赤髪の青年②
「えっと……お久しぶりです、お兄さん」
「ははっ、そうか、あの時は小学生だったな。いやマジで大きくなったなぁ」
そう言いつつも、わしわしと昔剣道場で指導を受けていた小学生の時のままの手つきで頭を撫で回され、紅が目を白黒させる。
その青年は……少なくとも小学生当時の紅の記憶そのままの外見だった。
ややワイルドな風貌のはずなのに、不思議と達観した感じのする穏やかさも同居する男前な顔。
短めに刈り込まれ、後ろの方だけ伸ばして束ねてあるその髪は、天然のものとは考えにくい鮮やかな深紅。
見ようによっては痩身にも見える身体は、しかし決して貧弱とは言い難く、外に露出している首周りだけでも、その身体は鋼のように引き絞られ鍛え抜かれたものであると分かる。
「紅ちゃん、この人は?」
「ああ、うん。以前私と昴が剣術道場に通っていたときに一回だけ、数日指導してくれたお兄さんが居たんだ。すっごく強い人で、師範も『儂より強い』って太鼓判を押していたんだ。それがこのお兄さん……」
「
ニッと悪戯小僧がそのまま育ったような笑顔で差し出される、玲史と名乗る青年の手。促されるままに、紅もその大きな手を握り返す。
――うわ、すごい。手のひらの皮が分厚くて硬い。
その真っ赤な頭からついついチャラそうな印象を受けてしまいそうになるが、とんでもないことだった。
剣ダコすら消えたこの手は間違いなく、何十年と毎日剣を振るってきた剣豪のそれに違いない。
手だけではなく、すっと自然体で立っているその姿だけでわかる。この人、体幹と脚力が尋常ではないくらい強いと、小学生だったころでは分からなかったことが今なら分かる。
「……紅ちゃん?」
「あ、いや……ごめん、なんでもない」
無意識に、どうしたら一撃を加えられるかシミュレートしては返り討ちに遭うビジョンを観て冷や汗をかいていた事に……聖に声を掛けられてハッと気付き、我に帰って違う話題に切り替える。
「支倉……って、もしかして」
「ああ、そういえば爺ちゃんから聞いたけど、毎年道場の手入れをしてくれてるんだったな。本来なら俺がやらなきゃいけないんだが、本当にありがとう」
そう言って深々と頭を下げる彼、玲史。
なんでも仕事の都合で日本に帰ってくるのが数年おきにならざるを得ないらしく、気になってはいたのだという。
「それじゃ、師範の言ってた出て行ったお孫さんってお兄さんのことだったんですか?」
「……ああ、まあ、俺の事だな。爺ちゃんには本当に悪い事をしたと思っているんだが」
バツが悪そうに語る玲史に、紅は『道場を継がなかった師範のお孫さん』に色眼鏡が掛かった負のイメージを抱いていたことを反省しながら、以前師範が言っていたことを彼に伝える。
「大丈夫、師範は言ってましたよ。自分で守るべきものを決めて出て行ったお孫さんの事は、誇らしく思っているって」
「爺ちゃん……全く、そういう事は直接は言ってくれないんだからよ」
そう、照れ臭そうに笑う玲史に、紅も「確かにあの師範のお爺さんならありそう」と、偏屈だった師範の姿を思い出して苦笑する。
そうして、紅と聖二人揃って生暖かい視線で見ている事に気づいた玲史が、コホンと咳払いして話題を変える。
「さて本当なら、妻や娘も紹介したかったんだが……生憎と、今朝から泊まりがけで出かけていてなぁ」
「へぇ、結婚してらしたんですね?」
「ああ、まあ、な。向こうも今日は実家……なのか? まあ帰省中でな」
なんだか微妙な表情で、そんな事を言う玲史。その様子に紅は何か複雑な事情があるのかなとは思ったものの、あまり触れない方が良さそうだと黙っておく。
「……ま、今度君らも天理さんたちと一緒にペンションに来るんだよな?」
「あ……それじゃ、お兄さん達も?」
「桔梗さんや天理さんとは俺らも旧知の仲でな。だからその時にでも紹介するさ。俺の嫁も娘もめちゃくちゃ美人だから、見たら腰抜かすぞ」
「あはは……はい、楽しみに待ってますね」
表情を緩め、なんだかデレっとした様子で自慢する彼に……本当に奥さんが大好きなんだなぁと、紅は苦笑しながら頷く。
「で……その子が昔、なんで強くなりたいか聞いた時によく言っていた『守りたい子』か?」
「ちょ……お兄さん!?」
「え、私?」
唐突な暴露に、紅は慌ててその口を止めようとするが時すでに遅く……不意打ち気味にそんな話をバッチリ聞いてしまった聖は、耳まで赤くして紅の方をチラチラと見ていた。
無邪気だった昔の話をバラされるのは恥ずかしいもので、紅も耳まで真っ赤にして俯くのだった。
「はは、悪い悪い。それじゃあデートの邪魔して悪かったな。しばらくはこっちに滞在する事になるから、積もる話はまた今度な」
顔を真っ赤にして俯く紅と、「あらー……」とこちらも照れて頬を染めている聖に笑いながらそう言って、青年は踵を返して歩き去っていく。
……そんな背中を二人で見送っていると。
「うーん……」
「ん、どうしたの聖、難しい顔をして」
不意に、聖が首を捻りながら呻き声を上げた。
「ねえ紅ちゃん。あの人と会ったのは小学生の時だよね?」
「え? まあ、そうだけど」
少なくとも、ほかに記憶はない。あんな日本人離れした派手な赤い髪なのだから、見かけたら必ず気付く筈だ。
「それにしては、紅ちゃんが女の子になっていても普通に気にしてなかったよねぇ?」
「……あ」
確かに、彼の態度は最初から旧知の仲に対するものだ。紅が女の子になっていたことを気にした様子は微塵も無かった。
「支倉家の人にあらかじめ聞いていたんじゃない?」
「うーん……やっぱり考えすぎかなぁ」
そう、二人で釈然としないものを感じ首を捻りつつ、本来の目的である洋菓子店へと改めて歩き出すのだった。
【後書き】
いわゆる前作主人公ポジション。
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