旧帝都奪還:レドロック解放戦①

 ――居住地で炊き出しをした、その翌朝。



 集合時間である朝九時にはすでに仲間たちが皆集合していた、坑道から街に続く階段の下で……ログインしたクリムの前に、すっかり元気になった少女が駆け寄ってきた。


「おはよう、まおーさま」

「うむ……どうやら今日のお主は、顔色もいいみたいじゃな。我も嬉しいぞ」


 しっかり栄養を摂って眠ったおかげが、うっすら血色の良くなった少女……エクリアス。

 その様子にクリムが満足そうに笑いかけると、彼女は照れた様子で俯き、こくんと小さく頷く。


「さて……クロウ、来てくれ」


 呼びかけると、クリムが前に差し出した腕の上に、黒い子竜が忽然と現れる。


『あいヨ。けド、まだ力は戻ってねーゼ?』

「構わぬ、今日はこの少女と一緒に居てやってくれ、何があったら我に連絡はつくじゃろ?」

『へいヘイ、んじゃ嬢ちゃん、よろしくナ』

「わ、わ!?」


 クリムの腕からエクリアスの肩へ移動したクロウ。突然の重みに慌てふためいた彼女は、だがしかし、大人しく肩に留まっている子竜に興味深々なようで、チラチラ様子を伺っていた。


 そんな姿を微笑ましく思いながら……しかしすぐに、その後ろから続々とついてきた者たちへ向き直る。


「お主らも、今日はよろしく頼む」


 そうクリムが頭を下げたそこには、あちこちの旧帝都領に存在した貴族家の私兵のものだったぼろぼろの装備を纏う、痩せた男たち。


 そんなエクリアスの後ろに並ぶ三十人ほどの武装した住人たちは……瘴気の発生以前には、兵士として従軍経験のある者たちだ。


 内乱により敵味方に分かれて戦っていたらしい彼らだったが、過酷な環境を生き延びる上で手を取り合い、そのわだかまりはすっかり無くなっているようだ。


 そしてその中でも彼らは、昨夜のうちに「今日のレドロック解放に向けて自分たちも戦いたい」と志願してくれた者たちだった。


 もちろん、体力の落ちている彼らを前線に放り込むつもりはない。彼らの役目は、エクリアス周囲の魔物の警戒、および、後方からの援護射撃だ。


 今は、クリムたちが貸与したマスケット銃や軍刀の調子を慣れた手つきで確かめながら、真剣にクリムたちの話を聞いていた。


「よし……それじゃあ、改めてもう一度、作戦を説明するぞ」


 フレイの号令に、合わせて五十騎に満たないレドロック解放の仲間たちが、円陣を組んで頭を突き合わせる。

 それを見渡して一つ頷いたフレイが、手にした棒で簡素な戦術マップをガリガリと地面に描き始めた。


「まず……連中はまず獲物を中に引き入れて、こちらを囲もうとする習性がある。だから、姿が見えないからと深入りするのは危険だ」


 フレイの言葉に、皆、一斉に頷く。

 昨日は全力で撤退したからこそ逃れられたが、今のクリムたちの手勢では、まともにやり合えば勝てないとは言わないまでも、甚大な被害が出るだろう。


「幸い……街の入り口には過去、エクリアスの母君とそれに付き従って魔物を抑えていた者たちが使っていた塹壕陣地がある。まずは、それをありがたく使わせてもらい、確実に敵を殲滅しながら慎重に進みましょう」


 そう言って、地面に描いたレドロック市街の簡易地図の北西、今クリムたちが居る坑道へと降りる階段のあるあたりに、がりがりと丸を描く。


 そして……そこから真下、レドロック市街地中心を東西に貫くメインストリートまで線を引くと、クリムたちがこの街に入ってきた街の西端にある門のあたりに、もう一つ丸を描く。


「作戦の第一段階は、この入り口周囲の、敵が潜むことができる建造物を排除して見晴らしのいいスペースを確保。および内戦中に外敵からの備えとして建造された外壁と最寄りの見張り櫓を確保して、高所から広く周囲を見渡せる安全な陣地を得るのを目指します」


 そう言って、クリムたちが居る坑道……街の北部から階段を登って街へ入り、少し南へと真っ直ぐ進んだところにある街の大通り西門を指しながら、そう説明する。


「……皆さんの街の一画を更地にすることになりますが、構いませんか?」


 それだけ、確認しておく。

 しかし異論は出ず、皆、黙って頷くのみ。


「では、異論無しということで進めていきます。街の建造物破壊は……クリム、任せていいな?」

「うむ、承った」


 事前に打ち合わせしていたことではあるが、クリムはフレイの言葉に頷く。そして、彼からその後の説明を引き継ぎ、配置について語り始める。


「我ら『ルアシェイア』のメンバーは装備のおかげで、瘴気内での行動に支障はない。ゆえに、前衛は我々に任せて貰おう。しかし街の住人たちやスザクらはそうではないゆえ、お主らは瘴気を浄化できるエクリアスの側に展開して彼女の護衛を」

「うん、了解!」


 スザクたちを代表し、ハルが頷く。ランとクロノの二人も、その両隣で異論無しと頷いていた。


「ただし……スザク、お主は状況を見て臨機応変に判断を。お主ならば瘴気内でも問題あるまい」

「ああ、まかせてくれ。『ドラゴンアーマー』状態なら、瘴気の影響もシャットアウトできるからな」


 スザクの変身後の姿には、ある程度状態異常を遮断できることも、この場所に来るまでの戦闘で確認済みだ。

 彼に関しては戦闘力、現場判断力についてクリムも心配していないため、全面的にどう動くか任せて臨機応変に遊撃手として動いてもらった方がいい、そう判断しての丸投げであった。


「最後に……エクリアス、そして志願してくれた皆よ。お主らのうち誰か一人でも欠落すれば、それは即ち我らの完全敗北を意味する。もしも自己犠牲を考えている者がいたのならば、今すぐ居住地へと引き返すがいい」


 突然の厳しい言葉にポカンとしている彼らに、クリムは厳しく顰めていたふっと表情を緩め、笑いかける。


「我らは、ここまで健気にこの街の生き残りを支えてきた少女に、これ以上喜びの涙以外を流させる訳にはいくまい。それにようやく穴倉暮らしが終わるこのタイミングで自己犠牲なんぞクソくらえじゃ。お主らも、それでよいな?」


 そんなクリムの言葉に唖然としていた彼らだったが、しかし。


「……ああ、もちろんだ!」

「嬢ちゃんにゃ世話になってきたんだしな」

「我らの巫女様に、ウチのカミさんが作る郷土料理食わせてやりてぇしな!」

「皆で、美味いもんを食いに行こう!」

「いや、今なら大嫌いだった魚と酒粕の酢漬けだって美味いに違いねえ!」


 わっと、楽しそうに語りだす男たち。そんな彼らの姿に戸惑っているエクリアスの頭に、クリムはぽん、と手をを置く。


「では……行くぞ!」

「……ん!」


 キッと覚悟完了した表情を浮かべるエクリアスに笑い掛け、クリムは纏った真紅の外套を翻すと、少女を先導するように仲間たちと街へ続く階段を登り始める。





 そうして――帝都西北西の端、レドロックの街にて。


 旧帝都解放戦、その中でも幾つかがほぼ同時に勃発した最初の戦闘のうち一つが今、始まったのだった――……

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