来訪者クロウクルアフ

 瘴気の巨人、その最後に残った結晶が悪あがきとばかりに乱射する、眩い荷電粒子砲。

 その超高温の熱線を掻い潜って放たれたクリムとスザクの刃によって、その最後の結晶体も切り裂かれ、瘴気の巨人は今度こそ完全に消滅した。




 そうして、残る無防備な空間の裂け目……『傷』を一斉射により消滅させた頃、後方に退避していた双子の『セフィラの巫女』が戻ってくる。


「お見事です。この場の『傷』は無事消滅致しました」

「周辺一帯の、瘴気の浄化完了も確認致しました」

「「これより私たちは、この地の『傷』を封印する結界の準備に入ります」」


 そう言って先程まで空間の亀裂があった場所まで移動した双子たちは、持ち場につくと、その背にある光翼を大きく広げ始めた。



「すまぬ、その前に少しだけ質問させて欲しい。この先にはもう、瘴気は無いのかの?」

「いえ、それはあくまでもこの一帯の話」

「この大陸中央部には、未だに無数の『傷』が発生しています」

「そして、私たち以外の『セフィラの巫女』も、それぞれ持ち場にて虎視眈々と浄化の機を伺っているかと」

「なるほどのぅ……では我らの当面の目的は、帝都を目指しながら、その巫女らと協力して途中あちこちにある『傷』を浄化していけばよいのじゃな?」

「「その通りにございます」」


 声を揃え、クリムの疑問に応える『セフィラの巫女』たち。


 ――大陸面積の四分の一はあろうかという、広大な内陸部。


 そのいずこかに点在する『傷』を浄化し、版図を拡げながら帝都を目指す。


 それは一日や二日でどうにかなるようなものではないであろう、なかなかに骨が折れそうなミッションであるが……


「……やるしかないよな」

「ま、そうじゃな。はようダアトめも開放してやらねばならんからな」


 顔を上げ、遠くを見据えたスザクの言葉に、クリムも頷く。


 ……と、決心を新たにしていた、そんな時だった。




『――紅さん、盛り上がっているところ、ごめんね』

「……え、父さん?」


 突然掛かってきたのは、父、宙からの個人通信。

 同じく個人用のチャットモードに切り替えたクリムの返事に一つ頷くと、彼はその要件を告げる。



 ……これまで、宙からゲーム内でクリムに通信をしてきた事はほとんどない。それが急にとなれば、嫌が応にも不吉な予感しか感じられないまま、クリムは宙の話へと耳を傾ける。



『君のところで、異常なデータ量の増大を確認したんだ。申し訳ないけれど、なるべく人が居ない場所に移動してGMコールしてもらっていいかな?』


 父の口から告げられる、まさかの運営からの呼び出し。


 クリムの口から「ひゅ」と息を呑む変な音が漏れたのも、血の気が引いて顔面蒼白になったのも、致し方あるまい。



 ――いわゆる、『何故ここに転送されたかおわかりになりますでしょうか?』というやつである。



 それを受けたクリムの目は……自然と、今はまたフレイヤに捕まってもがいている黒い子竜へと吸い寄せられるのだった。




 ◇


 ――セイファート城、会議室。




 今はクリムと、付き添いでフレイにフレイヤの双子しか居ないこの部屋で……クリムたちは緊張した面持ちで、通信画面の向こうで誰かと遣り取りをしている宙の動向を、裁きを待つ罪人の心境のまま固唾を飲んで見守っていた。


「ねぇ、紅ちゃん、昴、この子大丈夫かな……」

「うん……」

「まさかこんな大事になるなんて……」


 すでに、要件が黒い子竜……クロウクルアフの件である事は聞いていた。

 もし彼が違法なデータや深刻なバグの類であった場合はと思うと、気が気でない三人なのだったが。


『マ、なるようニしかなんねーダロ』

「君はマイペースすぎてビックリだよね……」


 呑気に机の上に丸まってだらけているクロウクルアフの姿に、呆れたようなフレイヤの言葉。クリムとフレイも、彼女の言葉に全力で同意するのだった。


 そんな、重苦しい時間が流れ……やがて、宙が相談を終えたらしく、クリムたちへと振り返る。


『ごめん、待たせたね』

「いえ……それより父さん、今回の呼び出しは一体?」


 そう、早く話を進めて欲しいと促すクリム。もはや、判決待ちどころか断頭台で刃が落ちて来るのを待つかのような心境だった。


『判明していることを端的に言うと、そこの彼……クロウクルアフは、このDestiny Unchain Onlineのものではないよ。外部から入り込んだAI……のようなものかな』


 淡々と告げる宙の言葉に、クリムたちが顔を見合わせて首を傾げる。


『正直、驚いているのですが……クロウクルアフと言いましたね。彼は紅さんの、本来ならば順次高レベルのプレイヤーから開放される予定だった守護獣ガーディアンというシステムの枠に、外部から漂流してきてイレギュラーとして入り込んだみたいです』

「イレギュラー……って、どういう事? まさか……ハッキング?」

『いいえ、そんな明白な意思のもとにたどり着いた訳ではないでしょう。彼の場合、データの残骸となりネットワークの海を漂流しているうちに偶然このゲームへと漂着し、ゲーム内のデータを取り込んで自己修復した、というのが正しいと思います』


 少なくとも、犯罪性はありませんよ……そう告げる宙の言葉に、少しだけ空気が弛緩する。


「正規のデータではないって事ですよね……まさか、クーちゃんのこと、消しちゃうんですか?」

『オイ待てクーちゃんってマサか俺様ノ事か?』


 悲しげに顔を伏せるフレイヤ。出会ってまだ一時間足らずの間柄ではあるが、憎からず思えていた矢先の話に、クリムたちも再度動揺を隠せずにいたが……しかし、宙は首を横に振った。


『ああ、大丈夫、そのつもりはありません。それに、彼は私たちの技術では消せませんよ。彼は私たちよりずっと上のテクノロジーの産物、いわば超高次情報生命体です。その気になればこちらからの干渉など全て跳ね除けた上で、逆に侵食できるはずですから』


 サラッっと放たれた、宙のとんでもない発言。

 ビシリと固まった皆の視線が、ゆっくりとクロウクルアフに集中するが……


『ンなことするかヨ。面倒臭ェ』

『だそうです』


 本当に心底面倒臭そうな様子で、テーブルに寝そべっているクロウクルアフがそう吐き捨てる。

 その回答を予想できていたらしい宙は、一つ肩をすくめ苦笑してから、改めて本来の話に戻る。


『子竜の姿なのは……おそらくですが、データの欠損部分を“ドラゴンパピー”というエネミーデータを取り込んで補完したせいでしょう。不幸中の幸いというか、そのおかげで彼も今はシステムから大幅に逸脱した行為はできないようですから、問題もないでしょう』

「じゃあ、このままでいいの?」

『はい、彼は今、Destiny Unchain Onlineの中での扱いとしては、クリムの守護獣という形に収まっていますから、そのまま運用して構いませんよ』



 そう言って、宙が守護獣システムについて解説してくれる。

 その話によれば……自由に呼び出しは可能で、他のプレイヤーやNPCと交流も可能だそうだ。

 しかし戦闘への介入などに関しては、待機中に宿主から吸収し、溜め込んだ魔力を消費しなければできない……との事だった。



「それじゃあ宙おじさま。クーちゃんを消したりは……」

『だかラそのクーちゃんって何ダヨおい小娘』

『しませんよ。彼はいわば客人で、ちょっとだけ変則的なプレイヤーです。帰る手段が見つかるまで、ゆっくり滞在していてください』


 心配そうなフレイヤの質問に対しての宙の太鼓判に、部屋の中に今度こそようやく安堵の空気が満ちる。


 宙は、子供たちのそんな様子を優しく見つめながら……ふと、何かに気付いたように画面外、部屋のおそらく入り口の方へと顔を向けたまま、再度口を開いた。


『それに……クロウクルアフ、あなたをずっと心配していた人も居ましたからね。たまたま近くに来ていたらしいので、すぐここに来る思います、是非とも元気な顔を見せてやってください』

『……ンぁ?』


 宙の言葉に、クロウクルアフが訝しげな顔をした……その直後。



 ――あの、宙さん! クルナック様が見つかったって本当ですか!?


 ――こら落ち着け、あまり急に動くなって!


 ――でも……っ!



 俄に騒々しくなる、通信の向こう側。どうやら宙の部屋に来客があったらしい。


『……いらっしゃったみたいですね。少し通信を変わります』


 そう言って宙が席を立った直後……一人の、よほど急いで来たのか息を切らしている女性が、まるで食いつくかのような勢いでモニターの向こうに現れた。


『あぁ、本当に……あなたなんですね、クルナック様!』

『ム……よウ、お姫様。随分と別嬪さんニなったジャネーカ。久しぶり……ナんだっけカ、こっちデハ』

『はい……本当に、本当にご無事でよかったです……っ!』

『バッ……カじゃねーノ。何泣いてんダよ。あーホラ、落ち着け、ナ?』


 ポロポロと大粒の涙を溢しながら、泣き笑いの表情で再会を喜ぶ彼女……ユリアの母、イリス。

 そして……どうやら彼女と知り合いらしいクロウクルアフも、照れ臭そうにそっぽを向きつつも、満更でも無さそうな様子でそんな彼女を宥めていた。


 その表情はお互いに優しく、心の底から再会を喜んでいるのがよく分かる。


 それは、きっと自分たちが観ていていいものではない……そんな気がしたクリムたちも宙と同様に、彼らの再会の邪魔にならぬようクロウクルアフを通信画面の前へ残したまま、そっと部屋から退室したのだった――……

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