驟雨の開戦

 一つ。領土戦の最中に戦闘不能になった者は、その戦闘には復帰できない(蘇生魔法等を受けた場合を除く)。


 一つ。攻撃側の指揮官に該当するプレイヤーの全滅、あるいは戦力の80%の喪失は、攻撃側の敗北とする。


 一つ。防衛側の指揮官に該当するプレイヤーの全滅、あるいは防衛拠点の制圧は、防衛側の敗北とする。


 以上のレギュレーションに基づいて、領土戦を開始する。






 ◇


 ――始まった。


 領土戦開始時刻と同時に、クリムたちが身を潜める塹壕の上、頭上から爆発とビリビリと体を震わせる振動が響く。

 しかしこれはまだ、こちらが恐怖に耐えかねて飛び出すのを期待した、ただの威嚇だ。


「あー、ホワイトリリィ、そちらの準備はどうじゃ?」

『問題ないですわ、いつでも行けますわよ』

「うむ、しかしもう少し引きつけるぞ、タイミングは任せる。エルミル。そちらは?」

『こっちも問題ないぞ、皆、早く出番を寄越せってウズウズしてるくらいだ』

「はは、頼もしいな。じゃがもう少しだけ堪えてくれよ?」


 ここには居ない、別働隊の指揮を任されている二人に連絡を密に取りながら、クリムも周囲にいるルアシェイアの仲間たちと頷き合う。


 一方で……


「皆も、死にたくなければ合図があるまで今はじっと耐えてくれ。大丈夫、上で観測してくれている仲間たちの目を信じるんだ」


 そんなジェドの念押しに、塹壕内の味方は全員が頷いて、己が武器を抱き寄せる。


 相次ぐ爆発音と、迫る大勢の足音。


 ヒリつく時間がジリジリと流れる中で、皆、合図を今か今かと待ち続ける。


 そして――その時が、来た。




 ◇



「……連中、出てこないな」

「はは、この人数差にはさすがにびびって震えているんだろ」


 そんな軽口を叩きながら、ジリジリと塹壕に接近する前衛についていきながら……後衛、魔法部隊に所属するこの第二サーバーからの流入組である男も、そろそろ攻撃射程内に入るため詠唱の準備に入る。


 油断はしていない。何せ相手はあの最重要警戒人物、クリム=ルアシェイアが居る。

 だからただ、勝つべくして準備を整えて、数で圧殺する。人数で勝る側だからこその当たり前の戦術であり、それゆえに数に劣る側の生半可な小細工で覆すのは難しい。


 十分な支援を受けながら、穴の中に潜む敵をその数倍人数で蹂躙する。

 そんなこの後の展開に昏い歓びを感じながら、更に一歩踏み出して詠唱を開始した――その瞬間。


「……あ?」


 遠く、敵陣から山なりの軌道を描いて飛んできた、やや小さめな玩具のような矢。それが、上空でこちらに先端を向けながらピタリと静止する。

 そしてそれを皮切りに、迎撃が追いつかないほどに大量の矢が、次々と雨のように飛来して来る。それはまるで見せつけるかのように、空中へ滞空してこちらに狙いを定めていた。


「あ、うぁ……」

「ひ……」


 次々と飛来してくる大量の矢が、上空でまるで壁のように整然と列をなして静止し、それぞれが狙いを定めるようにその先端を微動させる。その視覚的恐怖に、あちこちから悲鳴が上がる。


 だが、どこにこれだけの弓兵が居たのか。

 その弾幕を形成しつつある矢の数は、百人や二百人どころではない。果たして二百にも満たない敵陣営の、どこにそれだけの弓兵が……そんな疑念にパニックとなる中、遥か遠く櫓の上に、次々と現れた人影が見えた。


 兵士……いや、それだけではない、明らかに一般人らしき服を纏う者、まだ子供と言える年齢のものさえもいる。そして彼らは一様に、尖った長い耳をしていた。


「エルフ、だと……!?」


 しかもあれは、プレイヤーではない。NPCの集団がユニオン同士の抗争に介入してくるなど、国同士の戦争が常な第二サーバーでも一度も経験した事が無い。


 誰かが愕然と呟いた直後――空中に風魔法で留め置かれた数百の無数の矢は、砲弾の雨のような勢いで聖王国の後衛、魔法使い達を目掛けて降り注いだ。


 周囲から悲鳴と怒号が響き渡る中で、男は、未だにじっと連王国が潜む塹壕の意味を、今更ながら察した。



 ――これは、自分たちの攻撃から身を守るためのものではない。背後から降り注ぐこの矢の雨を凌ぐためのものだったのだ、と。



 降り注ぐ矢の雨に貫かれてライフを全損し、暗くなっていく視界の中で、彼が最後に視線の先に見たものは――櫓の上に並ぶエルフたちの一人、まだ大人たちに比べると小ぶりな弓を構えた少女の眼。


 それは、生きるために必死になっている者特有の明確な敵意を滾らせて、こちらを睨んでいたのだった――……







【後書き】

 つまりゼ◯ダで鶏を攻撃し続けた結果。


 NPCは全て志願、ルアシェイア側は無理させないよう最大限慎重に護衛してます。

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