不穏
――クリムたちレジスタンス側が急襲してから、半刻ほどが経過したイースター砦の前。
クリムたちとレジスタンスの連合部隊は砦の前を徘徊していた
そんな中、今日が初陣のユーフェニアもまた、一体の結晶化ゾンビと斬り結んでいた。
結晶化ゾンビそのものは、生前の記憶を利用されているせいで武器を使用できるという厄介な点こそあるものの、騎士クラスでもなければそこまで単体で強い相手ではない。
一方でクリムとその仲間たち、そしてレオナから手解きを受けているユーフェニアは、決して弱くはない。危なげなく戦闘を進め、そして。
「――どうか、安らかに」
黙祷をささげるように目を伏せたユーフェニアの剣が、いっそ優しいほどの剣閃を描き……眼前の結晶化ゾンビの兜に包まれた頭を刎ねた。
それっきり、動かなくなる結晶化ゾンビだった兵士。それを見送った後、ユーフェニアは「はぁあああ」と深々と安堵の息を吐いた。
「大丈夫かの、ユーフェニア?」
「……うん、思ったよりも全然大丈夫だった」
「そう言う輩はだいたい大丈夫じゃないから注意しろと、我は母から教わったがな。良いから少しここで休んでおれ」
そう告げて、クリムは操っていた影の大剣の一本を地面に突き立てて矢避けの遮蔽とし、そこに顔を青くしているユーフェニアをそのまま潜ませる。
彼女は強がっているが、実戦は初めてであり……おそらくはゾンビとはいえ、初めて人を剣で斬った感触にショックを受けているだろうと思ったからだ。
そして次にクリムは、今まさにこちらに矢を射っているゾンビの弓兵たちがいる外壁上の一角を確認し、右手を振りかぶる。
「ちまちまと……鬱陶しい!」
横一閃に振り切られたクリムの腕に追従するように、離れた場所を浮遊していたもう一本の冗談みたいな質量の剣が、凶悪な遠心力を乗せて振り切られた。
クリムの『剣群の王』の見えざる手により振り回されたその鉄塊の如き漆黒の大剣は、外壁上で矢を射っていたゾンビの弓士を胸壁の上半分ごとまとめて薙ぎ払い、沈黙させる。
「盟主のお嬢さん、あまり砦まで壊さないどくれよ、後で使うんだから!」
「うむ、すまぬ、最小の犠牲ということで許せ!」
レオナからのあきれたような叱責に、手を合わせて平謝りするクリム。
その傍らでは、遮蔽となって射線を阻む大剣の影から覗き込んでいたユーフェニアが、ぽかんと驚愕の顔で先程の被害跡を見つめていたが、それはまあヨシ、ということにする。
何にせよ、門前の結晶化ゾンビの掃討はやがてすぐに完了した。
門をぶち破るのは、今のクリムがやろうと思えば出来なくはないと思うが……だがしかし、『今後の旧帝都攻略拠点として必要』という条件が枷となり、今は静観せざるを得ない状況だった。
だがしかし、そんな状況も長くは続かなかった。
砦の門は、まるでクリムたちを迎え入れるように、軋みを上げて開き始めたからだ。
「お館様ー、任務完了しました!」
「うむ、よくやったぞ、セツナ」
「ふへへー」
今はクリムの側に忽然と現れて、仕事を褒められて嬉しそうにしているセツナ。彼女が一人で砦内部に潜入し、内側から開門装置を操作して来てくれたのだった。
このイースター砦は、魔物相手の砦ということで、人間の軍隊相手も想定された他の砦と比べるとあまり複雑な門をしている訳ではない。
また、徘徊しているのは人の行動を模した魔物だ、開門装置の警備もろくにされておらず、ならばセツナの隠密作戦を妨げる障害たり得ない。
当然、門の中からは新手の結晶化ゾンビたちがわらわらと向かってきているが、しかし。
「一点から出てきてくれる敵なんて、まあ、狙ってくれって言ってるようなもんだよな」
「ちょっと狙い甲斐のない仕事なの」
「ごめんなさい、安らかに眠ってくださいね」
ただ前進して狭い門から出てくるゾンビの群れなど的でしかなく……待ち構えていたフレイの『サイクロンドライブ』とフレイヤの『ホーリージャッジメント』の貫通範囲魔法二種類、それでも撃ち漏らした相手はリコリスの狙撃により、瞬く間に飲み込まれて消えていく。
更には……南側から上がる鬨の声。旧帝都外縁環状線路を反時計回りに進軍してきたシャオたちブルーライン共和国が、突入を開始したようだった。
こうして……帝都四方を守護する最後の砦、東のイースター砦攻略戦は、早くも佳境を迎えるのだった。
◇
――異変は、砦に突入してすぐにあった。
「……妙じゃな」
「む、盟主のお嬢ちゃん、何か気になるかい?」
「うむ……レオナよ、この砦はたしかに他三つの砦より戦力の常駐が少なかったのは分かるのじゃが……内部が、あまりにも手薄に過ぎるのではないか?」
あまりにも手応えがなさすぎる。
散発的にゾンビは現れるが、それだけだ。
これでは……まるで、こちらに無視をされないギリギリまであらかじめ戦力を削いであったかのように。
そして、もし本当にそれを実行した者がいるならば、それは……敵に魔物ではない、
更には、何故かわざわざクリムたちレジスタンスの主力を誘い込んだかとなれば――向こうの狙いは、別の場所にあるのではないか、と。
「レオナよ、もしや、向こうの狙いは……」
「……やはり君もそう感じるか、お嬢ちゃん」
「うむ、しかし踏み込んでしまった以上、急に転進もできん」
引き返すにも、これだけの規模の部隊が急に転進するには混乱が生じる。下手をすればその混乱の中で背後をついて襲われ、大量の犠牲者を出す可能性がある。
「ゆえに……目標の『傷』まであと少しなのじゃろう? 手早くこの砦は片付けて、ラシェルへと引き返そう」
撤退も危険ならば、まずは最速でこの砦を攻略し終え、最短で拠点へと引き返す。そう告げるクリムに同意するようにレオナも頷いて、その歩を速める。
「足の速い雛菊とカスミ、それとジェドら黒狼隊は我に続け、最短距離で『傷』までの道を切り拓く」
「分かりましたです!」
「了解だよ、クリムちゃん!」
「おう、野郎ども、盟主様に続けぇッ!」
後方で指示を受けた黒狼隊隊士たちの『ガオォン!』という吠え声が響き渡り、先頭を跳ぶように駆け出したクリムと雛菊、そしてカスミに追従する。そして、その中にもう一人。
「レオナは、内部の構造も知っておるのじゃろう、道案内を頼む」
「ああ、任せて。この砦内は小娘だった頃によく走り回っては、怒られたもんだからね!」
「はは……今は心強い!」
そう言葉を交わし、迷いない足取りで先頭に躍り出たレオナに先導されるまま、砦内を疾駆する。
――早く、レジスタンスの予備戦力と非戦闘員を残して来たラシェルへと戻らねばならない。でなければきっとまずい事になる。
そんなほぼ確信じみた不安が、クリムたち皆の胸中に湧き上がって来ているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます