剣群の王
――レドロックの街を解放するための戦闘が始まってから、早くも半刻程が経過した頃。
「しかしまあ……さすが魔王様というか、すごいな、こちらの世界の後輩君は」
「ねー、私、もうちょっと死闘とか、激闘とか、そういうのを覚悟していたんだけど」
「クリムちゃん、今のところ、一匹たりとも取りこぼしが無いからねぇ」
「とはいえまだまだ序の口、敵の縄張り外縁部なんだから、油断しないでくださいっスよ」
唖然とした様子で呟くクロノとラン、そしてハルの三人を嗜めながら……しかしスザクも内心で舌を巻くほど、前方で展開している光景は、この『Destiny Unchain Online』の常識からはかけ離れたデタラメなものだった。
正面に展開するのは、先頭を行くクリムと、その後ろから援護射撃を飛ばすフレイ、そしてスザクたちとの中間地点で、いつでもカバーに入れるよう立ち位置を維持しながら追従しているフレイヤのみ。
この場に姿の見えない他の『ルアシェイア』メンバーは、街の屋根上や路地に分散して、エクリアスを狙い迂回してくる敵モンスターへの対処に当たっていた。
つまり……正面に多数展開している触手足の魔物たち、敵本隊を迎え撃っている前衛は、クリムただ一人。
だがしかし、ここまで戦闘で正面からクリムとフレイの背後に抜けたエネミーは、一体たりとも存在していない。
「本当に……なんつーバケモンだよ」
「あはは……ごめんねクリムちゃん、私にはスザクくんの言葉を否定できないよー」
呆れたようなスザクの呟きと、困ったように苦笑しながらのハルの言葉。
そんな声を掻き消すように――正面から硬いものが砕け、ひしゃげる騒音が、高らかに響き渡ったのだった。
◇
「向こうは……大丈夫じゃな」
最前線、宙を舞うポールアクスとロングスピアを自在に振るって迫り来る敵を薙ぎ払いながら、こちらに向かって口を開けて飛び掛かってきた魔物の一体を手にした刀で斬り裂きつつ……背後の様子を見ていたクリムが、撃ち漏らしは無いことに安堵の息を吐きながら、呟く。
……これまでの戦闘で、敵の行動パターンはもうだいたい把握できた。
主な攻撃手段は触手を伸ばしての打撃と、口から吐き出す酸、組みついての噛みつき。その他、背負っている鉱石を射出してきたり、爆散し自爆してくるなど群れで現れたならば厄介な攻撃が多い。
一方で、ちょこまか素早いものの、それほど強いという訳ではなく、少数を落ち着いて対処していけば、それほど強敵というわけでもない。見た目がキモいために精神的な疲労感はあるが。
それに……今のクリムにとって屋外、しかも乱戦ではなく最前線、前方全て敵というこの状況は、非常に都合の良い戦場だった。
何せ……
「クリムさん、新手です!」
「うむ、任せよ!」
屋根上から、狙撃により迫る敵を減らしながらのリコリスの報告に、クリムがその刀を持っていない方の手を上空へと掲げる。
すると……その後方に不自然に聳え立っていた漆黒の壁が、上空へと舞い上がった。
――否、それは壁ではなく、剣。
だがそのサイズが尋常ではなく、刀身の全長は三メートルを超え、幅も優に一メートル近くはある。
そんな、手に持って振るうことなど最初から度外視された、幅広い刀身を持つ巨大で分厚い大剣が……二振り。
その鉄塊か、あるいはシェルターの隔壁の如き剣が、冗談のように空へと舞い上がり……クリムがその手を敵に向けて振り下ろした瞬間、上空から、こちらに迫って来ている敵集団の先頭目掛けて凄まじい勢いで落下する。
――直後、鼓膜が破れそうなほどの轟音と共に、比喩でも何でもなく、地面がまるで地震のように揺れた。
それは、質量と重力加速による暴力。
クリムの所持する『変幻』の効果で限界まで質量を増やした大剣によるその一撃は、大地を揺らし、撒き散らした落着の衝撃で周囲に居た魔物十数体を跡形すら残さず粉々に粉砕する。
また……狭い通路では道に突き刺さったそれ自体が遮蔽となって、敵の移動を制限し遠隔攻撃を防ぐバリケードとなっていた。
――この戦闘から解禁した、この自在に武器を操るスキル……名をアンチェインスキル『剣群の王』と言う。
種族進化した者だけが一つだけ選択し習得できる、
クリムの選択したそれは、所有しているか、あるいは創り出した武器を四振りまで登録し、まるで見えない腕で振るうかの如く自在に操るスキルだった。
欠点は、操る武器の重量が増大したり、使用者から離れるほどに精密な操作が難しくなること。だがそれは、狙った場所に目掛けて質量弾として勢いを上乗せし落下させる分には関係無い。
また、従えた武器を操作するには少なくないMPを消耗するのだが……クリムはそれを克服するために、種族進化で増えた上限スキルレベルの残りを使ってHP自然回復
結果……後衛魔法使い系の必須スキルを伸ばしたはずのクリムは、しかしその結果なぜか対多数相手の最前線における制圧・殲滅力が跳ね上がったものだから、これにはギルドの皆も苦笑いだったのだが、それはさておき。
いかに巨大な二本の剣とはいえ、それだけで道を完全に塞げる訳でなく、隙間を擦り抜けて魔物が迫る。しかし、経路を限定され少数ずつ迫る敵の進行を食い止めるなど容易なことだった。
悠然と、どこか優雅さすら感じさせる足取りで前進するクリムの振るった紅い魔力を纏う刀が、大剣同様に『剣群の王』に制御されて縦横無尽に宙を駆けるポールアクスとロングスピアが、吹き荒れる暴力の嵐が敵を片っ端から瞬く間に鏖殺していく。
その姿は――まさに魔王。
「まおーさま、すごい……」
「あの娘っ子、味方で良かったなぁ……」
「いや、全くだ……」
後方で、エクリアスと街の男たちが、冷や汗混じりでそんな事を話していたのは……再度振り下ろされた鉄槌の衝撃音にかき消され、クリムの耳まで届くことはなかったのだった。
【後書き】
やはり暴力……‼︎
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