一年目の終わりに
――ギルド『ルアシェイア』が、保養地ラシェルにてレジスタンスたちと合流した、その週末の日。
「はー、高校一年生も、もう終わりかあ」
「本当、なんだかあっという間に終わった気がするよね」
「それだけ、色々あったからな」
紅たちはそんな、この高校入学からの一年を懐かしむ会話をしながら、学校から駅に向かう道路を歩いていた。
――今日は、三学期の終業式。
一年の締め括りが終わり、式のため午前中で終わった学校から帰宅する、周囲の生徒たちの足取りも軽い。
紅たちもいつもならこの後、行きつけの喫茶店に皆で寄って行くところなのだが……しかし、今日は少し事情が違っていた。
「玲央君とユリアちゃんは、この後は……」
「はい、聖お姉さん。私たちは、お母様のお見舞いに行ってきます」
「私たちは、この後は先に行ってるはずのラインハルトとシュヴァルに合流して、病院に顔を出してくるよ」
聖の問いに、頷くユリアと玲央。
玲央の叔母でありユリアの母であるイリスが、妊娠後期に入ったことで大事を取って、先週から市内の病院に入院している。
今日も仲睦まじく手を繋いで歩く玲央とユリアの二人は、下校後にその見舞いに行くのが日課となっており……やむを得ない事であるが、『Destiny Unchain Online』へのログイン頻度が減少した中心人物たちを欠きがちな北の氷河は、この一週間攻略ペースをやや落としていた。
「ま、明日から春休みだからね……『向こう』が佳境に入ったら必ず力になる、遠慮しないで言ってくれよ」
「はは……だけど、こっちの方が絶対に大事だからな、そっちこそ遠慮するんじゃないぞ」
「叔母さん、無事に出産できるといいな」
「生まれたら、私たちもお見舞いに行くからねー」
少し前は一緒に電車に乗って帰っていたが、今は玲央たちが駅の反対側にある病院へ向かうため、駅でお別れ。紅たちと言葉を交わした後、彼らは駅の反対側の出口へと向かって人の波に消えていく。
「それじゃ、私はこっちのホームだから」
「うん、委員長、またね」
「今度は二年生でねー、来年度も一緒のクラスだといいねー!」
そう手を振り合いながら、佳澄も離れていく。
そうして言葉を交わし、駅で皆、バラバラの方向へと歩いていく。
そう……明日からはもう、春休みなのだった。
◇
――駅で玲央たちと別れ、帰宅した後すぐにログインした『Destiny Unchain Online』内にて。
「クリムお姉ちゃん!」
セイファート城から出てネーブルの街へ降りようとしたその時、飛び込むような勢いで抱きついて来た小柄な影を、クリムは勢いを殺すように柔らかく受け止める。
「む、ルージュか、見送りにきてくれたのか?」
「うん……本当は、私もついて行きたいんだけど」
とはいえ、今向かうのは瘴気の充満する大陸中央エリア。
システムから保護されているルージュならば大丈夫とは思うのだが……一応は魔物の一種である彼女にどんな影響があるか試すわけにはいかず、心苦しいが、お留守番をしてもらっていた。
そして……見送りに来ていたのは、ルージュだけではなかった。
「あの、クリム様」
「ん、どうしたダアト、街に降りて来ているのは珍しいな?」
今日の攻略に際してジェードのところに物資の補充の用事があっために、一度セイファート城へと帰って来ていたクリムだったが……支度を終えて、テレポーターを使用するために広場まで来たところで、ふと背後から声が掛かる。
それは、珍しくネーブルの街に降りてきた、ダアト=セイファートだった。
だがしかし、その様子がおかしい。どこか戸惑ったように、そわそわと視線を彷徨わせている。
「実は……クリム様が出会った皇族の遺児、ユーフェニアさんでしたか。彼女に会いたいと言われまして」
「ん……誰にじゃ?」
「それが……」
ダアト=セイファートが、遠く島の方に聳えるセイファート城の上の方へてチラッと目線を向ける。それで、クリムも誰が言ったのかを察した。
――また出てきたのか、初代皇帝様。
なるほど、ユーフェニアがイベントトリガーだったのだろう。だが……
「そうじゃな……話してみるが、あの子はあまり自分が皇女であることをよく思っておらんから、説得は難しいぞ?」
「それで構いません、気長に待つそうですから」
そう語る彼女に見送られ、クリムはテレポーターを操作して、レジスタンスの拠点であるラシェル保養地へと跳ぶ。
この日は、明日から春休みということで、本格的な旧帝都攻略に踏み込む予定となっていた。
――帝都四方を守護する四つの砦のうち、残る最後の砦、イースター砦。
拠点をラシェル保養地に移したルアシェイア連王同盟国と、反時計回りに回ってきたブルーライン共和国による、合同作戦による砦攻めの決行日だった。
◇
「あなたは、行かなくていいんですか?」
「……まふ?」
セイファート城、庭園の片隅に設置された白いベンチ。
そこに腰掛けて、大口を開けてマフィンに齧り付いていた幼い少女が……急に横から掛けられた声に、首を傾げて振り返る。
そんな少女の目線の先に居たのは……腕の中で暴れているデフォルメされた緑色のタコみたいな生き物を、熟練の手捌きでうまく腕の中に収めて抱きかかえている銀髪の少女だった。
「こんにちわ、可愛い悪魔さん?」
「……むぐ……ごくん。なんだ、原初の巫女じゃない」
少女二人……同じセイファート城の居候であるエイリーとルゥルゥの二人が、お互い視線を交わした後、隣り合ってベンチに腰掛ける。
「もう、力は戻っているんでしょう。あなたは二番目の悪魔として『向こう側』の手伝いをしなくていいの?」
「妾の役目は、もう終わってるから」
「そうなの?」
首を傾げながらのルゥルゥの言葉に……エイリーはまた一つ、抱えていた紙袋からマフィンを取り出し土台の型紙をペリペリ剥がしながら、頷く。
「妾は、あとはただ見守るだけ。裁定をこの世界の住人と『解放者』たちに託して眠りについた一番目の悪魔に、この
ただそう告げて……幼い悪魔の少女は、本日十個目のマフィンへと、嬉しそうに頬を緩ませてかぶりつくのだった。
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