青の魔王、合流

 イースター砦内部を強行突破したクリムたちが、『傷』の発生源である屋内練兵場……このイースター砦は比較的平穏な場所なため、旧帝国では新兵たちの研修施設であったこともあり、最も広大な訓練施設であるその練兵場……に到達した時、そこでは既に、このエリアのボスとの戦端が開かれていた。



 戦闘を繰り広げていたのは、ブルーライン共和国の精鋭部隊『蒼天魔法師団』という集団だった。


 魔法使いを極めんとする者が多数在籍しているという、共和国最大の戦力面でのアドバンテージ。


 その特徴を最大限活かすために、徹底して特化された魔法使いたちと前衛職、陣形を組んで戦うチームプレイを前提として構成されたのが、この『蒼天魔法師団』……シャオが『奇策なんて所詮は王道で戦えない者の悪足掻きですよ』と臆面もなく言い放ちながら直々にプロデュースした、ブルーライン共和国自慢の最精鋭部隊だ。


 前衛はがっちりとボスの攻撃を防ぎ、その後ろから後衛の強力な魔法が降り注ぐ。


 そんなパーティ戦闘の基本を突き詰めて、シャオの指揮のもと一矢乱れぬ動きで着実に敵を追い詰めるその様は、『チームプレイならば連王国でも北方帝国でもない、我ら共和国が最強である』と主張せんばかりであった。



 だが……おそらくこのまま戦えば危なげなくシャオたちがボスを倒してくれると思うが、生憎とそれを待っている余裕は、一刻を争う今のクリムたちには無い。


 イースター砦の『傷』を守護するボス――グリフォンの胴体に甲冑姿の騎士の上半身を備えた重装の魔物が、新たに現れた敵であるクリムたちに向けて、両手に手にした長大な槍を振り回して威嚇の咆哮を上げる……が。


「すまんな……今回ばかりは構ってやる余裕はない、全力で押し通る!」


 ボスの部屋に入場するなり床を全力で踏み切り、翼を広げて天井スレスレまで飛び上がったクリム。

 そんなクリムから放たれたのは、振り下ろしている途中で『剣群の王』のコントロールを放棄したため、勢いよく落下していく黒い大剣。


 それは狙い違わず騎士の胴体、グリフォンの体から生えた巨大な翼を貫いて、床に縫いとめる。


 更には……クリムは『剣群の王』により操っていた二本の槍、そして両手に携えていた刀も投げ放ち、拘束を外そうと翼が千切れるのも構わずに暴れているその背中へ次々と突き立てていく。



 ――ォォオオオ……オ゛ッ!?



 降り注ぐ凶器の雨に、まるで苦痛に悲鳴を上げるかのような鎧騎士の声を上げたが、しかしそれは不自然に止まる。

 人の形状をした上半身のその首、甲冑の隙間を縫うようにして、グリフォンの背に着地したクリムが即座に手にした短剣を突き立てたためだ。


 常識外の瘴気の魔物ゆえに、それだけで即クリティカル死亡判定は出なかったが……しかしその巨体はガクッと膝から力を失って崩れ落ち、一時ダウンの状態へと陥った。


 そうなってしまえば、もはや今のクリムを止めることはできない。


 先ほど射出した刀を、槍を、次々に持ち替えては切り裂き、突き刺し、まるでマグロでも解体する職人のように瞬く間に細切れにしていく。


 翼を千切り、腕を切り飛ばし、胴を引き裂いていくクリムの猛攻により、瞬く間に削れていくボスのライフ。


 だがしかし、それでも膨大なボスのライフを削り切るにはまだ足りない。やがてダウンしていたボスが、満身創痍なその身を起こそうと、身じろぎした――その直後。


「クリムさん!」


 シャオの呼びかけに、咄嗟にその場から飛び退るクリム。


 直後、怒り状態で立ち上がったボスだったが――しかし後方から無数に飛来した高位深知魔法『ヴァジュラ』による雷光の槍が、無数にその身に突き立った。


「流石、ナイスタイミングじゃな、シャオ!」

「まあ、あれだけ隙を作って貰ったんですから、きちんと仕事はこなさないとですからね」


 クリムの賞賛に、当然ですとばかりに肩をすくめるシャオ。


 そして……もはや起き上がることさえ許されぬまま、イースター砦のボスであるグリフォンの騎士は、プレイヤー中最高位の魔法使い数十名分の『ヴァジュラ』による眩い雷光に焼き尽くされて、儚くも消滅したのだった。




 ◇


 そうして、唖然とする皆をよそに、ボスを暴力的なまでの飽和攻撃によって瞬殺したクリムたちだったが。


「……やあ、これはまた……怖い怖い、やはり貴女は絶対に敵には回したくないですねぇ」

「すまんが、話に付き合っている暇はなくてな。我らは急いで向かわなければならぬ場所が……」


 早々に話を切り上げて立ち去ろうとするクリムだったが、しかしシャオがその手を掴み、引き留める。


「ですが、急いては事を仕損じますよ、クリムさん。ついて来てください」


 そう告げて、クリムの返事を待たぬまま、彼らブルーライン共和国の精鋭たちが今来たばかりであろう道……砦の地下にある魔導列車のホームへと向かって、シャオが歩き出す。


 何故と思いつつも、彼がわざわざ急ぐクリムたちの邪魔をするとも思えず、怪訝な顔でついていくクリムたちだったが……そんな彼の案内でやってきたホームには。


「わぁ、大きな鳥さんです!?」


 クリムのすぐ後ろに居た雛菊の、驚きの声。


 そこには……何匹もの、馬ほどの体躯をした巨大な猛禽類が、ブルーライン共和国の後方支援部隊に世話されながら、大人しく羽を休めていた。



「本当にたまたまだったんですが、この砦は飼育するのに良さそうだと思って連れてきていて正解でしたね」

「……これは?」

「今後、機動力が必要となる場面もあろうかと思って道中で集めておいた、騎乗用の巨大隼ファルコンです」

「ふふ、私が、この子たちを浄化してあげましたぁ。皆優しくて、よく言う事を聞く良い子ですよー」


 そう言って、のんびりとファルコンたちに手ずから餌を与えているのは……どこかほややんと眠そうな目をした、スタイルの良い体に厚手の法衣を纏ったお姉さん。


 ふわふわなウェーブ掛かったクリーム色のロングヘアも、性格さえも柔らかそうなそのお姉さんは……そういえば先程の戦闘中にも、蒼天魔法師団に混じっていた気がする。


「……アリエスじゃないか!?」

「あら、レオナちゃん。お久しぶりぃ」

「そうか……君も、目覚めていたのか」


 旧知の仲の者に会ったような驚きの声を上げるレオナ。そんな彼女の様子を見て、アリエスと呼ばれたお姉さんが何者か、クリムたちも察する。


「レオナ、彼女はもしかして?」

「ええ、彼女もアタシたち巫女の仲間で、アリエスだよ。いつか瘴気が晴れたら食べ物が無いと困るからと、南の穀倉地帯に自分を封印して、周囲の土地を浄化をしながら眠り続けていたのだけれど……」

「シャオ君たちのおかげで、無事に目覚めましたぁ」

「……で、何故抱きつくんですか、貴女は」


 背後から抱きつかれ、丁度頭が彼女の胸あたりに埋まる形となるシャオが疲れ切ったように溜息を吐く。

 どうやら彼は、このアリエスというお姉さんに頭が上がらないらしい。


 意外なシャオの一面に内心で面白がりながらも、残念ながら今はそんな暇はない。あとで存分にからかってやろうと思いつつ、クリムは本題に移る。


「では、シャオの良い考えというのは」

「はい、そうです。徒歩で走っていくよりはずっと早いでしょう。あまり大勢は移動できませんがね」

「しかし、我らはテイマーの経験は……」

「大丈夫ですよー、皆、優しい子たちだからー」


 ぽわぽわ眠たそうな声で、アリエスが太鼓判を押す。


 若干その言動に不安を感じつつ、おっかなびっくり手近に居たファルコンに近寄ってみると……なるほど、彼女が自信満々に優しい子たちと言うだけはあった。


 ファルコンたちは、クリムたちが近寄っても怖がる事もなく、むしろ伸ばしたクリムの手に自ら頭を擦り寄せて気持ち良さそうにしている。


 ――やっべ可愛い。


 見た目は巨大な隼で威圧感があるが、行動は手乗り文鳥のそれだ。そのギャップに思わずそう思うクリムだった。




「さて、時間が惜しいのでしょう? 十騎居ますので、どうぞ使ってください」

「良いのか?」


 一足先に、自分の分のファルコンに専用の鞍を掛けているシャオ。彼に、クリムが聞き返す。


「本当は、私たちで空挺師団を作るために用意したのですから、必ず無事に返してくださいね」

「シャオ……感謝する!」


 シャオの指示を受けて共和国の者が手渡してくれた鞍を掴みながら、クリムが礼を述べて、すぐに向かう者の選定に移る。


 一騎はシャオが使うらしいので、残り九騎。今回同行しているクリムたち『ルアシェイア』メンバー七人は向かうとして、残りは二名、となれば。


「レオナ、それと……ユーフェニア、お主もついて来い!」


 クリムの呼びかけに、すでに用意を始めていたレオナはさておき、ユーフェニアは驚いた様子で自分を指差していた。


「わ……私が!?」

「お主には、駆けつけるべき友人があちらにおるじゃろう!」

「う……うん、そうだね、ありがとう!」


 クリムの言葉に、ハッとした様子のユーフェニアが、慌てて手近に居たファルコンへと駆け寄る。


「お前、よろしくね?」


 ファルコンに語りかけるユーフェニア。そんな彼女に、そのファルコンは『良いだろう、乗りな』とばかりに一声あげて、乗りやすいように僅かに身を屈めてくれていた。




 そうして空の足を手に入れたクリムたち十人は、他の者たちに指示を出し終えた後、急ぎラシェル保養地へと引き返すのだった――……


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