雪山のお宿
――聖の六時間に燃え上がるような愛を育む……などということは当然ながら無く、健全な青少年である紅たちがクリスマスを恙無く終えて、その翌日。
「ふわぁ……おっきい……」
「えっと、ねえ雛菊ちゃん、本当にここ泊まっていいの?」
「はいです!」
雛菊が、感激する深雪と昴に対し「どやぁ」と胸を張る。
今、紅たち……天理ら満月家や要たち古谷家だけでなく、龍之介らの工藤家、桔梗と雛菊、佳澄らの大所帯が揃って見上げているのは……県南、隣県との県境にある山中の温泉リゾート、その目玉であるスキー場に隣接した立地にある一軒のペンションだった。
温かみのある赤い木材の色味を利用した、ログハウス風の建造物は周囲一面の雪景色によく映え、異国の田舎を思わせるような景観を醸し出していた。
そして何よりも、大きい。本館だけでなく分館や湯屋なども存在し、今は雪で埋まっているが広い庭園も見て取れる。
今回は身内の会合ゆえな超特別特価だったものの……はたして、通常価格で宿泊したら幾ら掛かるのやらという上質な宿であることが、外観からでもひしひし感じる宿だった。
「まあ、今回の集まり自体、ここを管理している人の発案ですものねぇ……あら、丁度お出ましみたいよぉ?」
そう言って桔梗が目を向けた先、ペンションの玄関では……一組の夫婦らしき男女が、来客を歓迎しに出て来たところだった。
「天理さん、桔梗さん、お久しぶりです。お連れの皆様もようこそいらっしゃいました。私、『シーブリーズ』代表取締役の、
「妻の、風見
そう名乗り一礼したのは、穏やかな雰囲気を纏う、『おじさま』という呼び名がよく似合う怜悧な風貌の中年男性。
そして、柔らかな雰囲気の、名前と同様に大陸の方の人らしい女性だった。
「オーナーが社長さん、なんですか?」
「はは……いいえ、きちんと別に管理を任せているオーナー夫婦も居ます。ただ、彼らも関係者ですからね、ゆっくり旧友との再会を楽しめるようにと、今日くらいはと特別休暇を与えましたので」
そう言って眼鏡の位置を直しながら、風見氏がペンションの入り口を開けて、紅たちを中に案内する。
促されるままに入った、その先では。
「わぁ、暖炉なの、素敵!」
「へぇ……良い趣味してるね」
先頭に居た深雪と、彼女に手を引かれて続いて入室した昴から、感嘆の声が上がる。
玄関から入ってすぐに広がるのは、パチパチと薪が火で爆ぜる音を立てて温かな空気を室内に循環させている暖炉がある、食堂も兼ねた広いリビング。
いくつものソファとテーブルの並ぶその部屋の、二面に広がる巨大な窓の向こうには、雄大な雪山の絶景が広がっていた。
そんなリビングは吹き抜けとなっており、一階にいくつかと、階段を上がった先にも客室に繋がるドアらしきものが並んでおり、部屋を出ればもう共有スペースという構造らしい。
が、紅たちが泊まるのはここではなく……
「それで……君たち『ルアシェイア』のメンバーは、別館って事で良かったんですよね?」
「はい、私たち関係者の家族だけならともかく、今回は面識もない人たちもいますから」
本来であれば身内の会合のため貸し切りというところに頼み込んで、入れて貰ったのだ。あまり向こうを引っ掻き回したくはない、というのが紅たち共通の思いだった。
「分かりました。こちらの施設は自由に使って構いませんから、遠慮なく遊びに来てくださいね。朝と夜の食事は、それぞれ7時から9時までと、19時から21時までの間にこの食堂でお出ししますので、お願いします」
「では我らは我らで荷物を部屋に置いてくる、また後でな」
そう言って別行動を取る天理と宙が階段を上って割り当てられた部屋へ向かうのを見送ると、風見社長は紅たちを先導してリビングの奥、別館へ続く渡り廊下を歩き始める。
「ね、ね。感じの良い社長さんだね、風見さん」
「ああ、俺たち飛び入りの客にも嫌な顔一つしないで接してくれるんだから、本当にありがたいこった」
「厚意を無碍にしないよう、気をつけないとですね」
そんな事を話している、龍之介たち工藤家の皆。
彼らの言う通り、風見氏は常に穏やかで丁寧な口調を崩さず、優しそうな人物だった。
ではその奥さんである女性はというと、重い荷物を抱えている深雪を始めとした年少組を常に気遣っており、こちらも細やかな気配りのできる人のようだ。
素敵なオーナー夫婦なんだろなぁ……と、紅がそんな事を考えているうちに、別館の寝室へと辿り着く。
「皆様は、この三室をご自由にお使いください。それでは、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
そう言って、風見夫婦は立ち去っていく。
本館のもののように広くはないが、落ち着いた風情の別館のリビング。そこから周囲に三つ客室へと続く扉がある。
その中の、最も手近にあった一つの部屋の扉を開くと……
「わあ広い、見晴らしも良いねー!」
「二段ベッドかぁ、なんだかワクワクするよね」
部屋に入るなり歓声を上げたのは、今度は聖だった。そんな彼女の後に続いて入室した紅はというと、二つ並んだ二段ベッドに目を輝かせていた。
部屋は広々としており、ロフトを登ってみるとそこにはソファとテーブルが設けてあり、大きな窓から広大な雪山の光景が広がっていた。
「さて……それじゃ、ここを起点に呼び出そうか。ルージュ、出ておいで?」
そう言って、紅はロフトにあるテーブルの上に、スタンド付きの円柱形をした機械を設置し電源を入れる。
紅が部屋に設置したのは、宙謹製の、満月家からネットワーク経由でルージュがこちらに来るための双方向通信プローブだ。
これは設置された建物の中であれば満月邸の中と同じように出てこられるうえに、ここから数十キロメートル圏内であれば、中継点として登録済みのNLDに妖精さんモードで転送する事も可能であるという、至れり尽くせりの逸品である。
『……お姉ちゃん?』
「うん、おはようルージュ。宿に着いたから出ておいでー」
『わぁ……!?』
ホログラムが展開するなり、すぐ目の前に広がる雪山の景色に感動した様子で窓に張り付いたルージュを微笑ましく眺めながら、紅たちは大事な事を相談し合う。
つまり――部屋割りはどうするか。
そうして相談すること数分、部屋割りはさっくり決められた。
紅と聖、そして昴の幼馴染三人で一部屋。
龍之介ら工藤家三人で一部屋。
そして残る佳澄と翡翠の二人で一部屋となったが……たぶん佳澄は紅たちの方に、翡翠は工藤家の方に来るんだろうなぁと皆薄々と察していたのだった。
雛菊は本館で桔梗さんと一緒らしいし、セツナは両親と来るそうだからまだ姿を見せていないが、こちらも両親と一緒だろうと言う事で、部屋割りが決定する。
「いや、僕は別室の方が良くない……?」
そんな至極真っ当な意見を述べるメンバー内唯一の独身男性である昴だったが……紅も聖も今更気にしないとばかりに黙殺されたのだった。
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