皇女の初陣
――レジスタンスの拠点で皆と合流して、イースター砦に向かう途中。
ルアシェイア連王国からはもしもの為に『リリィガーデン』と『S.S.S団』をラシェル保養地に残して、それ以外の者たちがレジスタンスに付き従っていた。
そんな中……
「ねえ、クリムさん。これから合流予定のブルーライン共和国って、どんな人たちなの?」
隊列の中央――本来であれば守られるべきものが配置される場所で従軍していたクリムたち。
そんなクリムの隣では、白い騎士服に白銀の鎧を纏い、紅い外套を羽織った少女――皇女ユーフェニアが同行していた。
「共和国か……同じ門の外から来た者たちとはいえ、我が治めているのは大陸の反対側ゆえ、知っておるのはトップのシャオくらいしか居らぬのじゃが……」
そう前置きして、クリムが皆を代表して語り始める。他の者にまかせると、ボロクソに言われる予感しかしないからだ。
「奴は……まぁ、頭の切れる、抜け目ない奴じゃな」
「何それ、信用できるの?」
クリムの言葉に、胡散臭そうな顔をするユーフェニア。無理もない、皆、シャオに対しては第一印象では不信感を示すことが多い。
しかし……なんだかんだ付き合いの多いクリムは、また別の印象を持っていた。
「少なくとも、奴めは信頼の大切さというものをよく理解しておる、自分から裏切るような事はまずあるまい」
「ふーん、そういうもの?」
「うむ。それに、なんだかんだであやつも情に脆い奴じゃぞ。憎まれ口は叩くが、困った者にはあれこれ理由をつけてでも手を差し伸べねば気が済まん奴じゃな」
きっと、今シャオの奴は彼方でくしゃみしてるんじゃろうなぁ――と、ククッと笑いながら、クリムはそう締め括る。が。
「それって……ツンデレってやつ?」
「ぶっ……く、くくっ、たしかにそう言われたらそうじゃなあ!」
率直なユーフェニアの感想に、クリムは思わず吹き出してしまう。そのままツボに嵌ってしまい、しばらく大笑いしてしまうのだった。
……と、まあ、そんな笑いの衝動もひと段落し、クリムは本題である質問をユーフェニアへと投げかける。
「お主にとっては……今回の砦攻めは初陣だと聞く。緊張はしておらぬか?」
「大丈夫、自分でも驚くくらい平気だよ」
そう頷くユーフェニアだったが、しかしその表情はこれまでの雑談で多少緩んだものの、まだ硬い。
無理もないだろうと、クリムは思う。
死んでもリスポーンするクリムたちプレイヤーとは違い、彼女らは万が一にも命を落とせばそれまでなのだから。
「そうか……何、お主にはセツナを付かせておく、あの子ならばどんな状況でも上手くフォローしてくれるじゃろ」
「お館様のハードル上げが酷い!」
さらりと期待を乗せて語るクリムに、すぐ側に控えていたセツナから抗議の声が上がるが、しかし彼女ならばそつなく役目をこなしてくれると、クリムは全幅の信頼を置いているのでさっくりとスルー。
「それに……エルミル」
「はいよ、盟主様」
「お主ら銀の翼も、彼女からあまり離れずフォローしてやって欲しい」
側に控えていた彼ら『銀の翼』も、要人や要救護者の護衛等、守る任務に関しては熟練の者たちであり、安心して任せられる。
「って訳でよろしくな、ユーフェニアちゃん」
「うん、よろしく、エルミルさん!」
そう言って二人が、パァン、と良い音を立ててハイタッチしていた。エルミルは持ち前の面倒見の良さを発揮して頻繁にユーフェニアの稽古相手をしていたため、二人はだいぶ仲良くなっていたのである。
「でも、クリムさん。私だけこんな厳重に守られてていいのかな」
「レオナも言ってたじゃろう、無理はするな、初陣は戦闘の空気を感じるだけで十分だとな」
なんだか申し訳無さそうに剣を抱えているユーフェニアの、その頭をポンポンと叩いて励ましてやる。
「最初から上手くできる者などおらぬ、お主のミスなんて最初から織り込み済み、そのフォローのために我らが付いておるのじゃからな。それに……」
以前攻略した、西の砦の内部の状況。
それを思い出したクリムは、沈痛な面持ちで、呟く。
「多分、今回は精神的に、まともに戦うどころではないじゃろうからな」
「何よ、それ。私が実戦にびびって逃げ出すとでも思ってるの?」
「まあ、行けばわかる……それが、今回最大の不安材料じゃからな」
そう告げてすぐ前を歩き出したクリムに、ユーフェニアは不満気に頬を膨らませて後をついてくるのだった。
◇
「――何、これ」
先ほどの威勢はどこへやら、ユーフェニアは双眼鏡を覗き込み、愕然とした声を上げていた。
外敵がまず来ることはないため、主に山岳から降りてくる魔獣たちとの小規模な戦闘が想定されたイースター砦の護りは、お世辞にも他三つの砦と同等とは言えない。
故に、クリムたちがいま行軍している山間部からでも望遠鏡を使えばその門外の陣容が見えるのだが……そこに徘徊していたのは、体のあちこちから紫色の結晶を生やし、どこかぎこちない動きで武器を携え徘徊する騎士や兵士たちだった。
「何、あれ……人間?」
「……だったもの、じゃな。例の大災厄時に、砦には大量の帝国兵が詰めておった。その遺骸に、瘴気の結晶が寄生して死体を動かしておる……名を『
「――っ、のぉッ!!」
「っと、団体行動を乱すでない」
衝動的に剣を手に、怒りに燃える表情で駆け出そうとしたユーフェニアの腕を捕まえて、勝手な行動を防ぐクリム。
そのクリムの真剣な目に……『勝手な行動をしたらお前はレオナに頼んで後方へ送る』と明記されているそのクリム目を見て、ユーフェニアは渋々と、剣を握った腕を下ろした。
「……ごめん」
「うむ、言われたらきちんと自制できるお主は偉いの」
素直に頭を下げたユーフェニアに、クリムもふっと表情を緩め、手を離してやる。
それを見て、周囲で様子を伺っていた者たちもまた、張り詰めていた空気を弛緩させた。
不安材料……今は皇女としての大義を見出せないまでも、なんだかんだで正義感の強いユーフェニアが、あの光景を見て果たしてどのような行動に出るか。
あるいは、眼前の凄惨な状況に萎縮し、心折れたりはしないか。
だが彼女は見事に、その衝動的な行動を胸の内に収めてみせ、怯んだ様子もなく今は大人しく従っている。
「ねぇ、あれ……全部、あの砦にいた兵士さんたちなの?」
「……そうじゃ」
「そっか……楽にしてあげないと、可哀想だよね」
それどころか、クリムの答えに対し一つ頷いた後はぶつぶつと「どのように彼らを解放してやるか」の算段を思索し始めていた。
……この、即座に思考を切り替えて、人のためにどうすればいいか考える事ができるのもまた、彼女の才能だろう。
ちらっと視線を前方に遣れば……少し離れたところで、その姿をこっそり振り返って見ていた、今回のレジスタンスの総指揮官であるレオナが、真剣な顔で前を見つめているユーフェニアに満足した様子で頷いていた。
――全く、スパルタじゃなあ。
彼女が、自分の弟子ということになるユーフェニアを今回初陣として連れて来たのは、一種の試験でもあった……ユーフェニアが、眼前の光景を見て暴発しないかというのを見定めるための。
それをレオナから事前に聞かされていたクリムは、やれやれと肩をすくめて苦笑し……隣にいたユーフェニアに怪訝そうな眼差しで睨まれて、慌てて真剣な表情を作るのだった。
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