幕を張って撃ち落としてくれている。
だが、リリスがその手を、手数が足りないと途中から背に生やした二対四枚のコウモリのような翼を振るうたびに、空間を切り裂く黒い閃光が今も途切れることなく放たれ続けていた。
そんな高密度かつ広範囲、かつ長射程の斬撃の嵐に阻まれて、クリムたちルアシェイアのメンバー含む近接職の皆が思うように接近できていない中で……しかし、クリムは冷静に、遠くで悠然とこちらを観察しているリリスのことを睨んでいた。
――イメージしろ。
――我が次に一歩踏み出した先は……リリスのすぐ眼前であると!
「――はぁ……ッ!!」
ドンッ、と大地が爆ぜるほどの勢いでクリムが踏み出した瞬間――途上にあった全ての障害を飛び越えて、クリムはリリスのすぐ目の前へと飛び込んでいた。
「……は……え?」
「おぉおおぉッ!!」
突然目の前に現れたクリムに、さすがに驚で目を見開くリリスだったが、しかしクリムは何も持っていない左腕を振りかぶり、リリスへと叩きつけるように振り回す。
するとその動きに追従するように、『剣群の王』の制御下にある錐揉み回転している漆黒の槍が四本、リリスを守る光の障壁――戦闘開始からずっと展開されている、あまりにも強固なアブソリュートディフェンスに激突し、ギャリギャリと火花を撒き散らしてぶつかり合う。
「――ヒッ……ん、んっ。な、何度やっても無駄と、まだお分かりにならないのですか?」
何やら引き攣った笑いを浮かべたように見えたリリスだったが、しかし次の瞬間、クリムが立っていた場所を、彼女の四枚の翼が、地面から突き上げる無数の黒い影の槍が、四方八方から包囲するように貫いた。
本来であれば、逃げ場すらなく、為す術なく滅多刺しにされて命を落とすであろうその攻撃は、しかし。
「……出たり消えたり、厄介な方ですわね」
仕留め損なったのを察して、リリスが残念そうに呟きながら翼をたたむ。
先ほど接近した時と同様に『縮地』により間一髪離脱したクリムは……しかし眼前の少女のあまりにも余裕ぶった態度に、訝しげに眉を顰めていた。
――まさか、こやつ、マジで気付いておらぬのか?
そう、ある意味愕然とするクリムの視界、リリスに重なってUIに表示されている、一つの数値に目を向ける。そこには……
【Absolute Defense】
【15613/400000】
そう、たしかに膨大な数値を誇ったリリスのアブソリュートディフェンスだったが……その耐久力はここまでの戦闘によって、もう限界も限界にまで来ているのだ。
「まあ良い好機じゃ、雛菊、リコリス!」
「皆さん、これで終わりにします、一斉に撃ち方始め!!」
クリムとセオドライトの命令に、背後に回り込んでいた雛菊とリコリスから、刀で、銃で、激しい連撃が叩きつけられる。
それと同時に、背後に控えていた聖王国の魔法使い部隊から一斉に放たれる、単体攻撃魔法『ヴァジュラ』の雨。
「何度やっても無駄と、まだ……」
それでも、余裕の笑みを崩さぬリリス。
だがしかし――次の瞬間、彼女の自信の元であったアブソリュートディフェンスは無数の攻撃とぶつかり合った結果その耐久力を全損して、甲高い音を立てて砕け散った。
膨大だったリリスのアブソリュートディフェンスが、無数の光の砕片となって宙に舞う。
「え、うそ……」
なまじ頑丈すぎる障壁を纏っていた彼女にとって、おそらくはその身を護っていた障壁を失うのは、これが初めてだったのだろう。
呆然と、絶対の自信を持っていた身の守りが砕け散った光景を見上げるリリス。
だがその視線の先には……勢いをつけて空から降ってくる、クリムの『剣群の王』が操る四本の漆黒の槍があった。
「ひっ……あっ……」
――避けなければ、あの槍は華奢な少女の身体など容易く貫く。
彼女はそんな当たり前のことに今更気づいたかのように、慌てて頭を庇うようにして逃げようとして――しかし足をもつれさせて地面に尻餅をつき、へたり込む。そんなリリスの周囲に……
――ガガガガッ!!
石畳を撒き散らして突き立つ四本の槍。
破片を浴びてヒッと悲鳴を飲み込むリリスの呻き声が、硬い石材が砕ける騒音にかき消される。
転倒したのが幸いして奇跡的に直撃は無かったものの、槍のうち一本は右の翼を大地に縫い留めて身動きを封じ、さらにもう一本が頬を掠めて顔のすぐ左真横に突き刺さっているのを目にしたリリスは、顔色をさぁっと青くして呻く。
――これではっきりとした。何という事はない、彼女、悪魔リリスは……クリフォを有する悪魔としての高い基本性能を備えただけの、戦闘の素人だ。
「これで終いじゃ、リリス……ッ!」
そんなリリスに対して、トドメとばかりに神速で踏み込み、手にした太刀による刺突を放つクリムだったが、しかし。
「ごめんなさい、殺さないでくださいぃ……ッ!」
直後、リリスがクリムも予想外の行動を取った……すなわち、凄まじい勢いで土下座した事により、クリム渾身の一撃はただ彼女の背後の芝を揺らすだけに止まり、まさかの空を切った。
「……は?」
「ごめんなさい許してください、私、本当に争いごとは苦手で、本当は前線に出るなんて死ぬほど嫌で聖都から引き上げたあとは引きこもりたかったんですぅ、でもベリアルちゃんが『大丈夫よあいつらはだいたいあんたみたいな頭ゆるふわ女に甘いし、大したことないからって足止めしてくれればそれでいいから、っていうか逃げたら色々二度と人前に出られないくらいぐちゃぐちゃに※※※※を※※ (上手く聞き取れない)してやる』ってすごい顔で脅されて、仕方なくやったんですぅ!!」
何やらプルプル震えながら、縫い留められた翼が裂けるのさえ厭わないほど必死に、凄まじい早口でそう言い訳を捲し立て始めたリリス。
そこにはもう、先程までの女王然とした余裕はもはや微塵も見受けられなかった。というか、仲間であるはずのベリアルからのあまりにも可哀想な言われようで、ちょっと同情してしまうまであった。
「えぇー……?」
眼前で震えながら命乞いをしているリリスを、唖然として見下ろすクリム。
しかし、クリムがそんな、今はスンスンと鼻を鳴らして、はらはらと涙を零し、縮こまって怯えている女の子に対して、更なる攻撃を加えるような非道な真似をできるはずもなく……
「はぁ……赤の魔王、もうそのくらいでいいんじゃないですか?」
「……………………そじゃな」
――なんで我が弱いもの虐めしてるような構図になっとるんじゃろ解せねー?
なんだか釈然としないものを感じつつも……セオドライトに嗜められ、どうやら悪魔リリスとの戦闘はこれで終わりらしいと、クリムも手にしていた刀を下ろしたのだった。
【後書き】
リリスさんは臆病だったがために悪魔の中でも生き残ったタイプ。
■後日、某匿名掲示板にてゲームシステム的に考察された、クリフォ9i『リリス』降伏条件
・戦闘中のプレイヤー(A)に対する恐怖心が一定値以上。
・戦闘中のプレイヤー(B)に対する好感度が一定以上。
・周囲の配下を全滅させ、リリスを孤立させる。
・上記の条件を満たした状態で、アブソリュートディフェンスを破壊する。
以上の条件を満たした場合、リリスが助命を乞う行動に出る。
その際にBのプレイヤーがAのプレイヤーに助命嘆願した場合に限り、以降クリフォ9i『リリス』は友好的NPCへと変化する……と予想される。
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