災厄の蛇(小)

「な……なんじゃこの声!?」


 自分を中心として戦場に響く声に、さすがにクリムも慌てて周囲を見回す。


 だが、そこにはそれらしい者は居らず……ただ、クリム同様驚いた顔をした周囲のプレイヤーたちからの視線が殺到しているだけだった。


『ハハぁ……そこノ白髪の小娘、どうやラ俺はお前に取り憑いテいルみたいだナ』

「わ、我か? 取り憑くって何じゃ!?」

『アア、そうダ。だけどこれだト色々不便だナ、いいダロう、出て行ってやル』


 そんな謎の声の言葉と同時に、クリムの影から枝分かれするように、するすると伸びて何かを形作りながら、浮かび上がる真っ黒な影。


『俺様コソ、死ヲ司どル災厄の蛇ニして、千変万化の邪竜――そノ名をクロウクルアフ様ダ! 恐レ慄け矮小なル人間どもヨ――ッ!!』


 悪役じみた哄笑と口上、そして咆哮と共に……クリムの影から真っ黒なもう一つの影が完全に飛び出して、瞬く間に明確な形を為していく。


 そうして現れた、『それ』は――



「きゃあー、何この子、可愛いー!?」

『グェ!? な、ナンだこの女ハ!』



 ――姿を現した瞬間、その姿を一目見た瞬間に目を輝かせて飛び付いたフレイヤに、抱きしめられていた。


 彼女の腕の中で、ジタバタともがいて拘束から逃れようとしているのは……大きめの猫くらいのサイズの、ややデフォルメされたデザインをした黒いドラゴン。


 ぬいぐるみのような胴体に短い手足とやや大きめな翼と尻尾。やや捻くれた印象のある三白眼と大きな口。


 そんな……愛らしい、マスコット風の見た目をしただった。


『おいコラ宿主だった小娘、此奴をナンとかしろ!?』


 すっかり夢中になって可愛がっているフレイヤの猛攻により、何やらいよいよ切迫してきたそのドラゴンの様子に……クリムは何だかなぁと思いつつ、今の状況はそれどころではないため助け船を出す。


「ストップじゃフレイヤ、話が進まないではないか。愛でるなら後で、ね?」

「むぅ……」


 クリムに嗜められ、フレイヤは渋々と拘束を緩めて、なんだかグッタリし始めていた黒竜を解放する。


『ヤレヤレ、酷ぇ目ニ遭った……ぜ…………ぇ?』


 すっかり疲れた様子でフレイヤの腕から這い出してきた黒竜……本人の名乗りによれば『クロウクルアフ』というらしいその竜は、しかし己の体をようやく確認して、愕然とした表情で固まった。そして……


『な……なンじゃこりゃアぁあアア!?』


 ……そんな驚愕の声を、あたり一面に響かせたのだった。




 ◇


『……マぁそんな訳で、何でこんナ事になっているかハさっぱりワカンネェが、消滅してネェだけ儲けもんだナ』

「お主めちゃくちゃ軽いのぅ……」


 驚いていたのも、ほんの一瞬。


 彼……クロウクルアフは、なんでも色々あって消滅の危機にあったはずなのだが、しかし気がついたらこんなことになっていたため状況がさっぱり分からないという。


 ……微妙に重たい話なのだが、彼はそれを微塵も感じさせず、あっけらかんとした調子で説明していた。


 何やらすっかり状況を受け入れているクロウクルアフに、呆れたように呟くクリムだったが……今は、そんな場合ではない。


『ンで、小娘。お前ラは、あのヘンテコな巨人ヲ何とかしたいノか?』

「うむ、じゃが今は逃げ遅れたプレイヤーたちが離脱し損ねていて、まずはそれをどうにかしなければならぬ」


 めちゃくちゃに振り回されている刃に、付近にいるプレイヤーたちが離脱できずにいる。あのままではこちらの攻撃に巻き込みかねないし、今は回復魔法でフォローできているが、いずれは当たりどころが悪ければやられてしまうだろう。


『ヨシ、それジャ俺様が動きを止めてやル。小娘タチはその瞬間に脚部の結界ヲ破壊、残りハ直後一斉射撃デぶっ壊セ』

「足止め……お前に可能なのか?」


 何やら人に指示を出すのに慣れている様子の黒竜に面食らいながら、フレイが訝しげに尋ねる。


『俺様の今ノ魔力量なら……まあ2秒カラ3秒ッテところだナ。上手ク合わせろヨ、宿主ノ小娘』

「う、うむ……我は、いつでも良いぞ」


 フレイ同様、マスコットじみた姿のドラゴンがテキパキと指示を出していく姿に面食らっていたクリムも、声を掛けられて慌てて準備を始める。

 ジェットコースターのように進む話の流れについて行けてないスザクを始めとした前衛陣も、ようやく我に返ってクリムの後に続いた。


『ヨシ……オラその辺の逃げ損ねてル雑魚共、カウント3つ数えてヤルから、ゼロで離脱しヤガれ!! 3、2……』

「皆の者、なんかこやつは怪しいとは思うかもしれぬが、いいから我を信じて、こやつの言う通りにするが良い!」


 クロウクルアフに続き、皆に向けて声を張り上げたクリムの言葉に、交戦中の者たちがよく分からないながらも頷く。


『1……ゼロ! ハッハァ、そらそら逃げヤがレぇ!!』


 そんなカウントダウン終了と共に急かすクロウクルアフの声に、皆一斉に巨人から背を向けて逃げ出すプレイヤーたち。

 直後、地面から大量に湧き出してきた黒い影の帯が、瞬く間に巨人の結晶を絡めとり、その場に固定していった。


 ――すっげぇ。


 そんな光景を目の当たりにして、誰かが思わずといった様子でつぶやいたのが聞こえたが……そんな声を置き去りにして、瞬発力が頭一つ抜けているクリムとスザクが、逃げてくるプレイヤーたちの合間を縫うように駆ける。


 今や完璧にコントロールされている二人の疾走は、途中逃げてくる人々などの障害物をまるで存在しないかのように最短距離ですり抜けて、ほんの瞬き一つくらいの時間で瘴気の巨人との距離をゼロに詰め……



「――『ナハトアングリフ』ッ!!」

「――『フレシェット』ォ!!」


 勢いのまま放たれた神速の斬撃が、閃光の刺突が、巨人の両膝の障壁を砕く。


 直後、後衛から殺到する矢と魔法の嵐が、守護を失った結晶を抵抗も許さずに粉砕した。


 その猛追により膝が砕かれ体勢を崩したところに殺到するのは、雛菊やカスミをはじめとした前衛陣の猛攻撃。


 彼らにより瞬く間に巨人のあちこちの結晶から『アブソリュートディフェンス』が引き剥がされ、直後、狙い済まして殺到する後衛からの攻撃により、次々と砕かれていく結晶たち。


 その前衛と後衛両者のコンビネーションは、三度目にしてすでにコツを完全に掴んだ熟練の域にあり……もはや、趨勢は決したも同然だった。


「皆の者、油断するでない、敵の形態がまた変わるぞ!」


 クリムが警告を発したのと同時に、こうなれば脚など不要とばかりに下肢を放棄して宙へと舞い上がった瘴気の巨人。

 しかしクリムに言われるまでもなく、二度目の不覚は無いとばかりにすでに体勢を整え、迎え撃つ構えを取っているプレイヤーたち。




 ここからはプレイヤー連合の猛反撃が始まり……およそ半刻後。


 大陸中央エリアの最初のボスは、全ての核を砕かれて、あとには何も痕跡を残さず消えていったのだった――……


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